きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

  kumogakure  
 
 
「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科

2003.12.18(木)

 一昨日に続いて東京本社の営業担当者の訪問を受けました。製品のグレードアップの打合せをして、やるべきことを決めたのは良かったのですが、私の日曜出勤まで決まってしまいました。試作品が出来上がってくるのが日曜日。一日も早く実験したいので、日曜からスタートすることにしたのです。しかも試作品は私の自宅に宅配便で届くことにしてしまいました。日曜は会社が休みで、宅配便は届きませんからね。自宅に届けてもらって、それを持って出勤して、、、やれやれ、です。しかしそれでいいものが世の中に出せるなら良しとしましょう。儲けに直接つながる話ですから、やりがいはあるというものです。



  木下宣子氏詩集『ロシアの冠毛』
    russia no kanmoh.JPG    
 
 
 
 
2003.12.28
横浜市保土ヶ谷区
成文社刊
1800円+税
 

    マッチ売りの

    街角の石畳に 黒いレースをかぶった老女がひっそりとマ
   ッチを売っている どこか貴婦人の雰囲気を漂わせ 足もと
   のダンボール箱に並べた四つ五つのマッチがそぐわない 針
   の視線を意識してふかく首をたれているが 街ゆく人びとは
   ほとんど振り向きもしない

    数カ月前に亡くなった日本の老女は もらいうけた大量の
   マッチを大きな缶にいれ 使いきれずに死んだ 廃業した喫
   茶店の名人りのマッチだった 一日に数本 仏壇の灯明をと
   もすか カイロに火をつける程度だが 自分のいのちの灯が
   消えるまでには と思っていたにちがいない マッチを過去
   のものと考える世代は 火つきのわるい焼却炉に マッチを
   一箱ポンと投げ入れる 小さな爆発音で炎がたちのぼる

    アンデルセンの描いた少女は それで凍えた手をあたため
   た 街角にすわっている老女の部屋は 社会主義体制がとと
   のえた暖房でこれまでは温もってきた だがことしの冬はど
   うなるかわからない 胃袋は満たされず こころは夏場のい
   まも寒々としている

    売れる気配のないマッチ それでも老女はすわりつづけて
   いた するとひとりの通行人の足がとまって ぽんとお金が
   なげられた 老女はあわててマッチをさしだした が もう
   そのひとの姿はなかった 彼女はうなだれてダンボール箱の
   上に目をおとした

    白夜のいまは夕闇が老女によりそうことはない いつまで
   も動かずに箱の上をみつめつづけている老女 彼女は数箱の
   マッチといっしょに 大切なものを並べていたのではないか
   だれの目にも見えなかったが

 著者がしばらくロシアに滞在していた時の作品が収められている詩集です。紹介した作品はそのひとつですが、現在のロシアの状況の一端を示す貴重な作品だと思います。日本のマスコミには決して出てこない映像でしょう。
 「彼女は数箱の/マッチといっしょに 大切なものを並べていたのではないか」という詩句に、詩人の深い視線を感じます。ロシアの現状を報告しているとともに、人間の根源を見据えた作品だと思います。



  詩誌ひょうたん22号
    hyotan 22.JPG    
 
 
 
 
2003.12.10
東京都板橋区
ひょうたん倶楽部・相沢育男氏 発行
400円
 

    そして    阿蘇 豊

   そして
   いきをしていることにきがついて
   ハッとして
   ハッとしてもなにもかわらないことに
   ハッとして

   さらのうえのオムレツののこりを
   スプーンにのせ
   くちのちかくにはこぶと
   くちは
   ひらくのだ
   きまっていることのように

 介護の風景と考えていいのでしょうか。「ハッ」の意味がそれぞれ違うところがおもしろいと思います。もっと拡げて考えると「ハッとしてもなにもかわらないこと」は介護だけのことでなく、いろいろな場面に当て嵌まるようにも思います。「なにもかわらない」けど気付くことが大事。そんなことを考えさせられた作品です。



  三好由紀彦氏詩集『さよなら21世紀』
    sayonara 21seiki.JPG    
 
 
 
 
2003.12.15
東京都千代田区
沖積舎刊
1600円+税
 

    言葉嫌い

   おれは言葉が嫌いだ
   そんなおれが
   昼はコピーライター、夜は詩人と
   言葉に雇われているのも奇異なものだ

   おれは言葉を覚えるのが遅かった
   ようやく五歳になって
   まともに親の名を呼べるようになった
   周囲はおれを痴呆ではないかと
   本気で心配したものだ
   だがそのおかげで
   おれは十代で自殺せずにすんだのだ
   現実はおれにとって
   まず知るよりは齧
(かじ)るものだった
   大地という名よりも
   土を食べたときの感触のほうが
   おれにはよく理解できた

   おれのほんとうの望みは
   言葉の壷を
   いちど空にすることだ
   そのとき、この世は感覚
(センス)の横溢
   言葉はべりべりと世界から剥がれ落ち
   現実はとつぜんその柔らかい頬を
   おれに押しつけてくるだろう

   すべてを言葉で知る愚かさよ
   言葉を捨てたとき、
   おれは水のうえを歩くように
   研ぎすまされた瞬間のなかへ
   わけ入ることができるのだ

 「昼はコピーライター、夜は詩人」だからこそ「言葉」に敏感な人なのだなと思います。「まず知るよりは齧るもの」「すべてを言葉で知る愚かさよ」などの詩句に、この詩人の非凡さを感じます。つい「すべてを言葉で」説明してしまおうとするのですが、これらの詩句に出会うと「愚かさ」を改めて考えてしまいますね。
 紹介した作品は詩集の中ではむしろ異質な部類だと思います。タイトルポエムの「
さよなら21世紀」や「ティッシュ エンジニアリング」「海の中のホメロス」などにこの詩人の持ち味が特徴的に表現されているのかもしれません。新しい時代を予感させる詩集です。




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