きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
mongara kawahagi.jpg
新井克彦画「モンガラ カワハギ」




2001.7.12(木)

 エクステリアを整備するため、建築会社の方に来てもらいました。これで、もう4回ぐらいは来てもらっていると思います。その度に設計変更に対する見積りを出してもらっていて、ちょっと心苦しいものがあります。でも、まあ、150万ほどの出費になりますから、平均的なサラリーマンとしては必死なんで、ご理解いただいていると思います。
 今回は隣家との境界問題も解決して、隣家もその建設会社に擁壁を依頼するということになって、私としてはうれしい限りです。先代から数えて、もう半世紀に近い境界線問題がありましたから、私としてはこんなうれしいことはありません。隣近所とモメることは、私の一番嫌いなことなんです。隣近所とうまくいかなくて、何が日本か、国際化か、という思いがあります。このまま平穏に済むことを願っています。で、ついでに、なんて私は小心者なんだろうとも思います(^^;;



季刊文芸誌『楽市』41号
rakuichi 41
2001.7.1 大阪府八尾市
楽市舎・三井葉子氏発行 1000円

 アンマおことわり/木村三千子

桃の季節になると
果物屋の店先の
  <アンマおことわり> のふだに
くすぐられていた
つい 触れてみたくなる桃の肌
  <さわらないで!> では味気ない

遊び心で楽しませてくれた言葉が
店頭から消えてゆく
この頃は
 激辛 激安
いきなり叩かれる感じ
それにも
いつのまにか慣れている

 果物屋で買物なぞ、ついぞやったことがないので知りませんでしたが、味のある札だったんですね。「店頭から消えてゆく」とありますから、最近では見かけないんでしょうか。いつ頃のことか判りませんが、ちょっと昔の日本人にはそういうユトリがあったんですね。
 この作品で大事なのは「それにも/いつのまにか慣れている」という最終行ではないでしょうか。先輩のいい点を忘れて、表面的な言葉についつい慣れていく、その危険性を訴えているように思います。世知辛い世の中、という言い方がありますけど、齢50になって思うのは、そういう世の中にしているのは自分だ、ということです。大事な、人の心に触れる言葉を表現するのが、詩を書く者に与えられた使命かな、とも思います。短い詩ですが、示唆に富んだいい作品だと思います。



小城江壮智氏詩集『石の言い種』
ishi no iigusa
2001.6.1 長野県東筑摩郡明科町
詩工房きららむし刊 1600円

 詩集の半分が英文で、あとの半分が日本語という詩集です。英文は友人に英訳してもらい、校閲は英語圏の人にやってもらったそうです。ですから英文もきちんとしたものだろうと想像しています。私は当然、日本語しか読みませんでした(^^;;

 石の言い種

じつにつまらんと思っている

だれもみむきもしない
つきあたったところで
けとばしておしまい
ちぇっ なんて舌打ちされるのがせきのやま
くだらないったらありゃしない

存在の意味?
そんなもの知るか

ずっとここにころがって
それで
目にとめられたなんて
ただのいちどだってあるもんか
やすっぽいあつかいのほうがよっぽどいい

もう ふてくされてもしょうがない
それほどねうちがないってわけだ

日にやけ
雨にぬれ
風にひえ
どろまみれ
どうせそんなところ

おれ
ただの石っころ----
それ以上でも
以下でもなく
なんのとりえもない
ごろっとした
みえのわるいやつだもんな

 詩集のタイトルになっている作品です。詩集全体を通じても言えることですが、「吸取紙」「ミカンの皮」などの作品に見られるように、普段、何気なく見過ごしているもの、詩として成立しないような事物に対しての視線が新鮮です。紹介した作品にもその傾向が現れているように思います。それに「存在の意味?/そんなもの知るか」というフレーズに見られるような開き直りも魅力です。もちろん、それは表面のことで、内実は絶対に開き直ってなんかいませんけどね。おもしろい詩集です。



湧彩詩誌No.13『たまゆら』
yusai shishi 13
2001.3.7 栃木県茂木町 彩工房発行 非売品

 石庭/湧太

那須連山から流れ着いた
河原の石は
人の一生を遙に越える
長い年月の中で
陽にやかれ
風にふかれ
雨にうたれ
全身で受難に耐えてきた

山からの沢水が流れ込む
工房の北側には
(たまゆら)と
名付けた石庭がある

赤のいろ
茶のいろ
青のいろ
緑のいろ
白のいろ
灰のいろ
黒のいろ

互いに傷つけない
丸い形になって
彩った
那珂川の石に一時の夢を見る

 「人の一生を遙に越える」というフレーズにドキッとしました。那須連山から流れ着くまでに何億年かかっているのか、想像を遥かに越えることに気付いたからです。そこに着眼し、たった1行に表現する作者の技量にも驚かされました。
 最終連の「互いに傷つけない/丸い形になって」というフレーズも奥深いものがあると思います。変に教訓的な言い方ではなく、読者に判断を委ねている姿勢も好ましいことです。丸い形って、他人を傷つけないんだよな、と改めて思った次第です。



 
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