きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり
kumogakure
「クモガクレ」Calumia godeffroyi カワアナゴ科


2003.1.3(
)

 雪でした。積もりはしなかったけど、かなり降っていました。そんな窓外の景色を見ながら年賀状書き、いただいた本の読書で一日が暮れていきました。年賀状は、気持の上では年末に出したいと思っていたのですが、とても無理。例年通り、いただいた年賀状に返信するので精一杯という状況です。申し訳なし。



平野敏氏詩集『続続 残月黙詩録』
zoku_zoku_zangetsu_mokujiroku
2003.1.1 埼玉県入間市 私家版 非売品

 剣法の水音

きょう憲法記念日

うるはしの大和の五月の花浄土
この国に生まれきて筍の皮剥ぐ

戦後という敗者の血の染
(し)みる法(のり)
栄落はその掟
(おきて)より民の無心のなかにありしや

感動が月日に薄れしが憲法今朝は輝く
こだわりの第九条勝者の願望斯国の理念

自主憲法富国の途
(みち)のはじめかと

まず正しく生きるすべを
兵法
(ひょうほう)も伝えていくさはあった
この国の礎
(いしずえ)は反省のうえに新しい血を燃やすことなのだ
雨の音を聴きながらまつりごとの流れに
民は身をまかせ
世のしぶきを浴びながら
さればよ生
(あ)れしことに
花緑
(かりょく)のひとときを生涯のいただきにして
カンタービレ(歌うよう)に尾鰭を振って
大洪水を耐えた感涙にむせびながら
あやまちは定めではなく上
(のぼ)せなのだと
むくいは滅びではなく新生の鞭なのだと
雷鳴の撒
(ま)かれた空を無宿の夜に仰ぐ
朧化現象の民の行方が気にかかる
水底から暗い黄昏の彼方に浮き沈みする

比類なき朝が来た
(しわぶき)ひとつだにない夜が去って
無刀にして勝つ兵法
(ひょうほう)がひらめく
不均衡な縁談
(はなし)のように
旗振りがまぼろしのなかで手招くので
怖気
(おじけ)ながら水を掻いでいく
体験とは震撼のなかから畏れの妙音を聞きとり
聴き違えないように研磨しながら
まさにあの時のさらなる進歩の果てに
この国が立って
きのうがあったから今日があったと
きのうを見返える民の姿が
前が見えないさみしさを忍んで
悲泣のありし日の罪を
死者たちの前で新陰流にさばく
祈祷の続く新緑の光のなか
ひとりずつ水を斬る

 このHPでもすでに紹介していますが『残月黙詩録』『続 残月黙詩録』に続く詩集で、これで『残月黙詩録』3部作が成ったわけです。今回の『続続 残月黙詩録』は日本の祝祭日に材を採った「旗日の詩情」と、その他を集めた「昔日返照」の二つに大きく分けられていました。紹介した作品は前者のうちの一編で、もちろん憲法記念日をうたったものです。
 憲法を剣法と言い換えての作品ですが、現在の日本国憲法の成立過程に身を置いた人のみが感じ得るものを表現しているように思います。特に「あやまちは定めではなく上せなのだ」という、憲法成立に至る直前の情況の把握は、戦後生れの私などにはとても及ばない感覚だと思います。「むくいは滅びではなく新生の鞭なのだ」というフレーズもそうですね。
 憲法を剣法と言える感覚に代表されるように、「旗日の詩情」全体には祝祭日に関する感覚も私などとは違った歴史の重みを訴えていることを感じました。先輩の歴史観を勉強させてもらえる詩集だと思います。



文藝誌『セコイア』27号
sequoia 27
2002.12.31 埼玉県狭山市
セコイア社・松本建彦氏発行 1000円

 猿猴の初恋/長津功三良

八幡様を挟んで 小谷 畑ヶ迫 金山 長角と 小さな集落が続く
それぞれが 狭い渓谷をもっている
金山の どんづまりに 昔 野村家の 砦のような屋敷があった
鎌倉時代まで辿れる と言う家柄である

  むかしのぉ このへんにぁ えんこうがぎょうさんおっちの
  えろう わるさぁ しょったらしいんじゃ
  はちまんさぁが うさのはちまんぐうから ぶんけされつろう
  そんときに まみずにつよい のえんこぉをつれちょいでたんと
  そいじゃけぇ はちまんさぁのまわりのたにあいにやぁ
  けらいの えんこうが すみついちょったのい

野村の家は 来るお嫁さんも 生まれる子も
代々 美人ばかりである

  えんこうにも ええのもおりゃぁ わるいのもおるいゃ
  あるひ いたづらものの わかい えんこうが
  つないじゃるうしゅう かわへ ひっぱりこもうとしち
  ぎゃくに うしのしっぽで あたまのさらのみずぅはらわれちの
  ちからまけしち おかのうえに ひっぱりあげられちしもうち
  のらしごとをしちょった ひゃくしょうたちに つかまっち
  のむらさんちの えんがわの はしらに しばりつけられたんと

  そのころの のむらけにゃぁ きだてのいいおじょうさんがおっち
  えんがわで ふきそうじを しちょいでたげな
  えんこぉみち びっくりしち ておけのみずう ひっくりかえし
  あたまの さらに みずが かかったんと
  ちからのもとの さらに みずがいっぱいになっち
  ちからがでて しばられちょったなわぁ ひきちぎっち
  わかいえんこうは やっとにげたんと

その気立てのいいお嬢さんは まもなく
城山の城主の 後継ぎのところへ 緑談が決まり
家中 嫁入り支度に忙しくしていたのだそうな
そんな ある日 緑側に この辺では珍しい灘の銘酒の樽があり
翌日には 尺余の鯛が 三匹も 置いてあったのだそうな

だれも覚えがないので 夜中 家のものが見張っていたら
先日の 若い猿猴が 都の珍しい産物や
反物を 緑側に置きに来たのだそうな

  おじょうさんに たすけちもろうた おれいじゃろうが
  ひとに のぞきみられたのを はじたのか
  それっきり その えんこうを みかけたものぁ
  だれも おらんげな

ぼくの しょうがくこうのそかいさきで
うまれてはじめて すきになった おんなのこは
のりちゃん ちゅうち のむらけのまつえいで
とても きれいなむすめじゃったな

 おもしろい噺ですね。「えんこう」は猿かと思っていましたら河童のことなんですね。民俗味たっぷりの作品で、方言も良く生きていると思います。もうひとつ大事なこと。タイトルの「猿猴の初恋」は最終連に掛かっていました。ここで言う「猿猴」はすなわち「ぼく」と採らなくてはなりません。民話と現実の体験とが時空を超えてむすびついた見事な作品だと思いました。



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