きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2002.8.26(
)

 三冊の「西脇順三郎詩集」を読み進めています。ある同人誌から、西脇順三郎について何か書け、と言われたのがきっかけです。西脇さんからは亡くなる数年前に一度だけ葉書をもらったことがありますから、何やら因縁めいたものを感じて引き受けてしまいました。だいたいの構想はできていますけど、細部の詰めとなると結構キビシイですね。現在は西脇詩はあまり評価されていないようですけど、私なりの視点で、復権とは云わないまでも、そういう側面もあるのかと納得してもらえるものが書きたいと思っています。締切は今月末、せめて一日くらいの余裕をもって仕上げたいものです。



個人詩誌COAL SACK43号
coal sack 43
2002.8.25 千葉県柏市
コールサック社・鈴木比佐雄氏発行  500円

 ミスター・ハムスター/川島 洋

 なかなか寝つけなかった。
 廊下に置かれた籠の、廻し車の中で、夜行性の小動物が
走りつづける、その音が耳に響く。ああ、走ってるな、と
思う。輪の内側で、そり返るようにからだを伸ばし、四つ
の短い脚で猛烈に小走りする。ゴトゴトゴトゴト、廻し車
が大きな音を立てて回転する。ちょっと休んでは、また走
る。飽きもせず、延々とくり返す。
 寝返りを打ちながら僕は、何なのだろう、と考えてしま
う。それがハムスターの習性、本能というものさ。それは
そうなのだろうが。だとしても、その行為の、彼なりに感
じている内実があるはずだ。何なのだろう。そんなことを
思って、なかなか眠りへと弛緩してゆけなかった。

 いくら走っても少しも移動しない固定された輪の中で、
激しいダッシュをくりかえす。小動物が「苦行」を進んで
行うとは思えないから、彼はたぶん嬉々として走っている
のだろう。だがあの執拗さは、気まぐれや遊びとは違う、
それ以上の何かだ。むしろ意地と呼びたいほどの強い意志
が、彼を走らせているのではなかろうか。
 そういえば、週未になると深夜の住宅街を爆音とどろか
せてしつこく走り回るバイクの若者がいるな。スポーツジ
ム。動くベルトの上をひたすら歩きつづけているひとがい
るな。いや、もっと単純で普遍的なことなんだ、ハムスタ
ーが健康で、ハムスターであることに駆られていて----

 いつ、ぼくは眠ったのだろう。闇の中で、ハムス夕ーは
いつまで車を回しつづけていたのだろう。

 朝、彼は巣箱の中で眠っている。いささか寝不足気味の
頭で、彼の駆け足をぼんやり思い出しながら会社に出勤し
た。そしてふと気づいた。毎朝おなじ電車の吊革につかま
り、おなじ事務机の上に載せられ、おなじパソコンのキー
ボードを叩きつづける手がある。そんな手も、どこか彼に
似ているのではないか、と。

 クリック、するためにつかんだマウスが、不意にやわら
かな毛に覆われていて、かすかに、小刻みに震えている。

 「ハムスター」が「バイクの若者」へつながっていくあたりは、暴走族嫌いの私としては、してやったりと思ってほくそ笑んでしまいました。「スポーツジム」は、まあ、よく連想されることで、作者の想像もこれが限度かなと思ってしまいました。しかし、「毎朝おなじ電車の吊革につかま/り、」になると、視点の変化があって、これはちょっと面白くなりそうだぞ、と思ったのです。
 そして最終連。これは脱帽ですね。「マウス」ですから、まさに「ハムスター」の直喩なんですが、「不意にやわら/かな毛に覆われていて、かすかに、小刻みに震えている」というのがすごい。思わず私も手にしたマウスを見てしまいました。実にリアルな表現で、それまで頭の中でこね回していた抽象が一気に具象化して、頭の回路を右脳から左脳へジャンプさせたのです。それまでのちょっと長い、ある面ではダラダラとした書き方は、実はこの最終連への布石だったのかと納得しました。「ハムスター」に「ミスター」を冠したタイトルと云い、なかなかニクイ作品だと思いました。



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