きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科 |
2002.1.25(金)
職場の懇親会の幹事だけの新年会をやりました。そんな幹事なんていうものは半分仕事みたいで、嫌々やるのが普通ですが、私たちは違っているようです。ともかく呑むのが好きな連中が幹事になってしまい、幹事だけの呑み会も結構やってきました。まずは自分たちが楽しもうという人の集りになってしまったのです。
私たちの任期は昨年末まででしたから、本来は新年会なんてやる必要がないのですけど、それでも集りたいという希望で実現しました。若い女性2名と中年のオジサン4名の計6名。私も調子に乗ってカラオケまで付き合っちゃいました。午前1時頃まで呑んで騒いで、いい夜でした。どうせ幹事なんてつまらいことをやるんだったら、いい仲間と楽しんでやりたいものですね。
○志賀英夫氏著 『戦前の詩誌・半世紀の年譜』 |
2002.1.18 大阪府豊能郡能勢町 詩画工房刊 2500円 |
著者が主宰する月刊詩誌『柵』に、1996年7月号から1998年12月号まで連載したものです。その後収集した資料も加えたと「あとがき」にあります。明治の『新軆詩抄』から始まって1944年6月発行の『歌謡道場』5号まで、約2000点の詩誌を網羅しています。中には現物が見つからず、詩誌に載っている他誌の紹介で存在を知る、ということまであったそうです。大変な労作で、日本の詩を愛する者のひとりとして頭が下がる思いです。
日本の詩史はとりもなおさず日本の歴史です。15年戦争が始まって序々に言論が統制されていくさま、敗色が濃くなるにつれ、ついには詩誌の統合を国家に命ぜられる過程がつぶさに判ります。同人詩誌といえども時代とは無縁ではいられないという証でしょう。詩史研究者には必読の一冊です。
○月刊詩誌『柵』182号 |
2002.1.20 大阪府豊能郡能勢町 詩画工房・志賀英夫氏発行 600円 |
あれから/中井ひさ子
六月の青い空に
白い雲がいくつも
浮かんでいる
雲を渡るように
キリンがライオンがトラが
ゾウまでが
走っている
ああ 今日は月曜日
動物園が休みなのだ
動物園に行った時
「街の中を走ると
大騒ぎになるから
空を走る」と
キリンが
長い前足を折り曲げ
耳もとで言っていた
「そのまま走り去らず
どうして動物園に帰ってくるの」と
聞くと
「わからない」と
静める眼で遠くを見ていた
「あんたは
家に帰るのか」と
聞きかえされて
「わからない」と
静める眼で答えた
あれは五年前の六月
中井さんの作品には数多くの動物が出てきて、それらが人間以上に人間臭くておもしろいのですが、紹介した作品もそうですね。キリンの「わからない」という答がそのまま「あんた」の答になるという設定が、すべての生物に対する喩として読みました。しかし本当はそんな大袈裟なことを言っているのではないでしょう。たった「五年前の六月」からのことですから。「わからない」と答えた登場人物が「あれから」どうなっていったのか、読者の想像を刺激するところです。「動物園に帰」る、「家に帰る」とともに何についての喩か、こちらも楽しめますね。大きなことを考えてもいいし、身近な小さなものの喩えとして想像してもいい作品だと思います。
○宮内洋子氏詩集『ツンドラの旅』 |
1997.3.3 東京都新宿区 思潮社刊 400円 |
海老根
兵隊さんが整列している
たて よこ 見渡せる
両足揃えて
姿勢がよろしい
やや温地帯なので
蟹が這い出す
蛙だって苔の上にいる
ふとおい はちきれそうな蚯蚓
その年は
世界中の兵隊さんを思い描いて
半世紀の反省会があった
枯れた兵隊さん
切り株の兵隊さん
灰と土の兵隊さん
足下に
鈴を鳴らしている黄海老根の花
五月雨に濡れている
背中の曲がったおばあさんが
杉林をジダザグに歩いていく
私の死んだ夫は
どの杉の木ですか
植林して出征したのです
半世紀の迷い
半世紀の重み
杉山の整列は
海老根の根っこに支えられている
おばあさんの屈んだ背骨
正座できない膝
杉山は
整列を崩さず
雨の雫で
海老根の肩を
上から順に叩いていく
整列する兵隊と植林された杉の木を見事にダブルイメージ化させた作品です。タブルイメージどころか「植林して出征した」のだと知らされ、戦後世代の私などにはそんなこともあったのかと驚かされます。そして「私の死んだ夫は/どの杉の木ですか」と問う「背中の曲がったおばあさん」を見るとき、おそらく骨も帰ってこなかったのだろうと沈んだ思いにさせられます。
「半世紀の反省会」を過ぎた今、日本の新たな戦争への加担が現実となって、この作品の重要性を改めて感じます。詩集そのものは著者の第3詩集で、5年前の発行ですが、ある意味では詩人の先見性を示した詩集とも言えるでしょう。「海老根」という存在である私たちが「杉山」に「順に叩いてい」くことにならないように願わずにはいられません。
○文芸誌『海嶺』10号 |
2002.1.1 千葉県銚子市 グループわれもこう発行 600円 |
シロフォン・クーゲルバーン/萌木碧水
無線紙の上
這い伸びる
黒インクの静脈は
冬ざれの様相で
ひたひたと
忍び寄る
絡み付く
荊棘の枝を、
程良く煎定し
暖炉に放るのだが
パチパテと
節は爆ぜ
火の粉は
舞い踊るばかり
立ち入るな
クリップ
壁は在る
正直なところ難しい作品だと思います。言葉が理解できません。大事なタイトルの「シロフォン」は木琴類のシロフォンで良いとおもいますが「クーゲルバーン」が判らない。おそらくドイツ語かと思います。とりあえず広辞苑、百科辞典、果ては理化学辞典まで持ち出してしらべましたけど載っていませんでした。ある年齢の人には充分理解できる言葉なのかな? できれば註釈があった方が親切かもしれませんね。
それは置いておくとして最後の2連は興味を惹かれるところです。おそらくタイトルと連動しているのだろうと思いますが、単独の言葉としても使ってみたい魅力があります。どなたか正確に読み取れる方がいらっしゃったら教えてください。
小説もかなりおもしろい作品が揃っていました。蜂須賀和子氏「モナーク蝶がきた日」は何千匹の蝶が押し寄せる様子と家族の関係をうまく組み合せた作品と思いますし、鹿眠氏の連載「可視光の外へ」は幼児に興味を寄せる中学生という設定で現在を感じさせます。ブルース ローティ作・高瀬博史氏訳の連載「傷痕(きずあと)」は切手帳を隠してしまった少年が同級生のいじめに合うというおもしろい設定の意欲作です。次号が楽しみになる作品ですね。
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