きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科 |
2002.5.19(日)
埼玉詩人会の「埼玉詩祭2002年」に招待されていて、「彩の国さいたま芸術劇場」に行ってきました。30分の余裕を持って出掛けたのに、埼京線が池袋〜赤羽が工事で通行止め。15分も遅刻してしまいました。埼京線内では事前に通告されていたそうですけど、小田急線でも知らせて欲しかったなあ。できるなら新聞やTVでもやってもらえれば良かったのに…。まあ、15分ぐらい遅れても大勢に影響は無いイベントだったから良かったものの、私自身が主催者側だったらと思うと、ちょっと不満でしたね。今後は、やはり1時間の余裕をみておこうと反省しました。
それはそれとして詩祭は良かったですよ。松本建彦さんの詩集『玩物綺譚』が第8回埼玉詩人賞を受賞なさって、詩集は拝見していないものの配布された一部の作品を読むと、なるほどと思わせる作品でした。チェロを間に入れたプロによる朗読も聞いて納得できたし、藤富保男さんの講演「詩とサッカー」も藤富さんの意外な一面を見せてくれました。
朗読は自作詩ではなく、秋谷豊、中村稔、吉野弘、石原武という埼玉に関係のある詩人の作品が披露されました。音質、強弱、リズム、間、総てが合格点だと思います。チェロはちょっと不満でしたね。音楽もチェロという楽器もまったくの門外漢なんですけど、音程のミスが多かったと思います。知らない曲でしたので確かではありませんけど、ここでこんな音を出すのはおかしいのではないか、と思う場面が何度かありました。私の耳がおかしいのかもしれませんけど…。
一番うれしかったのは、半年ぶりにささきひろしさんに会えたことですね。帰りの埼京線が心配だったので、早く退散したかったのですが、結局、二次会の途中までつき合っちゃいました。19時半退席、23時半帰着。やっぱり、時間の余裕がある時にゆっくり呑みたいものです。そうそう阿蘇豊さんにも会いました。懇親会で一緒に呑もうと思ったけど、いなくなっちゃいましたね。忙しいのかな?
○淺井裕子氏詩画集『不協和音』 |
ホームレス
駅のコンコースで初めて会った時
両手に荷物を持ち
雨露をしのいでいた色白な女は
身のふり方でも考えているのか
黙って空を見上げていた
冬の吐息が粉雪に変わる頃
前を歩く私の哀れむような眼差しに
「こっちだって一生懸命やってんだよ」
嘆きのような苛立ちを浴びせかける
女の顔は赤銅色に変わり
深いしわが生活を刻んでいた
初老の女の繰り返す独り言が
聞く人のいないまま
暗い空に吸い込まれてゆく
底知れぬ力が冷たい疾風になって
弱いものを根こそぎいたぶるのを
家にいる私の娘はまだ知らない
見えない鎧を身につけ
ダンボールの上にきちん正座する
女のうつむいた瞳には
どんよりと
灰色の雲が垂れ込めていた
「埼玉詩祭2002年」の席で著者よりいただきました。著者は絵描きさんでもあり、それぞれの詩作品には絵がついています。詩は家族を描いたものに秀作が多いのですが、ここではちょっと違った視点の作品を紹介してみました。「色白な女」が「赤銅色に変わり」、「見えない鎧を身につけ」るまでの様子が深い意識で描かれていると思います。
「ダンボールの上にきちん正座する」女は、著者自身、私たち自身なのかもしれません。社会保障制度が崩れつつある現在、他人事とは言えない現実味があります。決してそうなりはしない、と思いつつも、誰もがホームレスになり得る可能性があります。そこを著者もよく理解していて、この作品を生み出したのではないでしょうか。「底知れぬ力が冷たい疾風になって/弱いものを根こそぎいたぶるのを/家にいる私の娘はまだ知らない」というフレーズにそれを感じます。家族ものの作品の根底にある、著者の感性を理解できる作品として紹介した次第です。
○詩誌『伊那文学』62号 |
2002.5.20
長野県伊那市 伊那文学同人会・中原忍冬氏発行 500円 |
桜色のシャワー/鹿野 剛
桜の樹の黒くて太い幹が
葉の緑に映えていた
夏の風がその幹の中にも吹いて
明るい音が響いていた
その肌に触れると確かに感じた
まっすぐで潔い樹のスピリッツ
冬が始まって間もないころ
染色をしている人が教えてくれた
その古い、黒い幹の中を
一心に上昇する樹液はすでに
淡いピンクに染まり始めたことを
そしてその同じ冬
樹が繰り返してきた年月の重さと
記録的な大雪の重さが
何かの拍子で均衡を失ったのだろうか
枝垂れていた大枝がぼっきりと折れてしまった
日ごとに紅みを増していた樹液が
行き場をなくして
雪晴れの空から霧のように落ちてくる
夢はついに形をもたずに終わったが
桜色のシャワーは今も
ぼくの体をほてらせるのだ
「一心に上昇する樹液はすでに/淡いピンクに染まり始めた」という新鮮な視線が見事な作品だと思います。そして「枝垂れていた大枝がぼっきりと折れてしまった」が「桜色のシャワーは今も/ぼくの体をほてらせるのだ」という、桜の樹に対するあたたかい気持が伝わってきます。人間と樹との交歓を描いた佳作と思いました。
詩作品ではありませんが、酒井力氏の「詩論(三)」は興味ある論です。17世紀英国の詩人H・ヴォーンの作品を紹介しています。過去形で書かれた7行の詩を、試みに現在形に書き直しています。その意図を次のように述べています。
<過去形で表現する場合は、いきおい詠嘆的な回想に終わってしまうことが多いし、第一、日記的な詩には多くみられる現象であろう。たとえ過玄の出来事も、現在に引き戻して表現するなら、その作品によっては生命を吹き込まれる場合もあると思う。また、将来的な問題を未来学的に作品に扱う場合は、かなりの力量がなくては、単なる空想的なものに堕してしまうだろう。〈現在を生きる〉ことからすれば、やはり私の場合は、現在形の表現をとらざるを得ない。今まで詩作をしてきて辿り着いた結果であり、他の詩作品をみる一つの視点ともなっている。>
重要な指摘だと思います。具体例はここでは割愛しますが、何かの作品で試みると良いでしょう。酒井さんの論がよく理解できます。新しい見方を教わった論文です。
○鬼の会会報『鬼』359号 |
2002.6.1
奈良県奈良市 鬼仙洞盧山・中村光行氏発行 年会費8000円 |
醍醐味
平安時代の『倭名抄』では、牛や羊の乳を煮詰め精製すると酪−生酥−熟酥−醍醐が得られます。最終段階の醍醐は極上で、最上の美味を褒める言葉になりました。江戸時代には、粟の飯は日本一の醍醐味≠ニ称されており、仏教の言葉でもあります。この世で、最上最高の如来の教え、との意味もあるのです。そして、ものごとの本当の面白さ、ふかい味わいという意味で用いられております。
連載「鬼のしきたり(48)」の中の一文です。「醍醐」とは天皇の名にもなっていましたから、高貴なものだろうとは思っていましたが、乳の精製から来ていたんですね。不思議なのは「粟の飯は日本一の醍醐味」の意味です。粟は粗末な食料と思っていましたから、それが醍醐味とはどういうことなのか判りません。食べたこともないので何とも言えないのですが、実はおいしいものかもしれませんね。それとも粗末な食料でも見方を変えれば最高だ、という仏教の教えなのでしょうか。「如来の教え」とありますから後者なのかもしれません。それにしても、50を過ぎてこんなことも判らないのかと自省しています。
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