きょうはこんな日でした【 ごまめのはぎしり 】 |
新井克彦画「ムラサメモンガラ」 |
2000.1.8(土)
日本詩人クラブの新年会が「神楽坂エミール」で開かれました。前日の理事会で私が司会をすることが判り、大あわて。なんとかプログラムを組んで間に合わせました。メインを昨年入会した人の自己紹介と、年男年女の抱負にしましたが、後者は考えなければいけないようです。年齢を気にする人って、意外に多いんですね。
写真は会場風景。70名近い人が集まって、盛会でした。忘年会も多くの人が集まりましたし、サロンとしての詩人クラブは、年々隆盛になっていくようで、うれしい限りです。
○詩誌『こすもす』37号 |
2000.1.10 東京都大田区 笠原三津子氏発行 450円 |
人が人として生きる為の
最高の器官 脳
その大部分が死んだこの瞬間
心臓も肝臓も単なる部品
生きのいい部品を 他の病体に埋めこみ
役立たせなければ…
臓器移植推進派は
胸を張って言う
まだぬくもりのある肉体を前に
移植医療を考えるより
まずは末期医療の問題に
取り組むべきではないのか
否定派は唱える
納得のゆく死を全うさせようと
必死に努力する医師と
欠陥臓器に苦しむ患者のいのちを
少しでも延ばす移植技術に
挑戦する医師
二つの死のはざま
右往左往する人々
これは何の為の戦い
誰の為の戦いなのか
人体という宇宙
欲にまどわされる現実が
寿命という時間を動きつづけ
やがて 永遠に
静まる (柏木友紀絵氏「ふたつの死」第4連〜終連)
非常に大きな問題を扱っていて考えさせられます。私は基本的には臓器移植に賛成しかねます。脳死の人は何人か見てきましたが、彼らの肉体が温かいうちに死を宣言され、臓器が取り出されるなどと、想像もしたくないほどです。
それに、どうしても納得いかないのが、「やがて 永遠に/静まる」生命を何年延命すればいいのだろうか、ということです。2年?3年? 移植医療の分野では5年生存が目標と聞いたことがありますが、50歳が55歳、60歳が65歳、100歳では105歳です。50歳でやっと1割の増加、100歳に至っては0.5割の増加に過ぎません。不謹慎だとは思いますが、そんな計算も成り立ちます。
要は何年生きるか、ではなく、いかに生きるかという古来からの問いかけに応えることだと思っています。
ちょっと熱くなりましたが、そんなことをこの作品から考えさせられました。
○季刊詩誌『裸人』8号 |
2000.1.1 千葉県佐原市 裸人の会・五喜田正巳氏発行 500円 |
雲/秋原秀夫
病室のベッドで目をさますと
窓の空に
雲がひろがっている
白い雲が重なりあって
長々と横につながり
ほとんど動かない
そのうちに雲のなかから
子どもの顔が現われる
羊の頭のようなものも見えてくる
それにしても
これほどしみじみと雲を眺めたのは
生まれてはじめてのことである
七十余年を生きて
見るべきものは見たような気になっていたが
どうやらそうでもなさそうだ
味わい深い作品ですね。「見るべきものは見たような気になっていた」と書けることは、それなりの年輪がなければできないことだと思います。そこにまず驚いたのに、最後に「どうやらそうでもなさそうだ」と締めるところで、なんて素直な言葉なんだろうと感激しました。
それが何の変哲もない雲に対してですから、読者に与えるショックには大きなものがあります。確かに二周りも下の私でさえ、みんな見てしまったような気になっていますが、意外に身近な所で見落としがあるんでしょうね。いやいや、何も見えていない、というのが正確な言い方かもしれません。人生の大先輩に大事なことを教えてもらった気分です。
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