きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
mongara kawahagi.jpg
新井克彦画「モンガラ カワハギ」




2001.1.24(水)

 出張で埼玉県戸田市に行ってきました。朝10時頃、埼京線に乗っていたんですが、富士山がきれいに見えて驚きましたよ。何度か戸田市には行っていますが、初めて富士山が見えたんじゃないかな。空気が相当澄んでいたんでしょうね。丹沢も箱根も見えて、私の住んでいる家の近くにある矢倉岳も見えました。ああ、あんな所から出張して来たのかと思いましたが、意外に近いような遠いような、複雑な気持になりましたね。



文屋順氏詩集『都市の眼孔』
toshi no gankou
2001.1.20 東京都東村山市 書肆青樹社刊 2300円+税

 存在と光

無気力な朝に目覚めた
すべての生命の実体は
夥しい太陽光線でも語りつくせない
古時計を
最新のコンピューターで
処理すると
有史以前の存在を刻む

 詩集冒頭の作品です。この詩集の中では異質な作品と言えるでしょうが、詩集全体を象徴しているように思えます。「有史以前の存在を刻む」というフレーズがポイントでしょうか。詩集全体を通しても「存在」を根底に据えた視線を感じます。そして「光」でしょうね。「光」によって「存在」が際立つとお考えになっているように受け取りました。



武子和幸氏詩集ブリューゲルの取税人
bruegel no syuzeinin
2000.10.20 東京都新宿区 思潮社刊 2200円+税

 小さな異変

T
どこからやって来たのかだれも知らないが 中空を一艘の船が滑っ
ていた 静かに降る金色の光に舷側を輝かせて 鳥の船首像をなが
く伸ばしていた あたりは夕靄がたちこめて大墻楼には帆桁が斜め
にかすんで見えた 帆はすでに巻き上げられ 所在なげに重くたれ
さがる帆脚索 船尾の汚れた三角帆だけが天の息をかすかに孕んで
いるのが見えた 船は茜色の空にそって滑ってゆく 一人の水夫が
ひび割れた舷側から身を乗り出して こちらの世界にむかって測鉛
を下ろしていた 新たに発見した岩だらけの島の調査でもあるかの
ように 綱の先のその尖った錘の先端は 深淵の底のひび割れた煉
瓦の屋根 礼拝堂の祭壇 男の突き出た腹までをくまなくなぞった
 ゆっくりと数値を読み上げる物憂い声が響いてくる おそらくそ
れは 下水の汚物の位置にいたるまで煤けた羊皮紙の巻物に克明に
記録されてゆくのだろう やがて町の中央に聳え立つ鐘楼の真上ま
できたとき 船は 繊細な船腹を 鋭い尖塔にひっかけて ゆっく
り傾いた 水夫は 黒い無花果の実のように 甲板からこぼれ落ち
 錆びた錨やロープにしがみついた 地上にいるひとびとはだれひ
とり 日々の暮らしに追われて気がつかない かりに気づいたとし
ても 太陽を一瞬さえぎった鳥のような影に 無関心な目を投げか
けて たとえば取税人なら 石の窓辺に横顔を見せて ふたたび税
の収支決算に専念していたであろう 中空では 巨大な大墻を斜め
に傾けたまま 船も人も朽ち果ててゆき そのとき鳩のように飛び
去ったもの やがて白けた竜骨だけが 夕陽に輝いて見えたという

 決して簡単に読みこなせる詩集ではありませんが、イメージの豊富さに惹かれて読み進めることができます。一例としてこの「小さな異変T」を紹介しました。「中空を一艘の船が滑ってい」る様子が鮮明に浮かび上がってくることと思います。「男の突き出た腹までをくまなくなぞった」という描写には思わず笑いさえ出てきてしまいます。
 穿った見方ですが、作者の視線は常に「日々の暮らしに追われて気がつかない」ことへの憤りにあるのではないかと思います。詩集全体を通してそれを感じました。硬質な、良質な本来の詩集らしい詩集だと思います。



 
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