きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
mongara kawahagi.jpg
新井克彦画「モンガラ カワハギ」




2001.5.18(金)

 徹夜明けで帰宅して、夕方まで寝ていました。24時間、1秒も眠れないというのは、最近とみにコタエます。もうちょっと若い頃は、午前中寝れば十分だったんですけどね。
 19時に青少年健全育成会の会長が来宅して、今年1年間の予定を話し合いました。この地区の健全育成会のメンバーは、小中学校長・小中PTA会長・自治会長・青少年補導員・駐在所の警察官など20名ちょっと、会長と副会長の私とで行事を決めてしまえるほどの規模なんです。青少年の事件・事故などまったく無い地域ですから、やることなんかほとんどありません。ツブしてしまってもいいんですけど、教育委員会のたつての依頼で存続している程度です。
 気楽と言えば気楽ですが、研修会と称する講演会が問題ですね。謝礼2万円で、20数名のメンバーに対する講演会ですから、どなたが引き受けてくれるか。著名人には持って行きにくい話です。まあ、12月のことですので、じっくり考えます。



詩歌鑑賞ノート『瀬谷耕作の詩』
shiika kansyo note
2001.6.1 名古屋市名東区 阿部堅磐氏著 非売品

 瀬谷耕作さんの、1958年以来の10冊に及ぶ詩集の中から5編の作品を選び出し、丁寧な解説を述べています。私もこのHPを運営して気づいたんですけど、他人様の作品を解説するというのは大変な作業です。しかし、その反面鑑賞ノート≠ニありますように、優れた作品を鑑賞できるというのは、詩に関わる者としてはこの上ない喜びです。その両面を充分に描ききった詩歌鑑賞ノート≠ニ思います。
 瀬谷耕作さんと直接の面識はありませんが、もちろん存じ上げています。1979年発行の詩集『稲虫送り歌』が地球賞を受けたと解説にありますから、おそらくその時期に瀬谷さんを遠くから拝見していたのだろうと思います。会員ではありませんでしたが、地球のイベントにはその頃から何度か呼ばれていて、その席で瀬谷さんを初めて見た記憶があります。
 解説に対する解説を書いてもつまらないので、この鑑賞ノートに載せられている瀬谷さんの作品の中から、次の作品を孫引きして、瀬谷耕作詩の世界を味わっていただきましょう。1975年に発行された第三詩集『一丁仏異聞』(茨城県文学賞受賞詩集)の中の作品のようです。

 夫婦岩/瀬谷耕作

 ちいさなぞうりが、きちんと、ぬぎそろえてあった。その沼に
むかって、夫婦は、おろおろと、子をよばわった。沼はどろりと
して、どこにも、なきがらさえも、見えなかった。
 雨がふった。七日七夜、山もほのじろくにじんで、夫婦は身じ
らぎもしなかった。沼はふくれあがって、谷間の村を押し流した。
畑をえぐった。森をのみくだした。のたうち、とぐろまき、おど
りあがる。かいくぐる、あれはわが子か、秋の日にうろこのむね
光って、消えた蛇体のものは、一瞬、人間のままの、あどけない
横顔であった。

----ほんにまあ、はや、ことしも、みついけどてさ、ひがんばな、
さくべわ。

 説話・伝承を素材にした散文詩が瀬谷耕作詩のひとつの分野です。この作品にもその雰囲気は充分に表現されていて、1975年当時、現代詩の新しい形と評されていたようです。2001年の現在でも、まったく古さを感じさせない作品だと思います。



詩誌『人間』136号
ningen 136
2001.6.1 奈良県奈良市
鬼仙洞盧山・中村光行氏発行 1500円

 幸福のかたち/松井博文

  (5)便所
マンションの便所は
密室空間である
誰かが入ったすぐ後だと
臭気が抜けていない
オヤジの直後は
みんな嫌がる
オヤジだって
みんなの後は嫌だ
嫌だが入る
娘や息子の後に入ると
この頃は
一丁前に匂っている
それぞれの匂いがある
小さい頃には
感じなかった匂いだ
そこに子供の成長を
文字通り感じる
大きくなったんだなと思う
臭い幸福てのも
あるんだな

 誰にでも覚えのあることですね。本当に「オヤジだって/みんなの後は嫌だ」と思いますよ。私のうちはマンションではなく、平屋の一軒家で、トイレは「密室空間」に近いんですけど、家が密集していませんからセイセイと窓を開け放ちますが、臭いものは臭い(^^;;
 「そこに子供の成長を/文字通り感じる」というフレーズには思わず笑ってしまいました。確かに成長課程では感じ≠ワしたけど、もう中3ですからね、そんな悠長なことは言ってられません。二階建ての家庭ではトイレが二つある所も増えているようですので、そういうお宅はうらやましく思いますよ。まあ、「臭い幸福」を感じた方がいいのかな。ちょっと気づかないところに目を向けたいい作品だと思います。



 
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