きょうはこんな日でした【 ごまめのはぎしり 】 |
新井克彦画「アカククリ」 |
2000.1.31(月)
日本ペンクラブの広報誌『PEN』335号が来ました。理事会報告の中に「公安調査庁の実態把握指示」というのがあります。これは神奈川新聞に載っていたもの、と断わりがあり、ちょっと驚きました。私も神奈川新聞を取っていますから、この記事は当然見ています。電子メディア対応研究会でも話題にしました。大きな問題だと思いますから、当然、他の新聞にも記事はあるんだろうと思っていましたら、どうやら神奈川新聞だけのスクープのようですね。それに驚きました。
神奈川新聞は好きな新聞で、経済的なこともあってそれしか取っていません。その好きな新聞がスクープをやったのでうれしいですね。文化欄担当が多いのですが記者の何人かは存じ上げていて、彼ら彼女らの仲間が立派な仕事をしているかと思うと、喜びもひとしおです。
まあ、それはそれとして、許せないのは公安調査庁。破防法に基づき日本ペンクラブを始め日本ジャーナリスト会議なども実態調査せよ、と下部組織に指示したとのこと。文芸、ジャーナリズムを何と心得ているのか、憤りを感じます。そんなことはやっているだろうな、と思っていましたが、こうやって白日のもとに晒されると、やっぱりな、と思うと同時に怒り心頭、です。
そんな連中に税金を使って、盗聴法まで与えて、この国はどうなっていくのか心配です。この件に関しては日本ペンクラブのHPでも抗議声明を載せていますから、ご覧になってみてください。私のHPにもリンクされていますが【日本ペンクラブ】で行けます。
○高田昭子氏詩集『河辺の家』 |
1998.9.25 東京都新宿区 思潮社刊 2400円+税 |
個人詩誌『真昼の家』を発行なさっている高田さんよりいただきました。いただけることは事前にEメールで判っていましたから、楽しみにしていました。
幻の酒
逝く秋の身体の奥に小滝なす色ならばぎんいろの冷酒(佐佐木幸綱)
若いドクターは表情を変えず
明確な言葉だけを取り出してみせた
それによれば
父の残り時間は半年から一年
食物と水分の通過する路はかろうじてある
ということだった
それから八ヶ月
父はお粥やスープよりもお酒を欲しがった
わたしはその度に
父の内部に垂れ下がる暗い水路の壁を
銀色のお酒が
ゆっくりとすすいでゆく光景を想い描いていた
死の五日前
もう起き上がることもできない父は幻の旅に出た
郷里の相馬にむかう列車の窓辺で
痩せた首の喉仏をグビリと揺らして
父は幻のお酒を飲んだ
幻の盃には両手がきちんと添えられていた
そして父は
微笑んで病室の白い天井を見上げた
「お父さん 何をみているの?」
「空だ
風が吹いているな
雲があんなに動いている
屈託のない空だなあ」
あのとき
父の禊は終わった
そして父の永い旅は幻の駅に着いたのだ
だから
荼毘の炎よ
ためらうことはない
潔く
ボッと
父を焼いてください
実はこの作品は、先日いただいた個人詩誌『真昼の家』12号にも載っています。『真昼の家』ではあまり気付かなかったのですが、改めて拝見すると凄い詩だなと思いました。「痩せた首の喉仏をグビリと揺らして/父は幻のお酒を飲んだ/幻の盃には両手がきちんと添えられていた」というフレーズがまず凄い。私も酒は大好きですので、この気持ちはよく判るつもりです。
「潔く/ボッと/父を焼いてください」というフレーズもなかなか使えないものです。ここまで言い切れるには、他人には判らない葛藤があったのではないかと想像しています。『真昼の家』版では「父を焼きなさい」という言葉に変っていて、こちらの方がもっと良いと思います。
この作品の詩集版と『真昼の家』版では、全体の構成は同じですが細かい所が変っています。詩集は1998年発行、『真昼の家』12号は2000年2月発行ですから、推敲したものと思われます。推敲した方を本来なら紹介すべきかもしれませんが、あえて旧版を載せました。高田昭子という詩人を研究する上では、変な言い方ですが恰好の材料かと思うからです。次に『真昼の家』版の最終連を紹介します。比較してみてください。他も多少の変更はありますが、最終連が大きく違っています。
その時 すでに
父の永い旅は幻の駅に着いたのだ
だから荼毘の炎よ
ためらわず
潔く
父を焼きなさい
変な紹介のし方になってしまいましたが、こうやって推敲の跡を知ることができるのはめったにありません。このHPの読者の皆さんも参考にしてみてください。いい勉強をさせてもらいました。
○高橋次夫氏詩集『孤島にて』 |
2000.1.20 東京都新宿区 土曜美術社出版販売刊 2000円+税 |
虻
無人駅の
短い
プラットホームは陽に晒されている
茎 二尺ほどに截った四、五本の
向日葵を片手にさげ
初老の男がひとり佇っている
足もとに影がわずかに縋りついて
動かない
あくびをかみしめた鈍色のレールは
長ながと寝そべったままだ
向日葵の血は首から流れおちてしまって
金環にもえていた花弁が
男の
頭髪のように白みかけていた
はて
かげろうの涯に
かすれてゆく山なみを背景にして
虻が一匹
途方にくれている
情景描写のうまい作品だなぁと思いました。真夏のけだるい感じがよく表現されていて、真冬のこの時期でも、暑い夏の日を思い出してしまいました。特に二連がいいですね。「足もとに影がわずかに縋りついて」で正午ころの様子が判りますし、「あくびをかみしめた鈍色のレール」で熱くなっている線路を思い出します。
なにより最終連が好きです。「途方にくれている」という擬人法で虻の様子が一目で判って、この作品の広がりを持たせているように思いました。大先輩の作品に学ばせてもらった気分で、得したな、という思いです。
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