きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
mongara kawahagi.jpg
新井克彦画「モンガラ カワハギ」




2001.8.31(金)

 パソコンに向いながら、見るともなくTVを見ていると、久しぶりに「鼓童」が出ていて、急に20年前を思い出しました。世を捨てて(^^;; 箱根外輪山の開拓部落で、接点がありました。リーダーは林英哲という人で、いつもフンドシの後姿で大太鼓を叩いている人です。
 20年前、先妻との離婚がもつれてすっかり世の中が嫌になって、死んでもいいやという気分でハンググライダーで遊び、住まいは前出の開拓部落の空家を借りていました。弟の親友がその部落に住んでいて、本当は廃校になった分校を借りたくて、その友人を通して交渉してもらいましたが、管理者の小田原市から許可が出ず、やむを得ず空家を借りたといういきさつがあります。
 しばらくすると、その分校を借りた者がいるというのでガッカリしましたが、それが林英哲さんの率いる「鼓童」だったという訳です。林さんの弟子になった知り合いの女性を通して、面識を得たりコンサートに行ったりしましたが、当時の私は本当に口惜しかったですね。でも音楽的には豊かな才能が感じられる人たちで、世界的にも有名になって良かったなと思っています。あの分校での練習成果が出ているのかと思うと、感慨深いものがあります。



富田和夫氏詩集
『砂蟹*外国旅行と心の散策』
sunagani
2001.6.25(初版第2刷) 東京都新宿区 青文社刊 非売品

 アイスランドという国

大西洋のど真中を
大陸と大陸をどかんと割って
北にぽっかりと浮いて鎮座する島

地底を縦走する中央海嶺
こんなどでかい海底の道路を
胸を張って受け止めているなんて
よほど肝っ魂のすわった国なのだ

一体いつから
こんな島がひよっこりと生成され
人間が住みついたというのか

いまも島全体は
ぐらぐらと硫黄がにえたぎり
火を噴く山々は空を突きあげ
爆布は氷河を造り
ツンドラは人間を動かす

自然と人間のこんな大合唱なんて
聞いたことがありますか

 アイスランドにて 一九九七・八・一

 自慢ではありませんが、私はこの国から一歩も外へ出たことがありません。「アイスランド」も当然行ったことがありません。でも、この作品を拝見して、まるで何度も行ったかのような錯覚に陥りました。「北にぽっかりと浮いて鎮座する島」「よほど肝っ魂のすわった国なのだ」などのフレーズが新鮮で、目の前に「アイスランド」が手に取るように在る、という感じを受けるのです。
 ショックなのは「こんなどでかい海底の道路」「火を噴く山々は空を突きあげ」というフレーズです。今にも爆発しそうで、よく住んでいられるなという思いを強くしますね。しかし、最終連の「自然と人間のこんな大合唱」というフレーズ安心することができます。「大合唱」と考えれば「海底の道路」も「火を噴く山々」もそのまま受けとめればいいのだと思い至ることになります。何やら、自分の精神を左右に揺すぶられながら拝見しましたが、それだけ作品の力が強いということだと思います。



佐藤勝太氏詩集『時の鼓』
toki no tsuzumi
2001.9.10 大阪府北区
編集工房ノア刊 2000円+税

 往生際

古い友人に会うと
きようも目覚めたら
生きていた
もううんぎりしてるんだけどなあ
あっさり逝きたいよという
そう簡単に死ねないよ
というと
戦中戦後をさんざん苦労して
飽きあきしたよ
もうグッドバイしたいね
君はどうだというから
もう一度若い女と何してからにしたいね
と茶化すと
それはいい俺もそうしようか
グッドデイといって
ゴルフに出掛けた
二人とも往生際は
きっとよくないだろう

 佐藤勝太さんは日本ペンクラブと日本詩人クラブの会員です。以前に『遥かな時』という詩集をいただいていて、その読みやすさに驚いた覚えがありました。今回も140頁、50編に及ぶ詩集ですから、決して薄い本ではないのですが、アッという間に読み終えてしまいました。紹介した作品は一番最後に載せられているものです。ご覧にように、何の抵抗もなくスーッと胸に入っていくと思います。
 しかし、表面的な読みやすさの影にある深い洞察を見逃すことはできません。「戦中戦後をさんざん苦労して/飽きあきしたよ」というフレーズには、「飽きあきした」裏側を感ぜずにはいられません。そして「二人とも往生際は/きっとよくないだろう」と書くときの仲間意識。「戦中戦後をさんざん苦労して」きた仲間に共通の感覚があるのではないかと思います。それは世代を越えて、実は私たちにもあるもので、そこで共感を与えていると言えるでしょう。表面的な言葉の裏を探りながら、味わい深い詩集だと思います。



詩誌『谷蟆』8号
tanyguku 8
2001.9.1 埼玉県熊谷市
谷蟆の会・小野恵美子氏発行 非売品

 雪/小野恵美子

おまえは雪の中に寝ていた 四肢を投げ出し輝くば
かりの笑顔で伏していた 徒歩で新聞配達を終え身
体の火照りを鎮めていたのだった
とびきりピュアな心を持ったおまえ
自分を信じて生きればいい
長年の心のしこり ひょっとしたら思い過ごしもある
かもしれない そのことごとくを
この雪のように 静かに包みこむことができたなら
人はどんなに救われることだろう
おまえはゆっくりと起き上がった 陽を存分に浴びた
身体 行く手は未知数だ
やり場のない感情を覆ってくれる 大量の雪
張りつめたものの一切合財が ようやく鳴りを潜めた
ように思われる
それにしても
あの時の 青ざめた顔の少年は 握った果物ナイフを
まだ携えているのだろうか ナイフは私のものだ
何を思ったのか 病室の引き出しを開け足早に走り去
った少年 すれ違いざまにわけの分からないことを言
いながら ひどく興奮していたのを覚えている
彼の見舞いに来たおばあさんは それから二三日して
急に亡くなってしまったのだ
折からの雪の重みで 楠の木の枝がへし折られた
支え切れずに折れる
しぜんなことなのだけれど

 少年時代の自分を思い出しています。「とびきりピュアな心を持った」わけではありませんでしたが、「やり場のない感情を」常に持っていました。「握った果物ナイフを」突き刺すか刺さないかは、ほとんど紙一重だったと思います。たまたま刺さなかっただけでした。もうちょっと感情が激していたら、指が開かなくなるほど握り締めて、相手の胸に突き刺していたかもしれません。
 誰もがそういう思いをして、ここまで来てしまったのだと言えましょう。「支え切れずに折れる」ことは「しぜんなことなのだ」と気づくまでに多くの間違いを犯し、場合によっては気づかないで一生を終えてしまうかもしれない。そんな人間たちを、特に少年を、この作品はあたたかく見守っていると思います。「行く手は未知数だ」ということを信じて…。



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