きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】
モンガラカワハギ | ||
新井克彦画 | ||
2004.2.14(土)
仕事がたまっているので午後からでも会社に行こうと思っていたのですが、叶いませんでした。早い昼メシを食べて、ベッドで本を読んでいたらいつの間にか眠ってしまって、気がついたら16時。まあ、明日も機会があるから…。
疲れは、ここのところの化学物質構造式調査だろうと思っています。今回の調査は一応決着は着いたのですが、新たな調査依頼が来て、戸惑っているのが正直なところです。自分の本業ではなく、決して得意な分野ではないんですが、好きなんです(^^; やってみて驚いたのですが、向いているですね。本を読むこと、調査をするってことは、実は詩人研究や詩論研究に近いものがあるのかもしれません。のめり込む分、疲れるのかなと思っています。他に仕事が無かったら、思う存分調査できるんですが、あくまでも片手間の仕事。好きな仕事がそうそうあるわけではないのが会社員の辛いところ、ということでしょうか。
○個人詩誌『粋青』36号 |
2004.2 | ||||
大阪府岸和田市 | ||||
後山光行氏 発行 | ||||
非売品 | ||||
沈丁花 後山光行
仕事だけれどもなつかしい知人に会いに行くことがある
若い頃に同じ釜の飯を食べた人なのだ まだ 世の中が
貧しかった頃 がむしゃらに私達は青春を過ごして生き
てきたのだった だから 何年ぶりに会っても 名前を
忘れていても 会えば突然にして時代はさかのぼって行
く 若い頃に一緒に苦労したことが不思義な雰囲気と香
りになって流れる 知人の心をノックする 同じように
私の心もノックされる その手前で沈丁花が香っていた
「詩絵・花」
先日、高校のクラス会に出て、この作品のような感じを受けました。まさに「名前を忘れていても」状態なんですが「私の心もノックされる」思いをしました。
この作品に魅了されるのは、そんな思いの他にタイトルと最終行の「その手前で沈丁花が香っていた」という詩句にあります。これが無かったらただの散文ですけど、ここで詩を成立させていると言っても良いでしょう。沈丁花の香と「青春」の匂いが見事に重なっている作品だと思います。
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