きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
murasame mongara
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




2000.12.5(火)

 社員教育のため湯河原に一泊していました。製造工程につきもののトラブルを解決する手法を教える、というものです。大卒の技術者で入社3年目ほどの人たちを中心に集めました。従来は高卒の現場オペレーターを中心に教育してきましたけど、どうも最近の大卒技術者にも教育した方がよさそうだ、ということで試みたものです。こう言っては失礼になりますけど、さすが理解力と現象へのアプローチはすばらしい。見ていてうれしくなりましたね。
 でも残念だったのは、今回の私の立場です。今までは私が直接、受講者と接していましたけど、今回は講師の面倒を見るという立場だったんです。講師は今回が初めての経験なので、経験だけは豊富な私が彼らを見ることになったんですが、はっきり言っておもしろくない(^^;; 講師が困ったときだけ口を出しました。でも講師陣は大卒10年目ほどの係長クラスですし、よく勉強もしてきていましたから、私が口出しする場面なんてほとんどありません。一日中ヒマしていました。
 良かったのは夜の懇親会ですね。男ばっかり20人ほどの懇親会でしたけど、直接、受講者と話ができたので、いい酔いでした。受講者も乗ってきてくれて、結局12時近くになって私がもう寝ようよと言うまで呑んでいました。研修をやっていてうれしいのはこういう時ですね。ちなみに講師陣の何人かは疲れ切って懇親会に出てこれませんでしたけど、気持ちは判るなあ。人にモノを教えるということは大変なことなんです。



詩誌『木偶』44号
deku 44
2000.11.25 東京都小金井市
木偶の会・増田幸太郎氏発行 300円

 ぼくのおじいさん/中上哲夫

ぼくのおじいさんは

髪をまっ黒に染めて
首に赤いバンダナなんか巻いて

太鼓腹を無理やりジーンズに押し込んで
お腹がかわいそう
とおかあさんはいうけれど
いったいいくつのつもりなんだろう
とっくに還暦はすぎているというのに
そろそろというのが口癖で
そろそろちゃんとした仕事につかなくちゃあ
そろそろきちんとした生活をしなくちゃあ
そろそろまともな詩を書かなくちゃあ
そんなことぶつぶつつぶやきながら
道端の蟻をながめたり
道のまんなかで考えごとにふけったり
空に浮かんだ雲を見あげたりしているので
犬の糞をふんだり
犬におしっこをひっかけられたり
側溝(どぶ)に落ちたり
小石に蹴つまづいてころんだり
電信柱にぶつかったりして
いつも生傷が絶えないのさ
それだけならまだしも
ひろった百円を交番にとどけに行って
千円落としたり
別方向のバスに乗ったり
居ねむりしてて降りる駅を乗り過ごしたり
水風呂にどぼんと飛び込んで風邪をひいたり
鍵をなくして半日家の前に立っていたり
速達を何日も持ち歩いたり
切手をはらずに手紙を出したり
祝電と弔電をまちがえてうったり
胃薬と下剤をまちがえて飲んだり
(そのあと便所にあわててかけ込んだっけ)
靴を左右あべこべにはいたり
左右色ちがいの靴下でパーティに出かけたり
(まるでローバート・ローエルだね)
セーターを裏返しに着たり後ろ前に着たり
コーヒーに塩を入れたり
刺身にウースターソースをかけたり
湯ぶねにねむりこけて溺れかけたり
約束の場所に一週間前に出かけたり
同じほんを二冊買ったり
(なん度もなん度も!)
子猫を捨てにいってもう一匹子猫を拾ってきたり
ハワイで買った土産物を帰ってから見ると
メイド・イン・ジャパンと書いてあったり……
そこでぼくらは大きくため息をついて
声をそろえていうのさ
ほんとよく生きているなあ!

 ちょっと長くなりましたが、一行も欠かせないので全文紹介しました。大先輩の作品の感想を書くなんておこがましいんですけど、感じたことを書かせてもらいます。
 まず「おじいさん」という人物像がよく書けていますよね。ちょっと変わった「おじいさん」ですけど、意外に身近にいる気がします。あるいは自分の中にもいるかもしれません。私は中上さんそのものではないかななんて勘ぐってしまいましたけど…。自分の中という点では、こんなにひどくないと思うけど(^^;; 「居ねむりしてて降りる駅を乗り過ごしたり」「鍵をなくして半日家の前に立っていたり」「切手をはらずに手紙を出したり」「同じほんを二冊買ったり」なんてことには思い当たりがありますね。そういう点で読者の参加を許していると思います。
 技術的には、平板になりそうなところを「ね」「さ」という一文字で改行すること、「そろそろ」という繰り返し、「(そのあと便所にあわててかけ込んだっけ)」などの()の使い方でうまくリズムをとっているなと思います。漢字と仮名の使い分けでも「左右色ちがい」「なん度も」などは視覚的に奏効していると思いますね。そんな細かい配慮も大事でしょう。中上詩の真髄を見せてもらった気がします。



北川理音子氏詩集『繭になるまで』
mayu ni narumade
2000.12.10 栃木県野木町 叢林社刊 1000円

 ひとり言

あの世に行ったら
なるべく目を合わせぬようにしよう
同じ人生を繰り返したくないから

あなたに見せた私と
ちがう私でありたいから
ながいことそう思って来たが
変わったわ

あなたと一緒でも
ちがう私になれそうだから

 第一詩集のようです。ご出版おめでとうございます。おそらく私の母親の年代の方のようです。この作品でもお判りのように、ご主人をすでに亡くされているようで、プロの絵描きさんだったそうです。それにしても「なるべく目を合わせぬようにしよう」というフレーズには思わずドキリとさせられました。うちの嫁さんも同じことを思っているんじゃないかな。絶対に「同じ人生を繰り返したくない」と思っているはずです。
 「ちがう私になれそうだから」というフレーズがこの作品のポイントで、そこまで言い切れるには長い時間がかかったんだろうなと想像しています。そして作者の強さを感じます。母の年代の女性だとしたら、なおさらそう思います。今の若い女性は「ちがう私に」とっくになっていますからね。こんな可憐なレクイエムとしての詩集なんか絶対に出さないとも思います。



 
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