きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

  kumogakure  
 
 
「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科

2003.3.4()

 私の担当する製品の中で、気にしているモノの製造が開始されました。過去に問題を起こしたことがあるので、若干の手直しを加えてあります。理論的には大丈夫なはずですが、化学は出来てこないと判らない面があります。そんな場合は少量の事前実験をやって確認しておくのですけど、この製品は量が少ないので、直接製造してしまいます。それで、出来てくるまで心配だ、というわけなのです。成功すれば数億の利益がありますから、数億儲けるのか捨てるのかは大きな関心事というわけですね。儲かっても私の給料には関係ありませんけど、技術屋としての誇りがありますからね、明日の朝まで心配していましょう。



  月刊詩誌『現代詩図鑑』3号
  gendaishi zukan 3    
 
 
 
 
2003.3.1
東京都大田区
ダニエル社 発行
300円
 

    森林    真神 博(まがみ ひろし)

   昼の光を呑み込んだ
   夜の闇に 森林が光って見える
   森林の奥に
   昼間失なわれていた 人の椅子が置いてあることまでが見える

   森林の中で人の存在は全く知られていない
   それゆえ
   森林に分け入ろうとする人は
   一本の木として認められるために
   入り口で履物を脱ぐ

   木立には恐ろしい隙間があり
   そこは人知れぬ部屋になっていて
   森林は その壁に描かれたフレスコ画であった

   木と木が寄り添って
   森林として育って行ったことは
   木自身の判断によるものだったが
   そのことには伏線があった

   考える力もなくフレスコ画の森に入り込んだ
   人の心が
   夥しい数の木木に
   育ってしまったのだ

   画の中にこだまする
   (私はあなたの未来の命)
   小さな声に導かれて

 ここで表現されている「森林」は、「その壁に描かれたフレスコ画であった」とありますから、壁紙の絵を思い浮かべればよいのかもしれません。目の前の現実としての絵と、記憶の中の森林が重層的な効果を出していて、作中人物の心理を巧みに表現していると思います。ポイントは「(私はあなたの未来の命)」というフレーズでしょうか。同じ地球に生を受けた者同士の交歓を感じました。



  季刊詩誌『火山彈』61号
  kazandan_61    
 
 
 
 
2003.2.10
岩手県盛岡市
「火山彈」の会・内川吉男氏 発行
700円
 

    貧しい神様    内川吉男

   この国には神様がたくさんいる
   井戸や竈
(かまど)の神様は有名だが
   家具や道具の一つ一つにも
   それぞれの神様が宿っていて
   粗末な扱いをする手を拒んでいる

   小さな食卓には小さな神様
   貧しい食事には
   貧しい神様が寄り添っていて
   時どきぼくたちと顔を見合わせては
   一緒に洟を啜り上げたりもする

   神様にもいろいろある
   材が軟らかで
   木箱か割り箸にしかなれなかった木のように
   寂しさや哀しみに
   寄り添っているだけが仕事の神様がいて
   たまにはやり切れなさに姿を顕しては
   こちらの顔を覗くのだろう

   使い古した割り箸の片一方が
   夕食の食卓に反っくり返っている
   神様が染みのついた臑を剥き出しにして
   痺れた体を休めているのだろう
   神様だって疲れるのだ

   風が山を鳴らしている
   寒いかい
   ひもじいかい
   でも本当に貧しかったのは
   神様を忘れていたころのぼくたちだよ
   カップ麺が好きかい
   神様も三分間待っている

 一神教に対する日本の八百万の神という概念は素晴らしいものだと思っています。作者も書くように「井戸や竈の神様は有名」ですが、「貧しい食事には/貧しい神様」「寂しさや哀しみに/寄り添っているだけが仕事の神様」までいるという発想には驚きました。そして「神様だって疲れるのだ」、「神様も三分間待っている」というのは、神に対する意識が豊かで、作者は日本人の良いところをいっぱい持っている人だなと感じます。一神教同士が対立する現在、八百万の神々が果す役割は大きいのではないか、とも思わせる作品です。



  湧太詩誌 No.10『月花』
  tsuki hana    
 
 
 
 
2002.12.23
栃木県茂木町
彩工房・湧太氏 発行
非売品
 

    月光

   さむい さむい 夜がきて

   黒々とにごる
   闇に
   指をつきさした

   欠けた部分がひとつふえた
   穴から
   遠い日の
   月光が 差し込んでくる

   見ひらいた
   夜に
   蜘蛛は巣をはって
   細いあみに
   光の雫をあつめていく

   さむい さむい

   盲目の瞳に
   行ったきりの
   指が疼きはじめた

 「闇に/指をつきさ」すと、「欠けた部分がひとつふえ」て、その「穴から/遠い日の/月光が 差し込んでくる」という、何とも幻想的な発想がすごいと思います。その上、妙にリアルで、光景を思い浮かべることができます。そのせいか「さむい さむい」という通俗的な繰返しが通俗とは思えなくなり、納得してしまいます。詩人湧太氏の面目躍如と云える作品だと思いました。




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