きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
】
新井克彦画「モンガラカワハギ」
1999.4.26(月)
どうも体調がイマイチです。会社に行ってても、ボーっとしてます。まあ、いつものことですけど(^^;
明日は日本ペンクラブの総会です。出席の葉書を出してあったんですが、さきほど欠席のメールを入れました。お合いしたかった方も何人かいらっしゃったのですが、残念。体調が戻ったらまた出かけて行きます。
○堀内みちこ氏詩集『黄金の矢を射る』
1999.5.12 詩画工房刊 2000円
「エピローグ」と「プロローグ」を除くと、80連ばかりのすべての連の最後が「黄金の矢を射る」という言葉で終っています。しかもそのほとんどが「〜なキミへ/黄金の矢を射る」「〜しているキミへ/黄金の矢をいる」という、ほとんど定型に近い終わり方です。たとえばこんな風になります。
かなしくもいじらしくも愛くるしいほどに
愚かで臆病で死ぬまで勉強ですなんて
希望をかかげ元気に他者へは優しく礼儀正しくと
真摯に生きているキミへ
黄金の矢を射る (陽光「U」部分)
「黄金の矢を射る」という言葉は非常に重要な意味合いを持たせて使っているわけですから、作者の意図を探る必要があります。それは「プロローグ」にありました。
第1連で、「優しさ」や「仕合せ」などが「ワタシたちの特質だとしたら 詩は要らない」と説きます。
第2連では、「悪が人間に複雑さと魅力を与えている」から「思いもよらない狂気の毒の花を咲かせる」とし、だから、
ワタシが出来るたったひとつの仕事は
それはあまりに弱く
まったくの独り善がりの行為であるにしても
水平線の向こうから風の帆船に乗って確実に近づいて来ている
にちがいない未来へ
どこかで生まれ育ち 季節となっていくたびも訪れては去った
春 夏 秋 冬を芯にして 陽光と月光できっちりラッピング
して創りあげた 黄金の矢を射ることだ
そしてこの後「陽光」「月光」「未来」というサブタイトルのついた作品へと流れ込んでいきます。つまり、「ワタシ」の「仕事は」
「未来」へ「黄金の矢を射ることだ」と言っているわけです。
そうかそうか、ようやく私にも呑み込めてきました。だからすべての連の最後で、仕事としての「黄金の矢を射る」わけなんですね。じゃあ、まるでキューピットじゃないですか。そう言われてみると、堀内さんって「愛の天使」みたいだな。
なんか、ひとり合点してますが、この詩集をいただいた皆さんはどんな読み方をなさったでしょうか。興味のあるところです。
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