きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




1999.8.3(火)

 仕事はきょうでおしまい。あすから9日間の夏休みに入ります。13日に休暇がとれれば連続12日間の夏休みになったんですが、残念ながら出勤。まあ、サラリーマンなんだからしょうがないや、と思っています。


個人誌『P.V.P.』3号
   P.V.P.3
  横浜市港北区 麻生秀顕氏 発行

 インターネット&ホームページの大先輩、麻生秀顕さんからいただきました。仕事がお忙しそうで、発行も大変だったんじゃなかろうか、と想像しています。

 厳しく鳴り渡る
 雨戸を閉める音
 干し終えた下着はとっくに
 引き上げられている

 ぼくは決して
 探していたとは言わない
 何かが欲しくてうろつくには
 ぼくは途切れ過ぎていたのだから (「路地裏の水たまり」第3、4連)

 この作品から麻生さんの仕事の大変さを想像するのは、うがった見方でしょうか。私もむちゃくちゃな仕事をした時期がありますので、「ぼくは途切れ過ぎていたのだから」なんてフレーズは、どうしても生活パターンの乱れを感じてしまいます。
 どのくらい仕事が大変だったかは「仕事してました。」というエッセイに詳しく描かれています。まあ、普通のサラリーマンだったら一度は通る道ですね、と先輩ヅラ(^^;
 じゃあ、お前はどのくらいの仕事をしたんだよ、と問われれば(誰も聞いてないか(^^; )、「一ヶ月の物理的な時間である720時間のうち、ほとんど半分を勤務先で過ごしておりました」とあり、半年続いたとありますが、私は2年でした。
 でも、半年ですんで良かったですね。私は2年続けたら胃潰瘍になり、神経症になりました。もっとも「ほとんど半分」じゃなくて「ほとんど2/3」でしたけどね。会社と家が近いので、午前2時に帰宅して午前6時に出勤、なんてことばっかりでした。最後は面倒臭いんで会社に寝袋を置いておきました(^^;

 でも、麻生さんがエライのは、そんな中でも映画時評の連載をこなし、きちんと映画館にも行っていたということ。これはスゴイ。私の場合は、詩は書いていましたが、それだけ。それ以上は何もできませんでした。
 さらに「自分の本心が試される」として、仕事とへの愛着を考えたり、軍隊生活との違いを検証したりと、精神的な分析をきちんとやっていることも立派だと思います。詩人なんだから、そういう思想的な背景も自分で見つけないとしょうがないですもんね。
 と、まあ、ちょっと知ったかぶりしちゃいましたけどお許しください。しかしそれにしても、忙しい奴はいつも忙しくて、暇な奴はいつでも暇っては、いったい何なんでしょうね。そんな奴、お宅の会社ではいません? うちには、、、むむ、、、言えない(^^;


布川鴇氏詩集『さぶさの』
   sabusano
  新宿区西早稲田 土曜美術社出版販売刊 2000円

 昨年、日本詩人クラブの会友におなりになった布川鴇さんの第一詩集です。なにはともあれ、おめでとうございます。新しい出発ですね。大変ですけど(^^;
 詩集のタイトル「さぶさの」は「寒風沢野」という地名でした。いい名前ですね。「北国の雪の凍え」という行があったので探してみました。確か、最近読んだ東北地方の郷土史にも出てきたはず、、、、。30分あちこち探しましたが、残念、わからない!
 まあ、それはそれとして作品。眼を引くフレーズが結構出てきます。

 冷たいからこそ美しいものを
 ところどころに見せ
 寒さをおそれる私の心を
 融かしてくれるのだった  (「北国の冬に」終連)

 庭のバラの花を切り落とすように
 何もかも裁ち切る鋏があったとしても
 私はそれを使いこなせない  (「鋏」第5連)

 絶え間なく痛みを誘うものよ
 これ以上何が足りないというのだ  (「痛み」第1連)

 雪が降る日は救われて
 羽根を休める小鳥のように
 目線を下げる   (「雪が降り積もるのは」第2連)

 ひとつの連として独立していても、詩になっていると思います。「立原道造や津村信夫の詩に出会い、堀辰雄の文学世界を知り」と、
あとがきにあります。なるほど、と感じさせますね。
 詩を創るということは、自分を見ることだと思います。大変な作業ですが、他と比較にならない喜びも、たまには(^^;あります。新しい詩人の誕生を心からお祝いいたします。

 なんか、きょうは先輩ヅラばっかりしているなあ、反省 m(__)m



 
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