きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2002.10.28(
)

 関連会社から電話があって、すっ飛んで行きました。私の担当する製品に故障が出ていると言うのです。行って確認してきましたけど、すぐに原因は判りそうもないので、該当部分を持ち帰って分析することにしました。
 その会社には以前も行ったことがあるのですが、当時は技術的な話でしたのであまり気にもしていなかったのです。でも今回は製品ですからギョッとしましたね。この感覚が技術屋と品質保証部門の違いかと思いました。幸いなことに水際で防いだのでお客さんに迷惑を掛けることはありませんけど、もし気付かなかったらと想像するとゾッとします。この感覚が大事なんでしょうが、今後もあり得るのかと思うと、正直なところ気が重いです。一匹狼で好きなことをやって来た30年間とはずいぶん感覚が違いますけど、まあ、これが仕事だからしょうがないですね。
 原因ははっきりしていませんけど、現象から考えると当社の責任ではなく、関連会社の責任だと思っています。もちろんそんなことは言いません。見つけてくれてありがとうと言って帰ってきましたが、内心ではムッとしています。我々の世界はデータがすべてですから、早く分析してデータを出して、改善してもらうつもりでいます。



詩誌『青い階段』70号
aoi_kaidan_70
2002.10.25 横浜市西区
浅野章子氏発行  500円

 葬送/福井すみ代

喪服をまとい 一寸のすきまもなく
電線に 公園の石垣に
列をなしたカラスの大群

渇きと 不安を人々に与えながら
人を許さないという緊迫感が
重たく漂う

路上に横たわる一羽の同僚を哀
(かな)しんで
葬送の式が営まれる
カアウアー カアウアー カアウアー

公園を渡る風が
慟哭の輪をかなたまで広げ
わたしを異様な境地へ陥れてゆく

何が命を奪ったのか
路上に羽を広げて微動だにしない彼
語る術もなく 仲間の追悼にしばらくの時をゆだねる

静まり返ったたそがれ
公園の木々の中へ
一羽 一羽
カアウ 一声残して去ってゆく

報復はなかった      *
その日 バーバラ・リーさんの記事を見た
米議会で唯一反対票を投じた
バーバラ・リーさん
彼女に脅迫の笞は数カ月統けられた

彼女のメッセージがわたしの中を反復する
  核兵器が最悪の結末を 引き起こすのを避けるため
  あらゆることをしたい
  子供たちにどんな地球を残すかが一番大事だ

 *二千一年九月、米議会がブッシュ大統領にテロ報復の決議をした際、唯一反対した米連邦下院議員

 「何が命を奪ったのか」。カラスに「報復はなかった」。しかし「
米議会」は「ブッシュ大統領にテロ報復の決議をした。この、カラスと人間の差異は考えさせられます。でも、そんな「米議会で唯一反対票を投じた/バーバラ・リーさん」に作者は救いを感じているわけで、そこに私も共感します。重いテーマをカラスと人間という対比で作品化した作者の力量にも敬服しています。
 実は、お気づきの方も多いと思いますが、このHPには昨年10月10日付けでバーバラ・リーさんの米議会での報復攻撃反対演説の全文を載せています。英文と和訳で載せていますから、よろしかったら
バーバラ・リー議員の報復戦争反対の議会演説を見てください。人間の一部には信頼に値する人もいることがご理解いただけると思います。



村田譲氏詩集『海からの背骨』
umi karano sebone
2002.10.6 札幌市中央区 林檎屋刊 1400円+税

 ゴースト

うすくほこりのかかった受付カウンターに
ちいさな蜘蛛を探してる
巣にからまった気持ちの破片が
からっぽのビルへとひきつけられる

破産管財人が残るフロア
押しなれていた文字盤のひとつ
もどることのない時間が
エレべータの上昇と連なっていく

扉がひらけば そこは、異次元
二百の拍手と千のざわめきが
びっくり箱のように積み上がるつもりが
明滅するのはきれかけた蛍光灯
誰もいない倒産したビルのなかに
おきざりにされた招き猫

----おもいだした
指を握りしめて行った始めてのサーカス
離れない一枚のチケットと交換したもの
今、落書きのように記入した引取書で
うけとった書類ケース
抽斗の中にMEMOの紙片
----また、探してる
おぼれてる 漂っている、俺も

うつむく記憶のなかで逆行する
ほしいものほしかったもの
照れ笑いしながらネクタイもゆるめず
並んでみせる前で管財人は宣告する
解雇、全員です
鍵をかけられた外側で
あした大通公園で声をかける人は、どこに

たしかなことは
夏はすぎようとしている---ということ
もう祭りも終りだ
さようならゴースト
自分へかえりな
中央区の酒場にまだ落ちている魂たちよ

 「解雇」がこの詩集のキーワードのひとつになっているようです。事実かどうかは別にして、我々サラリーマンには常についてまわる言葉でしょう。特にこの不況ですから…。
 解雇も倒産も経験したことはありませんが、「鍵をかけられた外側」「中央区の酒場にまだ落ちている魂たち」などのフレーズは理解できる感覚だと思っています。
 村田さんの作品は人間の営みに比重を置いた作品が多いのですが、情景描写も優れていると思います。第3連の「二百の拍手と千のざわめき」「びっくり箱のように積み上がるつもり」「明滅するのはきれかけた蛍光灯」などのフレーズは「倒産したビル」の描写として適切なものだと思います。着かず離れず、と言いますか、距離のとり方がうまいと思います。そんなことも改めて感じさせられた詩集です。



植木信子氏詩集『歌がきこえる』
uta ga kikoeru
2002.10.31 東京都文京区 詩学社刊 2000円+税

 眠れない夜に地図をなぞってみた

濃い緑
音をたてて燃えていく木の葉や草
夏は奪い 吸いあげ
やがては破局をむかえる朱夏の恋のようだ
夏は賑やかでものがなしいまつり
砂の墓標に
崩れ忘れられていく犠牲の供物

風が止まった暑い夜に
あなたのさびしい地図を見た
一緒に過ごした時間が書き込まれ
太く力強くやがて細く途切れていった
わたしの地図とこんなにも異なる

二人で夏の午後埃の道を歩いた
太陽は照りつけて
松林から海がきらめいて見えた
白く乾いた道は細く曲がっていって
黄みがかった稲田がつづいていた
穂が金色に時折かがやいて
緑色のひとが渡って行き
太陽の黒点と繋がっているように思えた
潮風が吹き抜けていった
わたしは途中でしゃがみあなたを待った
後ろから見えたシャツが汗でぬれていた
あなたはそのまま帰って来なかった
あの日 二人の地図は重なっていた
フッとあの日の幸福感を思い出す

汗で黒いシミはあなたの秘めた悲しみ
真夏の日差しにもとけない凍えだった
あなたの地図をなぞっていくと空白になって途切れる

夏の眠れない夜に
白い風が一筋あなたの地図を吹いてめくっていった
なにか囁いたのだろうか
暑い午後のように後ろ姿を見せて黙っていったのだろうか
あの日
眠れない夜にあなたの地図をなぞっていた

 地図というのはおもしろいもので、暇をみつけては眺めています。時間も空間も自分のもので、日本も世界も一望にして、細部は細部で道の一本一本を自由に歩き回ります。
 それが、この作品ではひとりの地図ではなく「あの日 二人の地図は重なっていた」と云うのですから、その発想に驚きます。「あなたのさびしい地図」というフレーズも新鮮です。そういう意味では第2連は重要でしょう。
 「地図」と一口に言っても、こういう見方・書き方があるのですね。そんな発見の多い詩集と言えましょう。



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