きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

  kumogakure  
 
 
「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科

2003.10.31(金)

 10月も最終日。15時に業務委託会社の訪問を受け、17時半まで会議を続けました。相手会社の仕事上のミスの善後策を検討したのですが、本当に嫌になりましたね。対策案がなっていない。市場に対する責任は私がとることになりますから、不満な対策案で心配です。その旨を率直に伝えたつもりなんですが、どこまで理解してもらえたか…。相手の担当者も真摯に受止めていてくれるのは判るのですが、深みがない。恐縮してもらうことが目的ではなく、きちんとした対策を示してもらうことが目的なんですが、それが伝わらないもどかしさを感じます。日本ペンクラブにも日本文藝家協会にも入会させてもらって、一応は言葉のプロだと思っているのですが、私の言葉では相手の行動に結びつくものが出てこないということになります。自分の限界を感じて、ちょっと気落ちしています。



  季刊詩誌『詩と創造』45号
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2003.10.20
東京都東村山市
書肆青樹社・丸地 守氏 発行
750円
 

    ミシン屋    木津川昭夫

   太陽がギラギラ照りつける
   その八百屋は道路で野菜の荷をほどき
   若者たちが主婦に強引に商品を売りつける
   品質はよくないが安いから人が集まってくる

   その人混みの側に
   ミシン販売の小さい看板を出して
   初老の痩せた男が手製の椅子に坐っている
   ひとが声をかけるまで彼は何もしない

   かれは看板なのか
   販売員なのかよく判らない
   かれは青年の頃からそこに坐っている
   働きながら司法試験を目指していた

   かれが永い間試験に合格せぬ間に
   父母や兄弟が相次いで亡くなってしまった
   かれが今どこに住んでいるのか知らないが
   一生を司法試験に賭けてきた

   八百屋の青空市に雨の降る日もある
   するとマックス・エルンストの言葉が聞える
   「解剖台でのミシンと雨傘の出合いは
   それ自身の素朴な用途も本性も失われてしまう」

   かれの側にホームレスの老婆が時どき来る
   (一度少女の頃のミシンを診断して頂戴)
   その時かれの存在は看板でも販売員でもなく
                 シュールレアリスト
   雨傘をさして一躍超現実主義者になる

 「一生を司法試験に賭けてきた」というのもおもしろいですし、「マックス・エルンストの言葉」もおもしろいですね。栗田勇訳・ロートレアモンの『マルドロールの歌』には解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の突然の出会いのように美しい!≠ニいう有名な詩句が出てきますけど、エルンストはそれをもじったのかもしれません。不勉強でそこまでは知らなかったのですが、ロートレアモンの影響力を改めて認識しています。それに関連して「ホームレスの老婆」も存在感があります。「超現実主義」とはしばらく遠ざかっていたのですが、久しぶりに刺激された作品です。



  詩誌『谷蟆』10号
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2003.10.20
埼玉県熊谷市
谷蟆の会・小野恵美子氏 発行
非売品
 

    冬の七夕    水島美津江

    細い笹がしな垂れる程に結ばれた 金色
   銀色 桃色 と艶やかなお飾りが
   冷風に煽られて
    こころよく
    実に ころよく 揺れていた

   「おいしい物がおいしく食べられますように」
   「食べ物が喉をうまく通過しますように」
   黄色い短冊に籠められた
    尋常ではない願いごとが
   突然わたしの懐に突き刺さって来たのです

   目ばかりを ギョロ ギョロさせて男が言う
   「高望みかねエ……」
   「きっと叶いますヨ」
   骨の透ける背を三脚の点滴台に覚れ掛かるように
   して 男はアーチ型の窓から ぽっかりと穴の
   あいた空を見上げ 力なく領いていた

   一すじの夜の風が重たく流れ
   もはや為す術もなく
   医師の手から放された淋しい病棟の願いごとを
   七月の流星は叶えてくれるだろうか

   燃え尽きてゆくように
   煌く背中から白く長い尾を曳いて
   遙かな静寂のなかへ
    水平に移行していく

   なにもしてさしあげられない わたしもまた
    決して 大そうではない
    たったひとつの 願いごとを
    祈るしかなかった
    ― 流星が消えてしまわないうちに ――

 第2連がやはり印象に残ります。健康なら何でもないことが病者にとっては大変なことなんだと、改めて感じます。それに気づいた作者も「なにもしてさしあげられない」ことを自覚して「祈るしかなかった」なかったわけです。人間は与えられた運命を変える力を持っていますが、大きな視野に立てばあまり変っていないのかもしれません。「たったひとつの 願いごとを/祈るしかな」いのが人生なのかもしれません。しかし「冬の七夕」というタイトルが的を射て、作品の質を高めていますから、この感覚が読者として読み取れるうちはもう少しがんばれるかな、そんなことを考えさせた作品です。



  詩誌『掌』127号
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2003.11.1
横浜市青葉区
掌詩人グループ・志崎 純氏 発行
非売品
 

    私より若き某知事への手紙
       ――わたしは語部あなたも沈潜を    半澤 昇

   多分あなたはノサック述ぶる『文学という弱い立場』に
   我慢出来なかったのでは 恐らく <権力こそ至上のもの> の想いで
   だから書斎人から転身同類同士も顧みず蔑み稱んで憚らなかった
   烏合の集団から 魑魅魍魎界から更に転身
   今やその分流の圏のトップ ボルテージ上がるばかりに
   所信の狙い知るや知らずや山川の精とも目さる者等寂として声なし
   他方その語勢虚名に酔うは従順な そう ガバナビリティの民衆
   洞見無用無縁惜しみなき拍手をあなたへ送る
   あなたは前身の肩書き今も失わずに持つゆえ
   読書量を誇っておられようか
   ものを観る眼・心養う読書も経験その内面化純粋化のリルケ惟えば
   あなたの経験信じられようか あなたに物書きの日あれど
   かの原民喜なぞに最も遠い存在 『知覧』に行き
   泣いて来たと宣うに悪魔の兵器使用の強大国の仕掛けた戦争に
   『否
(ノン)』と言えなかったひと同様その虚実知る術がないもの
   そこで私はあなたを読書では絶対得られぬ凡ゆる知識を凌駕する
   あの紛れもない最も非人間的表徴の不条理な組織の世界 曽ての
   陸軍内務班に御案内し人格抹殺の何たるかを体験して頂こうと想う
   あなたは兵役に適する者として戦時編成は四個大隊から成る
   某歩兵連隊に入隊 凡そ三個中隊の大隊中約二百名余の
   一中隊に所属 更に兵営における日常生活の單位たる
   数斑中の何れかの班に入り新旧の兵士等と寝食を共にする
   この内務班は軍隊における家庭だという マヤカシもいい所
   初年兵あなた達は端しなくもこの内務斑の生活を通して初めて
   わが成りし生家の父母きょうだい等の恩愛有難味を痛感させられる
   入隊当日は薄気味悪い程のやさしいお客様扱い
   翌日からは残忍なシゴキに一変日々これが繰り返され
   体罰の疼きと無念さに幾真夜を固いベットの中で忍び泣きをする
   野外における各種訓練は将校たる小隊長が統率
   これに各班毎夫夫気鋭の兵長・上等兵の二名が助手を務める
   内務斑に帰るやあなた達の一挙手一投足はこの助手等からばかりか
   その背後で睨みを利かす同階級若しくは進級遅れの古参兵達の
   厳しい監視にさらされる 古参兵達は除隊の人選から洩れ
   未だ兵役にあることの不満鬱積 その吐け口を最も弱い立場の
   初年兵達に向けてくる様は宛ら或る種のサディスト
   将は密室のアウトロー集団の感 昼夜分かたぬ怒号と威嚇と
   剰え矢鱈不動の姿勢要求の『現人神』の敬称に初年兵のあなた達は
   却ってビビって つまりは精神萎縮し或は極度の緊張感から
   兎角何事も失敗し勝ち どんなヘマ・ミスも赦さぬ彼等から
   加えられる執拗な迄の暴行に時には班長の下士官迄が気脈通じ合う
   同期入隊の誼からか古参兵達に同調これに加わる
   仮りに初年兵達が『僕』とか『ゲートル』とかの語使うものなら
   待ってましたと云わんばかりに古参兵達は『婆婆で鈍
(なま)った
   てめえ等の心身にヤキを入れ鍛え直してやる』が口癖
   そして或る時は個人に或る時は連帯責任と称し全員への蛮行
   狡猾な彼等はおのれの掌痛めぬよう平手打ちを避け鉄拳で
   時には訓練時締める着剣用帯革で激しく顔面殴打
   予め蹌けぬよう両脚を開かせられるもその強打に蹌け
   顔面見る見るうちに腫れ上がり次第に青黒い内出血の色に
   口中は切れて血が湊み或は滴り落つ 罷り通る陰湿な
   この私的制裁の激痛に堪えあなたは忙
(せわ)しく瞬(まばた)きし乍ら
   その内面は烈しくこう絶叫するに違いない
   <これは帝の軍隊じゃない あの一視同仁と伝え聴くミカドの> と
   暗黒の 抑圧の青春を知らずかの死せる狂気の作家の美学とやらの
   系譜を継ぐか おお 旺んなるあなたのナショナリズム

 ちょっと長い作品でしたが、最近は「陸軍内務班」について書かれてものを眼にしていませんので紹介してみました。私は戦後生れですから、もちろん「陸軍内務班」は体験していませんけど五味川純平などの作品で知識としては知っています。ここに書かれた内容は私の知識と完全に一致しています。
 自衛隊員の知人に聞くと、現在ではそのようなことは無いとのことですが、今後「帝の軍隊」となった場合はどうなることか、それを危惧しています。また、軍隊であるからには「非人間的表徴の不条理な組織の世界」であることが本質なのではないかとも思っています。
 それを前提に「私より若き某知事」の「旺んなるあなたのナショナリズム」を考えなければならないでしょう。「暗黒の 抑圧の青春を知らずかの死せる狂気の作家」についても「美学」のみで語るのは危険なのではないか、とも思っています。この時代だからこそ一字一句をおろそかにせず読んでほしい作品です。



  荒船健次氏詩集『案内状牛』
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2003.11.10
横浜市南区
成巧社刊
1800円
 

    案内状・牛

   男がビル街をあるいている。銀行、デパート、オフィスなど、ビル
   はさまざまな営みを納めそそり立っている。男があるビルの壁に気
   づき立ちどまる。男の顔がにわかにひきしまる。白い牛が乳白色の
   壁に腹這い、まどろんでいる。数日前、展覧会の案内状が送られて
   きた。略図の下にミルクの一滴のように牛の顔が刷られてあった。
   あの牛にそっくり。壁の白い牛が目を開ける。男の視線に目覚めさ
   せられたのだ。白い牛が起きあがり、シャツを脱ぐように壁を抜け
   だす。
   
   白い牛が男をまっすぐ見つめる。昔、どこかで遭ったといいたげな、
   感慨深げな眼差しだ。男は案内状をポケットにつっこみ、壁に腹這
   い、ヤモリのようによじ登る。指が白い牛の角にかかった時、ビル
   を見下ろしていた雲の中から、白い風が駆け下り、男の身体に巻き
   ついた。男は面くらい、舗道に投げ出された。ポケットから案内状
   がひらり。秋、か!

   今年の夏は、暑さがことのほか厳しかった。男は関係のズレによる
   乱反射にいらだつことが多かった。男は胸の奥の瑕疵を反芻するよ
   うにつぶやく。男の胸に激しく突き上げるものがある。男は牛の案
   内状をにぎりしめ、地下鉄の階段口を下りていく。展覧会場へ急が
   なくちゃ。

 詩集のタイトルポエムです。おもしろいタイトルですのでどんな作品かと思った人も多いのではないでしょうか。私もそう思って楽しみに頁を繰りました。期待に反せず、想像力がかきたてられました。本当は「案内状」と「牛」がこんな結びつきをするのかと驚きましたけどね。「秋、か!」という言葉も生きていると思います。

 正直なところは、この作品を私なりに説明する、解釈することはできません。でも、そんなことは重要なことではないと思います。この不思議さ、この明るさを楽しめば良いのではないでしょうか。そしてある時、ふッとフレーズが浮かんでくる、そういう作品が詩らしい詩なのかもしれません。さあ、パソコンから離れて「展覧会場へ急がなくちゃ」。




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