ょうはこんな日でしたごまめのはぎしり
murasame mongara
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




2000.4.28(金)

 
日本詩人クラブの会員でもある水島美津江さんの個人誌『波』が10号を迎えました。私も何度か書かせてもらっています。山田隆昭さんと相談したところ、お祝いの会をプレゼントしようということになりました。新宿の「大馬鹿地蔵」というふざけた名前の店を使いました。60名ちょっとしか案内を出さなかったのに30名以上の方にお集まりいただきました。彼女の人望が判りましたね。

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右のお二人は水島さんと乾杯をお願いした溝口章さん

 二次会は久しぶりにカラオケに行って、三次会はこれも久しぶりに新延拳さんと二人でゴールデン街へ。2時頃まで呑んで、したたかに酔いましたね。しかし、気の合った仲間と呑むというのはいいものです。身体がもてば徹夜してでも呑みたくなります(^^;;


詩とエッセイ誌『焔』54号
honoho 54
2000.4.10 横浜市西区
福田正夫詩の会・金子秀夫氏発行 1000円

 男の人生/高地 隆

男たちは登って行った
いくら登っても
頂上の見えない山を

男たちは登って行った
長蛇の列をなして

ただひたすら
力の限りに

ともかく
前の人の背中が
見えている間は安全だ

これでいいのだ
これでいいのだと
言い聞かせて

歴史という烈風の中に
男たちは吹きさらされ
その消息を断ち

男たちの足跡さえも
枯れ葉が覆い
雪が積もり
消え失せて行った

今でも聞こえて来る
これでいいのだ
これでいいのだという
男たちの
地の底からのうめき声が

 身につまされる作品です。「ともかく/前の人の背中が/見えている間は安全だ」という感覚もよく判ります。アメリカに追いつけ、追い越せでやってきた間は、目標があってお手本がありました。他人の足跡をたどればなんとかなった時代でした。しかし、アメリカという目標をある分野では追い越し、ある分野では途方もなく遠くに行ってしまった現在、私たちは本当の力を試される時代に突入してしまいました。
 その結果が「消息を断ち」「地の底からのうめき声」をあげるようになるのかもしれません。そうなることによって地球に与えるダメージが少なくなるなら、それはそれで良しとしなければならないのかもしれません。あるいは地球と共存できる新しい力を得るようになるのかもしれません。一企業人としては当然、後者を目指しているわけですが、利益との比率を考えると可能かなと思う毎日です。
 文学らしきものをやっている一人として、社会人として生活する一人として、重いテーマを与えられた作品でした。


会報『鬼の会』336号
oni 336
2000.5 奈良県奈良市
鬼仙洞盧山・中村光行氏発行 非売品

 毎号、おもしろい記事がある、楽しみな会報です。今号の一推しはこれ。知らなかったでしょう!

 四百字詰め原稿用紙
 最も、普遍的な原稿用紙は、四百字詰めである。しかし、二十字詰め二十行は何時頃からか。万福寺の住職鉄眼禅師は、中国明朝時代に隠元和尚が持参した大蔵経の刊行を決意する。そして二十五年もかけ、六万枚の木版を彫って完成するが、書体が明朝体で活字の基礎になるのだ。この木版が、二十字詰めで二十行だった。よもや書体や、字詰め、行数までが残ろうとは、思わなかったであろう。

 四百字詰め原稿用紙が仏教に由来するとは、考えもしませんでした。日本で活字が盛んになったのは明治以降でしょうから、その頃に四百字詰め原稿用紙も発達したのかと思っていました。辞典によると鉄眼禅師は1630〜1682年とありますから、300年以上も前の人なんですね。そんな時代からあったなんて驚きです。そんな目で原稿用紙も見てみるとおもしろいですね。


沼津の文化を語る会会報『沼声』239号
2000.5.1 静岡県沼津市
沼津の文化を語る会・望月良夫氏発行 年間購読費5000円(送料共)

 2002年より小学校3年生から英語教育が始まるようです。日本語もろくに判らないうちに英語か、と驚いています。英語が使えるようになればどれほど便利かは、一応、国際企業に身を置く者としては理解できます。しかし、文学らしきものを齧っている身としては、英語の前に母国語だろうと思う。言語は民族の文化であるからです。
 そんなことを考えていたら、今号の「世相両断」というエッセイに荒井好民という人がおもしろいことを書いていました。英語の必要性を感じていない小3の時期に英語教育をすると教育効果はない、と説いています。難しい文法なんか持ち込んでも英語離れを起こすだけだ、という主張です。やるなら「英語特有の発音やリズムを楽しく身に付けさせる方法を編み出すべき」で「各小学校に英語圏から若い人たちを招聘して配属すること」が大事だと書いています。
 これは頷けますね。30もとっくに過ぎてから仕事の必要上、欧米人に着いて英会話を習いましたが、学校で習った発音とは大違いでした。もっと早く彼らと接していればなあ、と思った覚えがあります。その意味では大賛成。
 しかし「英語圏」というところにちょっとひっかかりました。私の乏しい経験では米英人に限った方が良いと思います。一度オーストラリア人に教わったのですが、その方言には泣かされました。例えば Today は ツゥデェイ と一般的には発音します。その先生は ツゥダアィ と発音していて、何のことか判りませんでした。まあ、それも含めて英語の幅の広さで、いいところなんですが…。でもやっぱり小3には米英人を、と言いたいですね。



 
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