きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2002.11.14()

 江東区の関連会社に出張してきました。弊社と強い結びつきのある会社ですから、定例会が持たれているのですが、私は今まで出席していませんでした。定例会の内容は生産計画の進度状況や問題点の検証です。今までは技術畑にいましたから、直接私に関連する話はなく、それで出席していなかったという経緯があります。しかし現在はまさに生産を管理する立場になってしまいました。それじゃあ欠席というわけにはいかないね、ということで行ってみました。
 30項目ほどの議題が用意されていて、疲れましたね。半分以上はすでに解決した事案の報告でしたから、聞いていれば良かったんですけど、残りは生産数量にも影響しかねない重要問題でした。社内に持ち帰って検討しなければいけない内容みあって、ヤレヤレです。でもまあ、この不況の時代、山ほどの仕事があるというのは贅沢な悩みかもしれません。バブル時代から一向に仕事が減っていない気がします。ヤレヤレ。



山本倫子氏詩集『落花相殺』
rakka sosai
2002.11.10 東京都東村山市
書肆青樹社刊  2600円+税

 虎口

日本人が経営する奉天のホテルに
ソ連の司令部が置かれた
奉天の街に入った彼は
そのホテルで働くことにした
彼は一階のドアボーイになった

日を経ずして
二階 三階 を跳び越えて
四階のボーイ長になった

 どうしてそんな怖いところに?
 いちばん危ないところがいちばん安全だ

街はごった返していた
日本人が各地から
命からがら集ってくる
叩きのめされている日本人たち
痛めつけた満人からの仕返しだ

職を得て食を得
眠るところを得たところは
彼にとっては
いちばん危険なところであった
ホテルのドアは最も大きな虎口ではあったが

 山本さんからは2000年に『以後無音』という詩集をいただいており、それ以降注目している詩人です。『以後無音』ではご主人の戦争体験をお書きになっていますが、今回はその続編とも言える位置付けができるでしょう。ただ、残念なことに2001年にご主人はお亡くなりになっており、その鎮魂詩集という意味もあるようです。
 紹介した作品は巻頭詩です。虎口に入らずんば虎児を得ず≠ニは違いますが「いちばん危ないところがいちばん安全だ」という肝っ玉の太さには敬服します。「ホテルのドアは最も大きな虎口ではあ」るというのは象徴的で、読者に映像として伝わってくると思います。
 この作品を取っ掛かりとして次々と詩は展開していくのですが、それは詩集を読んで堪能していただければ、と思います。具体的で、映像的な詩集です。



阿部堅磐氏詩集『あるがままの』
arugamamano
2002.11.30 東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊  2000円+税

 あるがままの
    ----アーチボルド・マクリシュの「年齢の智恵」の本歌取り

幼くして
父母
(ちちはは)を亡くした私
十五歳の春
故郷を旅立ち
都会へ出た
一人ぽっちの心は呟いた
――未来なぞ俺にない
僅かな給金をもらい
真っ黒になって働いていた頃
テレビではデモの中での
樺美智子さんの死を報じていた
その時 私は思った
世の中はみじめだ
優雅は乏しく
心清々しくなる美も少なく
真実などどこにもない と
そんな中で私は
コーヒーと音楽と読書を愛し
多くのものを
学ぶことを忘れはしなかった

それから年を経る間
時々 私の頭上を
どしゃぶりの雨がたたいた
かんかんと太陽が照りつけた
又 吹雪止んだ真夜中
きれいな闇空が横たわった

そうして五十余歳になって思う
おお 父よ母よ
marvelous あるがままのこの尊さ
頭をあげて
私は今 陶然たる思い
かてて加えて
学ぶことの喜びが
狂雲のように心に湧き起こり
この身は今にも駆け出しそうだ

 詩集のタイトルポエムでもあり、巻頭詩でもある作品です。阿部さんは私より4〜5歳先輩にあたる方ですが、この詩集を拝見して、つくづく良い時代に青春を送ったのだなと思いました。もちろん時代的には高度成長が始まる直前で、まだまだ就職難で苦学生も多く、決して恵まれた時代というわけではありませんでした。しかし、そこで生きる青年には正義感があって、漠然としていても将来に夢があったように思います。私たちの年代は、そんな先輩を見て青春を送った記憶があります。
 「この身は今にも駆け出しそうだ」という最終行でそれを強く感じますね。もちろん、ここでは現在の心境として描かれていますが、それはずっと続いてきた感情ではないかと思います。現在の若者を見るにつけ、その差異を思わずにいられません。もしかしたら、私たちは先輩から受け継いだものを違った形で後輩に託してしまったのではないか、そんなことを考えさせられた詩集でした。



個人詩誌『粋青』31号
suisei 31
2002.11 大阪府岸和田市
粋青舎・後山光行氏発行 非売品

 

仕事を終えての帰り道のことだ
東西に違なる山脈の
北にある路線を
特急列章は東に向かって走っていた
山脈の山肌にできた山の虹が
しだいに山脈全体をつつみはじめていた
山肌に重なる靄の面にひろがって
あたりいちめんが虹色に輝いた
山脈が切れると
地平線に百八十度ひろがる虹ができて
目の前の風景全体をつつみこんでいた
特急列車は
虹のなかに吸い込まれるように走った
しばらくすると
不思議なことに
私と手をつないでいるように
列車と並行して
どこまでも虹が走って付いて来た
特別に上手くいった仕事では無かったが
虹とはじめて
手をつないで走った気がした
ある日の夕刻

 「特急列車」での「帰り道のことだ」ったと云うのですから、おそらく出張先からの帰宅(帰社)時のことなのでしょう。仕事を終えて、ホッとしたところでの風景描写に作者の安堵感を感じます。素晴らしいのは「特別に上手くいった仕事では無かったが」というフレーズです。サラリーマンの本音が覗いていて共感しました。美しい詩編だと思います。



個人詩誌TATAAR11(終刊)号
tataar 11
2002.10.28 熊本県熊本市 牛童舎・小林尹夫氏発行 非売品

 (らち)/小林尹夫

 かなしみは柵の内で? よろこびは柵の外で? 次第に不明になる。どちらが内でどちらが外か。何が境界だった? 同じ空の下だった。同じ土の上だった。同じ皮膚を分け、同じ言葉を分け――。
 誰でもこんなことがあるのだろうか。ふとした瞬間、自分自身が誰なのか不明になる。無感覚になる。たとえば、熊手で庭をかきつつ。巨大なくらげの大群を前に。図書分類表の人と動物の区別の前を通過出来なくなり。雪雲が不意に消えて散乱する光の視界に誰もいない私もいない。……叫び、笑い、涙、よだれ、冷や汗。その時、みなガラスの柵のむこうで渦巻き、打ちつけ、震えていた。
 私というものはない。と、簡単に言ってしまえたら幸福になれるのかも知れない。が、またそこから始めねばならないのだ、私を。
 この世では時折「あなたであることを証明する文書を提出して下さい」などと指示されたりする。考えれば考える程、それは不可能になる。本当には誰も証明出来ない。証明するのは柵である。枷
(かせ)である。
 人は生まれ落ちるとすぐに見えない伽をはめられる。人は刑具と共に一生を過ごす。「奴隷のよろこびの中で人は生きている」と詩人田村隆一の詩か文章で読んだような気がする。私も奴隷の一人だ。
 もちろん(?)人生は無限の可能性に満ちている。又、人間到る所青山あり、であるから、自分自身をつくってくれた先祖の営みと遺伝子に感謝しつつ生きるしかないであろう(?)「無限の可能性」と「青山」はつまるところ同じことなのかも知れない。
 どこかで赤ん坊がないている。その子にも「可能性」と「青山」がある。その母親にも。同じ皮膚を分け、同じ言葉を分け――。
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 ユニークな個人詩誌として注目してきましたが、残念なことに今号が終刊号だそうです。後記には「小誌創刊から十一年。筆者の出雲文化圏から九州・熊本への移転により、ひと区切り。今号をもって終刊とすることにした」とあります。致し方ないことなのかもしれません。
 紹介した作品は終刊とは関係ないのかもしれませんが、ついついそういう読み方をしてしまいました。「私も奴隷の一人だ」との言葉に反応してしまいました。しかし「人生は無限の可能性に満ちている」という言葉には安心もしています。小林さんのご健勝を願ってやみません。



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