きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
murasame mongara
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




1999.5.28(金)

 きのうは「柳家小満んとあそぶかい」というのがあって、沼津まででかけて行きました。知る人ぞ知る沼津港の「双葉寿司」で、落語を聞いて、そのあとは師匠を囲んで越乃寒梅を呑むという、まことに結構な会です。4合くらい呑んじゃいました。
 この会は、日本ペンクラブの会員で、沼津の開業医の望月良夫さんという方が主催なさっているものです。望月さんとは、私がペンクラブに入った当初からお付き合いいただいています。きのうの呑み会では、小満ん師匠の隣に座らされて、気を使っていただいて恐縮しました。
 落語は人情噺で「おかめ団子」と「しびん」。一番前の席で見ていましたから、小満んさんがどうやって噺を盛り上げていくのかが、文字通り手にとるように判って興味深かったです。ぜんぜん違うようですが、詩の朗読をやるときに、どうやって観客を乗せるかという手本になりました。6月に横浜で朗読を頼まれているので、ちょっとそんなことを考えましたが、さて、うまくいくやら。


村田譲氏詩集『空への軌跡』
   sora eno kiseki
  1999.5.14 有限会社 林檎屋刊 1500円

 放りなげられた石が
 湖水のおもてをたたき
 いくどもはねる
 ----のを
 そのまま飛びたとうと
 ああ、この石ははじめから
 空をのぞんでいたのだ  (「石の言葉----叫び」第1連)

 この詩集を端的に表しているフレーズだと思います。詩集のタイトルは「空への軌跡」なんですが、「空」がでてくる作品はあまりありません。むしろ、その対極と言ってもいいような「石」がたくさん出てきます。詩集のタイトルとどこで結びついているのかな、と思っているとこの詩にぶつかりました。
 ああ、作者はこんなふうに空を見ているのか、と判った気がしました。空の対極としての石は、それほど目新しいことではありません。しかし、石のこの躍動感と空との結びつきは、なかなか表現できるものではありません。常に足元(の石)を見ている作者だからこそ表現できたと思います。
 そうやってこの詩集を見ていくと、石がたくさん素材になっていますが、ひと味違った石になっています。

 爛漫とほこる樹
 ふりおろす
 鋭利な月にうつる
 赤いベネトンのシャツ (「爛漫の花びらの下で」最終連)

 このあとに(注)があって、次のようになっています。

 *ベネトンはボスニア紛争で戦死した兵士の血染めのTシャツとアーミーパンツを新聞見開きで広告として掲載した。

 残念ながらその広告は見ていません。しかし事実だとすると、信じられないことです。コピーが書かれていたかどうかも知りませんが、どんなコピーが書かれていようと、この会社の製品は今後買うまいと決めました。
 村田さんとはお合いしたことはありませんが、1995年の日本詩人クラブ北海道大会を機に、何度か文通しています。その文章や作品から想像するに、情熱家ではないかと思っています。しかし、この作品は全編淡々と即物的に書かれています。それが奏効して私に強い衝撃を与えました。政治的、時事的な詩は難しいんですが、これはよくできていると思います。
 その他、「スクリーンセーバー----非在の顔」という作品もあって、ああ、時代を生きている詩人だなと感じました。



 
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