きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

  kumogakure  
 
 
「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科

2003.8.11(月)

 夏休みも終り、今日から出勤です。でも会社にいたのは午前11時まで。その後は品川に出張しました。出勤早々出張かよ!と思いましたけど、1ヵ月も前に決まっていたことですし、サラリーマンならしょうがないですね。会議はきちんと結論を出して終了しました。



  山崎 森氏詩集PERSONA NON GRATAの歌』
    persona non grata no uta    
 
 
 
 
2003.8.15
大阪府豊能郡能勢町
詩画工房刊
2200円+税
 

    蓮根の記憶
          ―兄を偲んで―

   ぼくの田舎は急行の停まる温泉町だ
   桜祭りには蓬莱町の芸者衆の
   手踊りや道行きが眩しく
   白粉やびんづけの香りは艶かしかった
   髭の中学校長はいつも
   「泥中の蓮たれ」と訓戒していた
   ぼくは女郎屋の息子と同じ机だったが
   祖母は家へ遊びに行くなときつく注意した

   兄は長男で品行方正の優等生だった
   ぼくは次男で成績、素行もアヒル*だった
   いつも教員から「兄貴を見習え」と
   注意され おまけに拳骨まで貰った
   及落判定会議の日には、ビリから六〜七人が
   三丹山の岩上に腰を下ろし
   小使いが自転車で落第通知を持って行く先を
   息をひそめて見張っていた

   祖父は兄に海軍兵学校への受験を頻りに勧めたが
   兄は身体検査のとき
   色盲を装って希望通り不合格となった
   性格は繊細で戦死への恐怖心から
   医者になれば助かる率は高いと計算していた
   長崎に原爆が投下されたとき
   九大医学部第二内科のインターンだった兄は
   澤田教授から救援に行くように命じられた

   放射線被爆を考慮し短期間で交替したが
   白血球の減少と點状性角膜炎の眼疾を患った
   兄の戦争体験は原爆被災者の救助だったが
   中学の同期生の半数近くは戦死した
   兄の趣味は数学で、微分、積分の本を
   ぼくは神田の古書店から探して送った
   医博の学位を取った後も
   医学より数学教室に行けば良かったとこぼしていた

   兄が生涯で一番悩んだことは
   息子が音楽の道へ進みたいと主張したときだった
   親と子どもの間に合理的な主張が対峠した
   ぼくは娘に医者と結婚させ
   医業を継がせるという選択肢を出した
   あとは子どもの発展的な変化に賭けるか
   三舟山の不動明王に祈るしかないとも言った
   いま彼は医院を継ぎ介護施設ハーモニーを新設

   最近兄が最も喜んだことは
   孫、翔太郎についで二〇〇二・一〇・八に
   孫娘奏日茉
(そらみ)の誕生である
   夜中に「女の赤ちゃんが生まれた」と
   何回も電話をかけてきた
   名前は難しくて意味が分からぬと言うので
   ―奏鳴
天楽日輪昇、茉香漂而蒼天浄―と解説した
   人間はなくならない 唯 形を変えて残る

   田舎の家の近くに小さな蓮根堀があった
   ぼくは蓮の露を集めて墨をすり
   七夕の短冊にへのへのもへじを書いたり
   蓮の上に蹲る蛙を棒で突いて遊んでいた
   蓮の蕾が早暁に微かな音をたてて開くと
   甘い香りは水面に広がり
   ぼくは「泥中の蓮たれ」の意味が朧げに分かった
   そうだ 兄は華で、ぼくは蓮根だったのだ

     
*成績評価 甲乙丙丁の乙の形象

 著者の第7詩集のようです。タイトルの「
PERSONA NON GRATA」については解説が必要でしょう。あとがきにあたる「エピローグ」ではラテン語の意味は「好ましからざる人物」である。不可侵権・治外法権などの外交特権のある外交官等を国外に追放する場合の理由として書かれる国際的、慣習的な外交用語だが、ここでは比喩的逆説的に用いている≠ニありました。

 そんな「好ましからざる人物」を詩集は描いています。その一端が紹介した作品です。好ましい人物としての「兄」、その対極としての「ぼく」の人間像が見事に表出した作品だと思います。「ぼくは次男で成績、素行もアヒルだった」「そうだ 兄は華で、ぼくは蓮根だったのだ」というフレーズには自虐性も感じられますが、そこはやはり「比喩的逆説的」に読むべきでしょう。時代背景も考えさせられながら、人間の生き方とは何を問われる好著だと思いました。



  詞華集『歌の翼に』
    uta no tsubasa ni    
 
 
 
 
2003.8.20
東京都練馬区
銅林社刊
3500円+税
 

    ネコヤナギ    平井廣惠

   どこかの国では
   夫が病気になると妻は食事に毒を盛り
   泣きながら看病をするという

   わたしは
   水辺の柔らかい草の上を犬と歩いている
   ネコヤナギが銀灰色の粉をまぶした芽を花のようにつけ
   やがて遠くへ帰る水鳥が水面の光をすくい
   スケッチブックを抱えた男がバイクでやって来て 茂みのなかに入って行った
   よく似たことがあるものだと思う

   行ってきます と言ったかどうか
   福祉国家の老いた者たちは 食事とベッドを保証され集まって暮らすシステムに
   気ままな隙間をみつけられるかどうか
   わたしより先に死んでね と
   ゆうべ 母に言った

   犬はふりかえりふりかえり歩く
   わたしもふりかえるが何も変わらない
   男の乗って来たバイクが竹藪のそばに小さく見えるだけ
   おまえはわたしの心を見透かしていて
   遠い心になるのか

   いまを存在していることっていい感じ
   母に 夕日に染まるネコヤナギの細い枝を手折る

   どこにでもある話 と
   白い湯に浸りながら想った

 死をテーマにしながら、その実は生をテーマにしている作品だと思います。その象徴として「ネコヤナギ」が置かれているのかもしれません。「どこにでもある話」とは、生と死の両方を言っていると読み取るべきでしょう。「スケッチブックを抱えた男」「犬」という小道具≠煬ゥ逃せない存在だと思います。「わたしより先に死んでね」というフレーズは強烈ですが、それさえも「母に 夕日に染まるネコヤナギの細い枝を手折る」というフレーズで柔らかく包んでしまう、不思議な作品です。



  詩誌『EOS』創刊号
    eos 1    
 
 
 
 
2003.7.31
札幌市東区
安英 晶氏 発行
500円
 

    アキサミヨーナー    高橋渉二

   パンクした
   ゴムタイヤである <私> に
   あたらしい空気をいれて
   また走らせてやる
   ワタシはタイヤサービス店
   おつかれさんという <私>
   ありがとうございました
   と修理賃をふんだくるワタシ
    いってらっしゃああい!
   くちぐるまにのせられて
   空はまっ青に洗脳されている
   地上はまっ赤に犯されている
   ティーダ クヮンクヮン
   ティーダ クヮンクヮン
   車にナビゲーターがあるから
   といった安心に好事魔 横死
   カーナビに映る餓鬼とコンビニ
   トンビに油汗 虎の尾という町の
   むこうの血の畑まで三十キロ
   影がうすい幸福の駅まで九十キロ
   ハ――エ ゴンゴン
   ハ――エ ゴンゴン
   県道から村道へ 陰に回ると
   ハギーハギー原っぱはハギチブル
   ギンネムやモクマオウの木や
   信号の木は枯れていた
   ああニーブイカーブイ
   陰で糸をひくやつがいる
   魔の糸 あやつりの糸
    いつのまにか居眠り運転だった
    いつのまにか戦地を走らされていた
   どこだ ここは どこだ!
   どこだ どこに <私> は消えた
   この世はバッペーヒッペー
   跋こするシミュレーション
    <私> は誰なのか
   カーナビとは誰なのか
   やんぬるかな四輪駆動よ
   戦地でまたもパンクする <私>
   アッチュン アッチュン
   歩兵になるしかない <私> を
   監視している定点カメラの
   第三のわたしがいる
    いつの世も陰で糸をひくやつがいる
   ついにカッケになった <私> を
   戦場に架ける橋の人柱にして
   指揮をとる参謀のわたしがいる
   戦いたくないひとびとと
   戦わされているひとびとの叫びよ
    アキサミヨーナー!
    アキサミヨーナー!
   見よ 戦場の橋は崩壊した
   ひとびとの叫びで橋は崩壊した
   アキサミヨーナーアキサミヨー
   だが 記憶にございません
   という参謀のわたしは
   姿をくらますだろう
   罪深い底なし沼であるわたし
   空はまっ異に焦げている
   身の毛がよだつ
   地上はまっ赤に犯されている

     *アキサミヨーナー(沖縄語) アキサミヨーは、あれえっ。きゃあぁっ。助けてぇーっ
      という意。非常に驚いた時、苦痛にたえない時、助けをもとめる時などに発する
      語。「ナー」をつけたのは強調するためである。なお、他にも沖縄語を使っている
      が、どうしても知りたい方は、次のところへお問い合せ下さい。FAX 〇九八
      −***−****

 北海道在住2名、沖縄在住1名による新詩誌です。後記には創刊同人は、一九四七〜一九五〇生まれの同世代≠ニありましたから、私とまったくの同世代ということになりますね。ちなみに詩誌名の「
EOS」は力強い語感と、新しい船出の意味を込め、ギリシャ神話の「曙の女神」の名を詩誌名とした≠ニ、これも後記にありました。

 紹介した詩は沖縄在住の高橋渉二氏の作品です。判らない沖縄語もありますが、「いつのまにか戦地を走らされていた」「戦いたくないひとびとと/戦わされているひとびとの叫び」などのフレーズは、私たちの世代が共通で持っている(と思っている)危機感を表現していると思います。
 良いにつけ悪いにつけ強烈な個性の詩人が多い、私たちより10年20年先輩の人たちが主宰する詩誌が多い現在、同世代人だけの詩誌が誕生したことは詩界にとって慶ばしいことと云えましょう。足柄山の山裾からご発展を念じております。




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