ょうはこんな日でしたごまめのはぎしり
murasame mongara
新井克彦画「ムラサメモンガラ」




2000.6.30(金)

 29〜30と泊まり込みで埼玉に出張していました。埼玉と言っても戸田市ですから、ほとんど都内と同じ感覚ですね。神奈川の西の端に住んでいますと、埼玉という所はずいぶん東京に近い所だと思いますよ。
 仕事は順調で、29日の夜は戸田の夜を楽しみました。スナックで4時間ほど呑んでいましたが、いい店でしたね。確か「なかよし」とか言う名前で、なんちゅう店の名だ!と思ったんですが、女の子が如才ない店でした。台湾人の子がいましたが、気品があって、すっかり意気投合しましたよ(^^;;
 でも、次の日も仕事でしたから、しっかり12時前には帰りました(と思う)。呑ン兵は放っておくと朝まで呑んでいますからね、我ながらすごい自制心だと思いました。それだけトシをとった、ということかもしれませんが…。


李承淳氏詩集      
『耳をすまして聞いてみて』
mimi o sumashite kitemite
2000.7.25 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊 2000円+税

 ボクの名前

オンマ、ボクの名前はチョルでしょ?
そうでしょ? ほんとでしょ?
でも友達が いつも笑うんだ

なんで?
先生も名前を変えろって
名字はいいから名前だけ変えろって
(てつ)に変えろって

オンマ、ボクの名前はてつ≠カゃなくチョルでしょ?

オンマ、ボクの名ははんじん≠ナしょ?

そうでしょ? ホントでしょ?

でも名字がなんで韓(はん)なの?
ボクの友達は田中とか鈴木でしょ?
ボクだけなんで韓なの?
名札を変えてよ
早くつけてよ
………
じゃあ年長組になったら変えてよ
田中か鈴木に変えてよ
オンマ、変えてよ

  
*オンマ:韓国語で母親を呼ぶ幼児語

 愛の詩人・李承淳さんのこの詩集には、その名にふさわしい作品が多々あります。しかし私はこの作品をどうしても紹介したい思いに駆られました。私たち日本人が隣人に何をしたか、それを今一度考えてもらいたいし、考えたいからです。謂われない理不尽な言動、行動がいかに陰湿であるか、そんな性向を私たちが持っているということに目を背けることはできません。
 そんな仕打ちを受けながらも、李承淳さんがなぜ「愛の詩人」と呼ばれるのかも考えなければなりません。そこには薄っぺらな愛≠ネどではなく、民族の受けた屈辱を飲み込んで、それを超越するという人間にのみ与えられた「愛」が存在していると思います。言葉では簡単に書けますが、私自身が実践できるか考えると心もとないものがあります。それを李承淳さんはやっているのです。逆説になるかもしれませんが、この作品を書けるから「愛の詩人」も存在可能なんだろうと思います。
 そういう意味でも、この作品が冒頭にあるというのは正解でした。続く「謝罪」という作品とともに李承淳さんの思想の原点を知ることになり、いかに「愛」へ昇華するかが理解できます。日韓のみならず人間とは何かという観点でも考えさせられる詩集でした。


詩と評論『日本未来派』201号
2000.6.15 東京都練馬区
日本未来派・西岡光秋氏発行 900円

 遅刻/遠藤恒吉

夕闇迫る衛門
閉門の時刻に
兵が三、四飛び出していく
遅れたのがいるのか

遅れた者よ
ラッパの森に潜んでろ
逃げても行くところはない
楽な自殺を選ぶなよ

ひとりの遅刻は
部隊全員が責を負い
次の休日全員外出禁止
あの娑婆へ出られない

全員の怒りが
ひとりに返ってくる
それが各班めぐり
各内務班をまわって歩くのだが

怖がることはない
鼓膜が破れても
眼球が飛び出るわけでなし
口中が脹れ飯が通らなくても
それは二、三日のこと
一週間もたたぬうち
歩けるようにもなる

片輪にはさせない
命も補償する
お国のために
死ぬまでは

 軍隊とは暴力組織ですから、「鼓膜が破れても/眼球が飛び出るわけでなし」という表現にはそれなりに納得できるものがありますが「楽な自殺を選ぶなよ」というフレーズや最終連を見ると、いかに非人間的な組織であったかが判り、今さらのように慄然とします。戦争は本来、経済的なものであり、それさえ達成できれば良いわけですが、この作品を見ていると死ぬことが目的であるような錯覚に陥ります。その目的の取り違えが先の戦争の悲劇だったとも言えるのではないでしょうか。
 戦後50数年が過ぎて、今さら戦争詩でもあるまい、という声もあるようです。しかし私はそうは思いません。表面的にしろ平和な時代だからこそ、戦争や軍隊のバカさ加減を冷静に判断しておく必要があると思っています。せっぱ詰まったら考える余裕なんてないでしょうからね。


沼津の文化を語る会会報『沼声』241号
syosei 241
2000.7.1 静岡県沼津市
望月良夫氏発行 年間購読料5000円(送料共)

 巻頭言に沼津市立病院院長の西村嘉郎氏が「原点」というエッセイを寄せていて、豪州の高校の授業について次のように述べています。

 「数学や物理でも、計算し答えを出すことは解答用紙の20%の作業でしかない。残りはこの問題を検討し、具体的な数字から一般化し、文章として表現することである。歴史、文学などの科目でも、当然のことながら、資料から自らの独自の思考を得、それを的確に表現し得たかがポイントとなる。」

 これは驚きです。日本の高校でここまでやっている例を聞いたことはなく、大学でも一部でしょうね。私の職場にも毎年数人の学卒者が配属されますが、最初の1、2年はまさに「具体的な数字から一般化」することの教育に費やされています。それを高校生がやっているとは、豪州とは恐るべき国ですね。
 エッセイの最後は次のようになっています。

 「ひるがえって此方を省みれば「ゆとりの授業」「早期英語教育」など身近に聞く話題は即席の思いつきとしか感じられない。なんと心寂しきことよ!」

 これも考えさせられます。PTAの役員をやっていて、時折「ゆとりの授業」については学校側からも説明を受けます。今までは「そんなもんか」と思って聞いていましたが、私も真面目に考えなければと反省させられました。



 
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