きょうはこんな日でした【 ごまめのはぎしり 】 |
新井克彦画:ムラサメ モンガラ |
2001.9.1(土)
日本詩人クラブの「21世紀
詩の可能性」と題する現代詩研究会が始まりました。今日がその第1回目で、文教大学教授・石原武氏による「マイノリティの詩」が講演され、質疑応答も活発に行われました。会場は東京・神楽坂エミール、参加者は定員30名をはるかに越えて40名を上回っていたと思います。
詩人クラブの会員・会友の皆さまにはいずれ詳細が『詩界』で報告されます。録音テープ起しは私がやるようで、今、手元にあります。テープ起しって、考えてみたら初めてのことですから、どうなることやら不安です。まあ、がんばってやりますから『詩界』を楽しみにしていてください。
資料を手に… 石原武氏 |
マイノリティとは、周縁とか端とかいう意味だそうです。反対語はマジョリティ。アメリカインディアンやスロベニアの詩を研究してきた立場から、現代詩の可能性はマイノリティにこそある、という趣旨でした。そして重要なのは、私たちの内なるマジョリティ意識でしょうね。日本人で良かった、東京に住んでいて良かった、名誉白人で良かった、というような意識が私たちに存在する限り、詩の可能性はそこで止ってしまうと思います。講演を聞きながら、そんな一篇の詩がおぼろげな形になりました。いずれまとめて発表します。
○沼津の文化を語る会会報『沼声』255号 |
2001.9.1 静岡県沼津市 望月良夫氏発行 年間購読料5000円 |
ソウルの空から/町田
貢
歴史歪曲
昨後期、韓国慶煕大学で日本文化について講義した。授業中、一人の学生が「日本の東北地方で古代遺跡を改ざんした事件が起きたが、先生はどう思うか」と質問してきた。私が常日頃、韓国の若者達に「日本人のように正直かつ誠実であれ」と説いているので反撃してきたわけだ。
日本は、かつてアジアを侵略したのに、教科書には進出と書いたり歴史をよく歪曲すると韓国や中国から攻撃されている。そこにこの遺跡問題が起こった。「このようなことは初めてだ例外中の例外だ」と説明したが学生達は納得しなかった。我々は気づいていないのだか、日本人は本音と建て前が全く違う民族で、思っていることと云うことが違うと思われている。私が力説するほど、彼等は日本人をそんなに正直な民族だとは思っていない。残念乍ら、我々日本人は、アジアの周辺国の人々には小人に見えるらしい。何とか中人位に昇格したいものだ。
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町田さんという方のエッセイ全文ですが、考えさせられます。私が同じ立場に置かれたら、やはり「例外中の例外」としか言いようがないかもしれません。それとも、そんなことは日常茶飯事で、外務省は水増し請求、神奈川県警は買春・捜査情報漏洩と、裏では何をやっているか判らない国民なんですよ、とでも言わざるを得ないのかもしれません。消防署の指導は無視して、儲けるためには非難器具なんて置くことはしないで、44人も死んでしまう国なんですよ、ともつけ加えるべきでしょうか。
そんなことをするのは、ごく一部なんだという反論があります。でも本当にそうなんでしょうかね。交通規則を絶対に守って走る、なんて車は私も含めて一台も無いと断言できます。少ない投資で大きな利益、これが企業の鉄則ですから、法に触れない限りは何でもやります。そんな中で私たちは人生を送っていますから、古代遺跡の改竄など、在り得る話、当然の帰結と答えるのが韓国学生に対する正解なのかもしれません。本当に「中人位に昇格」できるのは、いつの頃やらと考え込んでしまいます。
○個人誌『むくげ通信』3号 |
2001.9.1
千葉県香取郡大栄町 飯嶋武太郎氏発行 非売品 |
日本詩人クラブ会員の飯嶋武太郎さんから、初めていただいた個人誌です。韓国の詩人たちの作品で全てが埋められています。「個人誌」というのは妥当かどうか不明ですが、飯嶋さんが選び出した作品ばかりだろうと想像し、「個人誌」として紹介します。
蚊
部屋は蚊の宇宙
人肉は蚊の地球なのか
うぶで
大人しく無防備でいると
露わなところをチクッと刺される
植民地のように
金光林詩集『病んでいる男』の中の作品だそうです。最後の1行に、日本の植民地になった韓国人の怨念を感じます。私たちは「うぶで/大人しく無防備でいる」朝鮮半島の人々の「露わなところをチクッと刺」した「蚊」であったことを、いつまでも記憶する必要があると思います。
現実にて
図体の大きな体を
あたたかな大地の懐に
一度も気楽に寝ることが出来ず
中腰でぶら下がり そわそわ
落ち着かないまま 生涯を前に前に
高速で走らなければならない
浮上列車が走っている
こちらは高貞愛詩集『健やかな家』の中の作品だそうです。「浮上列車」とは「中腰でぶら下がり」とありますから、懸垂式のモノレールだと思われます。この作品ではタイトルが重要だと思います。そして、日本で開発が進められているリニア・モーター・カーにも思いが至りました。「生涯を前に前に/高速で走らなければならない」列車を持つ代りに、私たちは何を失うのかも考えおかなければならいでしょうね。
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