きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

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小田原・御幸が浜にて
1979年
 
 

2004.4.5(月)

 だいぶ仕事に余裕が出て、3月下旬から定時で帰る日が続いています。もちろん今日も17時であがって、17時半過ぎには帰宅しました。うれしいですね。仕事は嫌いではありませんけど、多過ぎるのも少な過ぎるのも考えものです。この半月ほどは丁度よい。
 問題はいつまでこんな状態が続くか、だなぁ。余裕のあるうちに書斎の生活を楽しんでおこうと思っています。



  個人詩誌『色相環』17号
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神奈川県小田原市
斎藤 央氏 発行
非売品
 

    学校の人事    斎藤 央

   「A先生、B中学に転勤だってさ。」
   「気の毒に、交通が不便だし、まるで左遷だな。」
   「今度来るC先生って、担任がもてないんだって。」
   「もう定年だし、奥さんも働いているんだから、
    やめてもいいのにね。」

   桜の便りが聞かれるころになると
   どこの学校も人事のことばかり

   転勤することの不安や期待で
   はちきれそうな教師たちの胸を
   春の嵐が吹き荒れる

   新聞に移動の知らせが載る頃には
   冷蔵庫のゼリーのように
   その人のイメージが
   すっかり固まっている

   教師になりたての頃の
   夢も理想もすっかり色あせて
   他人の張ったレッテルを
   背中につけて
   誰もが噂の風に吹かれている

 会社の人事も「学校の人事」も、「噂の風に吹かれ」ることでは変りはないのだなと思います。「先生」も生活のためという側面を持って「教師」をやっているのですから当然かもしれません。「新聞に移動の知らせが載る頃には」私も興味を持って新聞を見ています。娘の通っていた小学校や中学校の先生方の異動は、顔を思い出し、PTAで話し合ったことを思い出しながら見ています。作品上の意味とは違いますが「冷蔵庫のゼリーのように/その人のイメージが/すっかり固まっている」ことも感じながら…。



  隔月刊詩誌ONL72号
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2004.3.30
高知県中村市
山本 衞氏 発行
350円
 

    きずな    浜田 啓

   ぼくには、三人のこどもがいる
   いちばんめは成人を迎えた

   ときどきは、こどもたちをおこらんといかん
   時がある
   手を出すことはないが
   言葉を発する
   ときには言葉の暴力になる
   暴力は沈殿し心を破壊する

   それでも親子というきずなでつながっている
   時代は、きずなをも破壊する

 これは判りますね。私にも「ときどきは、こどもたちをおこらんといかん/時があ」ります。「ときには言葉の暴力になる」こともありますが、依拠しているのは「それでも親子というきずなでつながっている」という思いです。でもテレビや学校の友人という「時代は、きずなをも破壊する」んです。親としての無力を感じる瞬間です。
 それでもやっぱり「親子というきずなでつながっている」と思いたいです。いずれ判ってくれるだろうと思いながら…。身につまされた作品です。



  西森茂氏詩集『母の形見』
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ONL叢書1
2004.4.1
高知県中村市
ONL刊
1000円
 

    かあさんを送る

   かあさん
   長い間 ありがとう

   生まれついての障害をもつ私を
   よくぞここまで育ててくれました
   西方浄土では静かに休んでください

   当時 学齢期の私にかあさんは
   手に入れることの難しかった
   国定教科書を何処からか買い求めてきて
   私に一通りのことは教えてくれました

   でも かあさんには
   教科書などはほんの形の上だけのこと
   私は軍国少年でしたがそのようなこととは関係なく
   かあさんの教授法は実に自由でした

   例えば 廊下を黒板に見立て   
くわ
   たっぷりと水を含んだ筆を私の口に啣えさせ
   文字や数字を書かせるという
   発想がユニークで 多分に遊びに近いと言ってもいいものでした

   私はこのかあさんの九十年の生涯の上に
   軽々しく手を置くことはすまい
   死んだ子も加えると八人の子を育てた母さんの子宮は
   癌に侵されボロボロになり 
もろ
   その先端治療の後遺症がいま諸に吹き出してきたのだと医師は言う
   先端治療とは何だろう

   人工肛門をつけることを勧める
   周囲の思惑をあくまでも拒否し
   延命策を徹底して嫌ったかあさん
   これはかあさんの静かな文明批判だ

   私はこんなかあさんを
   誇りたい

 重度の障害をもって生れた著者は、現在70歳。自分の足で歩くことも鉛筆1本箸一つ握ったことはないそうですが、紹介した作品からもそれを窺うことができます。
 そんな著者を守り育てた母上が90歳で亡くなって、三周忌の法要に合せて刊行した作品集です。母上への感謝の気持がよく出ていると思います。特に第1連の2行、最終連の2行は構成上も成功していると云えましょう。また、作品の底にある「静かな文明批判」も見逃すことはできません。心打たれる鎮魂詩集に出会いました。




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