きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

  kumogakure  
 
 
「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科

2003.9.5(金)

 新商品のひとつに不具合が出て、別の商品ではお客さんの使い方が間違えていて商品が壊れて、まあ、さんざんな日でした。不具合の方はちょっとやっかいかもしれません。商品が壊れた方は再現実験をやってみたら思った通りでしたので、簡単な報告書を提出してオシマイ。私は苦情係も兼ねますので、そんな仕事は結構あります。技術一辺倒の生活が長かったので、まだ戸惑いはありますけど、やってみると意外とおもしろいものです。客先が納得してくれたときが、やはりうれしいですね。



  季刊詩誌GAIA5号
    gaia 5    
 
 
 
 
2003.9.1
大阪府豊中市
ガイア発行所・高橋 徹氏 代表
500円
 

    がらあきの空    北岡都留

   地下鉄を降りた
   湿った階段をのぼる
   穴の上は飲まれそうな青い空

   元気に暮しています
   近くに釆たら寄って下さい
   ポケットの黄ばんだ葉書をなぞる

   街はとてつもなく広い
   汗が頬を流れる
   近くって何処を指すのだろう
   二時間程歩いた
   アルコの看板の下で缶コーヒーを飲む

   ゆっくり歩けばいい
   朝からいそいそして
   不思議に急
(せ)か急(せ)かして
   自分が可笑しかった
   近くに釆たら
   その近くがさっぱりわからない
   いっそわからなくていい
   人間決
(き)まった場所なんてあるもんか
   空が少しずつ黄ばんで釆た
   煙草をくゆらしつつ
   小半時ゆらりゆらり歩いた

   通りを人が頻繁に行き交う
   あんな必死に生きてるんだ
   自分の暇が情なかった
   それから落ちついた
   空がすっかりがらあきになった

   元気に暮らしています
   それでいい

   柳屋で食事して
   もと釆た地下鉄に乗った

 「近くに釆たら寄って下さい」という葉書を手に、行ってみたけど結局場所が判らなかった、という作品です。「それから落ちついた/空がすっかりがらあきになった」というフレーズが印象的です。「元気に暮らしています/それでいい」というフレーズも納得させられます。タイトルに惹かれてそのまま読み通し、そして期待を裏切られなかった作品です。



  詩誌『弦』27号
    gen 27    
 
 
 
 
2003.9.1
札幌市白石区
渡辺宗子氏 発行
非売品
 

    鍵老人のマザーグース 二    渡辺宗子

   低い板塀で仕切られた荒地の庭に彩り鮮やかなル
   ピナスが両手を振り挙げて歓迎している
   佇んでいた赤い半ズボンの少年 思いきって声を
   出した お爺さあーん
   老人はずり落ちた眼鏡で小窓を開けた 少年ポケ
   ットからカードを出した これ誰なの 戯けた怖
   い悪魔だ 怪物か毒虫の化身にも見え人間にどこ
   か似ている 頭角と鑓 甲冑を纏う鉤爪 威嚇す
   る攻撃的風体 妖と醜の装飾は不気味な魅力を発
   散して恐怖の疑惑にかり立てた この人がいつも
   居てトランプが怖い 歯医者の椅子で口の中へ入
   ってしまったんだよ 老人は眼鏡を深く掛け直し
   た それで変わった事がおきたのかい 悪い人な
   の 少年は青ざめた耳を尖らせた 大丈夫だよ
   皆たべているんだからまあ一寸お入り 家の中は
   渾然とした空間 打楽器の演奏が聞こえそうな更
   紗の襞で 幾つかの部屋を匿しているのだろうか
   日常と異質の転調にや
ぱり動悸は治まらなかった
   老人は襞の中から悪魔の図鑑を取り出した 蘇芳
   色の革の装飾 荘厳な分厚さ 複雑に絡む線と原
   色のアラベスク 細密画はいっそう妖しく艶めい
   た 扉絵の肉体を咬む怪物
   正体はこの中だよ もう君の友達さ 斑の服と半
   分色違いの貌で可笑さの絶頂を哀しみの果で笑わ
   せる 心臓に薔薇を咲かせたり 蠢く腸の渾沌で
   もうひとりの君になったり その上噺が滅法旨く
   てね もし悪魔が居なかったら世界の物語が無く
   なってしまうだろうよ ねえジョーカー君 お爺
   さんはどう 悪魔が入っているの 老人は大きく
   腕を広げた
   こんなのがね 髭の下で声のない笑いが鍵束を揺
   らし 更紗の襞の中へ消えた 図鑑の扉がばたん
   と閉じる 少年は優しくジョーカーにキスして花
   の中をスキップで帰って行った

 現在のインターネットの日本語表記ではルビが使えません。下手に入れると全体のバランスを壊してしまいますので割愛しました。原文では最初から7行目と最後から6行目の「悪魔」に「
ジョーカー」というルビが振られています。ご了承ください。
 さて、作品ですが「もし悪魔が居なかったら世界の物語が無くなってしまうだろうよ」という部分が核心かなと思います。「マザーグース」とうたってありますが、大人の童話として拝読しました。



  堀内みちこ氏詩集さみしがりやの思い出小箱
    samishigariya no omoide kobako    
 
 
 
新・現代詩叢書9
2003.7.15
横浜市港南区
知加書房刊
1200円
 

    夕食の時間

   電燈の黄色い光りの輪の中で
   四人の子どもと母が
   決まった時間に夕食をとった
   父の帰りは不定期だから

   ずっとずっと昔の
   我が家の夕食
   みんな父を待っていたが
   誰も何も言わなかった

   黙々とご飯を食べた
   電燈の黄色い光りの輪の中で
   子どもたちは小さく
   母は元気で厳しかった

   丸いちゃぶ台に丸く坐って
   父を待ちながら
   お行儀よく夕食を食べたのは
   本当の時間です

 詩集の中ではちょっと異色な作品です。この作品に著者の本質があるのではないかと思います。「みんな父を待っていた」というのがひとつのキーワードでしょう。「お行儀よく夕食を食べたのは/本当の時間です」というフレーズはちょっと意表を突く表現ですが、この感覚が著者独自の世界を拡げていると思います。詩集タイトルの「
さみしがりやの思い出小箱」に繋がる世界です。



  個人詩誌『波』14号
    nami 14    
 
 
 
 
2003.9.10
埼玉県志木市
水島美津江氏 発行
非売品
 

    夾竹桃の咲いている駅    水島美津江

    お元気で と
   会社を離れてから 九ケ月
   誰からも 何の便りもない

   警笛を響かせて
   幾台も 列車が通っていった ‥‥‥
   人々を攫っていった真昼のホームに佇む

   組織という絆から解かれ
    プッツリ と途絶えた関係
    会う理由もないのだろう

   憶いだけを残し
   ゆっくりと ひろがっていく空に
   駆け抜けてきた徒労の時を
   緩やかな時間の流れの中で思い浮かべてみる

   今頃 いつものように 同じ椅子に座り
   コーヒーを啜り 何本もの電話を繋いで
   パソコンを起動させ
   キィ ボードを手操っている音が
    淋しい心音となって跳ね返ってくる

       このままで 終ってしまうのか
       夢みることも
       夢をみられることもなく

   今しがたまで 静止していた黒い雲が
   風に煽られてすばやく流れていく

   夾竹桃の咲いているローカルの駅
   紅色の花影から
    羽立もたてずに
   手負いの蝉がにぶい背を
    ななめに翔び立っていった
   ―あとどれくらい 生きられるのだろうか―

 解散した会社の元部下たちと旅行した折、「夾竹桃の咲いている駅」に立ち寄った際の作品と思われます。「―あとどれくらい 生きられるのだろうか―」は「手負いの蝉」に対してのものですが、作者自身の心理として読み取ることも可能でしょう。直接の心理は「このままで 終ってしまうのか」にありますが、蝉に重ねたところに詩としてのおもしろみがあると感じた作品です。




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