きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
mongara kawahagi.jpg
新井克彦画「モンガラ カワハギ」




2001.7.10(火)

 8月5日に私の住む神奈川県南足柄市で、恒例になっている「金太郎祭り」が行われます。もちろん足柄山の金太郎≠ノちなんだ夏祭りです。それに私も加わってしまうことになりました。今年から青少年健全育成会のメンバーは参加せよ、ということになってしまったのです。今夜はその打ち合せに行ってきました。
 行ってみて驚いたことに、なんと本部実行委員は、私が地域の子ども会役員をやっていた時の、市子ども会連合会本部の連中でした。お互いに、おおまだやってるのか、お前こそまた来たのか、ということになって笑っちゃいましたね。人口5万にも満たない小さな市ですから、なんだかんだで顔を合わせてしまうんです。会うと気持のいい連中です。



詩誌『蠻』126号
ban 126
2001.6.30 埼玉県所沢市
秦健一郎氏発行 非売品

        うた
 キューポラの哀歌がきこえる/いわたに あきら

  (二十二)
  西川口駅西口
  (市内で一番の風俗街)

懐かしさが
不器量さで自己主張する駅近くの路地裏で
猥雑な手書きの落書きの
うすくなった言葉の切れ目から
気化したのが口惜しくて
ぼくは
そこにあったキューポラの数だけ
むかしいろの風船に閉じこめて
急ぐ通行人たちを訴追する

かつて この街は
精錬された煤塵までも忌避するため
依怙地にも両足をかたくして
そこにあったキューポラやサンドミキサたちを追い出し
原色のネオンに身体
(からだ)を開いた

子供の頃の写し絵は
かわいたままでは本性はみせない
唾液でぬらし
手でなぞって
手弱女
(たおやめ)の姿をあらわす
男たちも若かった頃わすれたものをとり返すため
ここへは真赤にそまった街の衣を捲っては
自分たちの写し絵を
精液でぬらしに来る

三日目は尖った爪で
居心地の悪そうなビルディングをみつけると
静脈を切り裂くように
ひとつづつぼくが忘れてきたあの風船をこわしては
潜んでいる幻影を寒々とあばきだす
そのなかには
もうコークスを食べられないキューポラが
やはり原色の棺のなかで
眠りこけているはずだ

夜が更けてくると
人の数ほどの車たちの
千鳥足で通りすぎる西川口駅前通りが
それに無関心さを装った商店の
猜疑心のつよいシューウィンドのむこうで
蹉跌したキューポラたちを
照れ臭そうに犯している

行き場をなくしたあの炎が
今日と明日の分岐線上で
とうに風船をなくした糸を手繰り始める

 サンドミキサ・・鋳物の表面についた焼皮をはがす機械
 コークス・・・・キューポラのなかで鉄を溶かすための必要不可欠な燃料

 私が中学生の頃は、川口は鋳物の町と教わりました。同級生にカワグチ・サトエという女の子がいて、その子に引っ掛けて川口里鋳物≠ニ覚えた記憶があります。その頃から川口もずいぶん変わったんですね。川口近郊に年に一度ほど出張します。帰りに西川口で呑みます。「原色のネオン」には行ったことがありませんが、毎回、同じ居酒屋とスナックに行って、静かに呑んでます(^^;;
 そんなことを考えながら作品を拝見していましたが、作者はずいぶんと川口に思い入れがあるなと思いました。巻末の住所録を見ますと、やはり川口市にお住まいの方でした。「そこにあったキューポラの数だけ/むかしいろの風船に閉じこめて」とありますから、おそらくお生まれになったときから住んでいるのかもしれません。「キューポラ」に対する思い入れも相当なものですね。私が行き始めたときはすでに「市内で一番の風俗街」になっていました。一番最初に行ったときは、吉永さゆりの「キューポラのある街」を念頭においたんですけど、さすがにそれはなかったですね。
 最近は鋳物ではなく、鉄やステンレス鋼の加工工場が多いように思います。私が訪れる会社もステンレス鋼の加工を主にしています。今度訪れるときはこの作品を思い浮かべて、「急ぐ通行人たち」になるかもしれないけど「訴追」されないように呑みます。



詩誌『饗宴』28号
kyoen 28
2001.7.1 札幌市中央区
林檎屋・瀬戸正昭氏発行 500円+税

 書店にて/瀬戸正昭

 ぐ
る ぐる
まわつていた
活字の海がゆれだして
それがこんどはまわりはじめた
書棚に手をつけてめをつむる
すこしづつしゃがみこむ
だれも気づかない
ほんの少しのがまんさ…
書店の知的なお姉さんもやってこない…
ゆれはとまつた…
よろめきながらもそろり
ゆつくりとぬすびとのように
その場をはなれた
笑いがこみあげてきたが
笑わずに地下鉄に
乗りそのまま
豚のように
眠りこけ


 どうということのない作品だと思いましたが、なぜか惹かれました。なぜなのか考えたら、ひとつは技巧の問題だと思いました。「ぐ/る ぐる」という配置にまず眼が行ったのです。それがいつまでも頭に残っていて、そのうちに「…」が付く個所が3行出てきて、あれあれと最初にまた戻りました。そんなことを3回ほど繰り返しているうちに、ああ、これは作者の術中にハメられたな、と気づきました。
 もうひとつは、やはり内容でした。風邪ひいたのか、立ち眩みか、二日酔いか、そんなところかなと思ったのですが「笑わずに地下鉄に/乗りそのまま/豚のように/眠りこけ/た」というところで、ハッとしました。疲れているのかな? オレにも覚えがあるゾ、と思った次第です。疲れた、なんて一言も書いてませんが…。
 確かに「豚のように/眠り」たいときがあります。何もかも放り出して、たまには眠りこけますけど、そのあとが大変ですね。でも、そういう日もないと続きません。作者は私と同年代だと思います。お互いに、適当に気を抜いて書き続けましょう、と思わず呟いてしまいました。



本郷武夫氏詩集『ユリの樹の下で』
yuri no ki no shitade
2001.7.10 東京都東村山市 書肆青樹社刊 2300円+税

 栗田美術館にて

退屈な父と
家に居る羽目になった息子。
どちらともなく
二人で出掛ける。
とりあえず家の外へ。
それから山際の美術館へ。
伊万里の壷や皿は父の趣味である。
父の趣味のために息子は連れ添って歩いている。

息子の休日の中を
父は歩いている。

 「家に居る羽目になった」というのは、作者が自営を始めたということのようです。「どちらともなく/二人で出掛ける。」というフレーズに、血肉を分けた親子の関係を感じます。夫婦の関係とは違う、独特な感覚ですね。そして「息子の休日の中を/父は歩いている。」という最終連には、作者の父親を見る目が、うっとうしいと感じながらも肉親への愛情が含まれているようで、いいフレーズだなと思います。
 父上を描いた作品は、ほかに「父」「国立博物館にて」などがあり、同じ視線を感じます。詩集タイトルの「ユリの樹の下で」では子息が出てきて、3代に渡る家族が主なテーマになっています。変にひねったところはなく、真正面から物事を見ている姿勢が好ましい詩集です。



 
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