ょうはこんな日でしたごまめのはぎしり
murasame mongara
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




2000.3.31(金)

 いよいよペナントレースが始まりましたね。私は地元、横浜ベイスターズのファンです。野球は実はあまり好きではなく、野球ファンでなくベイスターズファンなんです。1997年に二位になったとき、初めて一シーズン見ました。ですから野球のルールは今だに良く知らないのです。ベイスターズのおもしろ味は改めて書くほどのことではありませんから、書きません。
 そのベイが4時間の延長戦の末に逆転勝ちしました。テレビ中継はどこも終了しちゃって、必死でラジオを聞きましたよ。逆転の瞬間に22時の時報が鳴って、変なところで感激しました。この日記は実は4/3に書いていますから、その後の3連勝も判っています。楽しいシーズンになりました。でもテレビ中継がある日は、3時間とられます。いただいた本のお礼が遅くなりそうです(^^;;


月刊詩誌『柵』160号
saku 160
2000.3.20 大阪府豊能郡能勢町
詩画工房・志賀英夫氏発行 600円

 通夜へ/大貫裕司

訃報で
初めての駅に降りる

改札口を出た暮れがたの街は
若い人たちの饒舌がいっぱい
ざわめきの流れ 流れだが
その流れから外れた円柱のかげで
茶髪のお兄さんが
携帯電話を頬にあてて
涙をためていた

この明るさのなかへ
哀しい知らせなのか それとも
淋しいから呼びかけているのか
わたしは
別れの席へ行くために
ポケットのメモを探している

駅前の植え込みを過ぎ
信号を渡って
彼の笑顔や癖を
しばらくは風にあたため
さよならを言う時間へ歩く

 通夜の席へ向かう心境がよく出ている作品だと思います。「茶髪のお兄さん」の使い方も効果的で、それを見ている「わたし」の「ポケットのメモを探している」という行為も効果的だと思います。亡くなった方への思いも「彼の笑顔や癖を/しばらくは風にあたため」というフレーズでしんみりのと伝わってきました。
 そう言えば何人の詩人たちを送ったのだろうと思います。赤石信久、北一平、井手文雄、大久保清二、伴勇、渡辺和一郎、永田東一郎、村田春雄、入江元彦、川村洋一、森菊蔵、飯岡亨、早川琢、木村孝、藤本義一、そして高橋渡。思い出すだけでもこの20年にこれらの詩人たちの名前があがってきます。この多くの人たちの通夜には私も列席させてもらいました。日本の詩壇に足跡を残した先輩たちの冥福を、改めて祈ります。


詩誌『象』97号
katachi 97
2000.3.25 横浜市港南区
篠原あや氏発行 300円

 漂流/いわたとしこ

オホーツク海に封印されていた冬が
釧路の海岸に流れ着いた日
様相を変えた海に波飛沫はない
流氷船だけが
纏い付く氷塊を突き放し
暗い海を覗かせる

沖合い近く
エンジンの音をかき消すざわめきと
カメラのシャッターの競音
のりだしたわたしの前を
流氷に蹲るエゾ鹿が流れていく

いつ
どこで
謎めいた行動は一片の証言もなく
流される事実だけを焼き付けて

増え過ぎるエゾ鹿に救助の声はない
生態圏も生存権も 人の意のまま
行き着いた先が氷塊だったのか

鳴き声もあげず
カムイの前に伏す祈りの姿で
見捨てられ 凍結し 解体していくのだろう

流氷が誘う たましいの海送り
逃げるように船は速度をあげて

やがてわたしもあの鹿のように
冥府の川を漂流(ナガ)れていくと
冷たい海に 死の声をきく

 いわたさんがお書きになっている「北の国だより」というエッセイとも考え合わせると、「流氷に蹲るエゾ鹿」というのは実体験のようですね。聞いたことはありますが作品として拝見したのは初めてです。いろいろな問題を含んでいて、考えさせられます。
 特に4連目は象徴的で、「増え過ぎるエゾ鹿に救助の声はない」に人間の身勝手を見る思いです。それにも関わらずいわたさんが終連のような結論に至るのは、詩人として本来持つべきものを見せられたようで、敬服します。それがあるからこの作品は単なる現象説明に終わらず、奥の深いものになったんだろうと思います。


季刊詩誌『ゆすりか』44号
yusurika 44
2000.4.1 長野県諏訪市
藤森里美氏発行 1000円+税

 変魚/藤森里美

尾鰭振りまくって
餌ばかりねだっていたエンゼルフィッシュが
一泊の旅から
大急ぎで帰って来たつもりなのに
まるで裏切り者でも誹
(そし)るみたいに
そっぽを向いている

一切の食事を断っているから
詫びても 宥
(なだ)めても
知らん顔
一向に食べようとしない

いっそ電気を消して
覆いの影からそっと覗き込んだら
なんとくりくりの目付きで
抱きつかんばかりに
私のドリンクを ねだりはじめる

 テーマ詩「友達」という特集の中の作品です。そこも加味して鑑賞するとよりおもしろいと思います。確かにエンゼルフィッシュにも心は通うと思います。私事ですが、私も勤務先で金魚を飼っています。工場廃水事故に備えて、いざという場合は金魚で毒性を判断するという、なんとも無粋な飼い方ですが、幸いにして金魚たちに毒の水を飲ませるという事態には一度も遭遇していません。
 冬と夏の連休中は職場の金魚に餌をやる係の私も休みますから、金魚たちを池に返します。連休後に再び連れてくるのですが、そのときは以前の金魚が来ることはありません。何百、何千という金魚の中からたった5匹を連れてくるわけですから、以前の金魚を選ぶことができないのです。
 そんなことを何年か繰り返しているうちに、ある発見をしました。金魚は私の顔を覚えるのです! たった半年しか飼わないわけですが、2〜3カ月すると寄ってくるようになるんですね。餌をやるとき水面から指を入れると、吸いついてくるヤツもいます。
 ですから、この作品のエンゼルフィッシュの姿も本当だろうなと思います。なんともあたたかい作品で、この嫌な世相の中で少し救われた思いがしました。



 
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