きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

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小田原・御幸が浜にて
1979年
 
 

2004.4.15(木)

 わが品質保証課にとって最大のイベント、月例の品質会議が開催されました。今日は先期のまとめということで、この半年間の問題点が議題に上りました。特に再発したトラブルが槍玉に挙がって、私の担当した品種も指摘されました。悔しかったですね。まあ、1回目のトラブルは軽く考えていたことを自覚していますから、その面での反省はあります。再発したときはさすがに慌てて、客先にも製造課にも相当の覚悟で臨んだんですけど、その感覚が最初からあればなぁと改めて感じました。なるべく軽く、なるべく穏便に済まそうという性格の現われなんでしょうね。製品を預かる身として、それは欠点になります。

 被害金額も軽微でしたのであまり責められませんでしたけど、客先にとっては金額の問題ではありません。弊社に対する信頼の問題になります。もちろん手は打ってあります。被害金額の数千倍の費用を掛けて、流出防止策を進めています。おそらくトラブルは万分の一、十万分の一という確率でしか発生しないでしょう。でも、計算上はゼロにはなりません。そこが辛いところです。流出防止策をとりながら発生防止策も検討していますが、さらに数千倍の費用がかさむでしょう。大袈裟に言うと、下手をすると売上げを越えるかもしれません。信頼を回復するということはそういうことだと考えています。



  詩誌『裳』84号
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2004.2.29
群馬県前橋市
裳の会・曽根ヨシ氏 発行
500円
 

    ゆれる冬    房内はるみ

   百歳の祖母の冬は ゆれている
   あまく あまく ゆれている
   冬枯れの草地の見わたせる 日だまりの窓辺
   ここが 祖母のお気に入りの場所
   きんつば 大福 水ようかん
   祖母は あまいものがすきである
   あまいものを食べながら
   きょうも うっとり ねむくなる
   終わりのない ねむり

   なんて豊かな忘却の海だろう
   あらゆる時間をのみこんで
   母やわたしを とおいところへつれていく
   ただよいながら
   祖母は 時おりにっこりわらう

   風がふくと
   薄茶色の草の穂に 金色の冬の陽がわたり
   ホームは西へ ながされていくようだ
   いちまい いちまい葉をおとす木のように
   いちまい いちまい時間をぬいで
   今はもう 越えていくものはなにもない

   ゆれる
   ゆれる
   百歳の祖母の冬は
   もうすぐ あまい風になる

 「あらゆる時間をのみこん」だ「百歳の祖母」が良く描けている作品だと思います。「あまく あまく ゆれている」「いちまい いちまい時間をぬいで」などの形容も奏功しています。「ホーム」は老人ホームのことなのかもしれません。「お気に入りの場所」で「きょうも うっとり ねむくな」り、「時おりにっこりわらう」「百歳の祖母」は「豊かな忘却の海」を持っているのかと思うと、何ともうらやましくなりますね。人間の幸福とは何かを考えさせられた作品です。



  詩誌きょうは詩人10号
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2004.4.20
東京都武蔵野市
きょうは詩人の会・鈴木ユリイカ氏 発行
500円
 

    初詣    坂田Y子

   元旦の朝
   幼馴染みのKちゃんが迎えに来て
   私たちは連れ立って初詣に出かけた
   昔から続いている年の始めの習慣だ
   Kちゃんは毎年初詣には振り柚を着る
   どうやら成人式には着損なったらしい
   私と同い年なのに美人のKちゃんには
   すんなり似合う

   私たちの行く先は近所の氏神さまだ
   そこの石段はけっこう厄介で
   Kちゃんは毎年転がり落ちる
   しばらくは起き上がれないので心配になるが
   次の瞬間には笑いながら起き上がる
   でも今年のKちゃんは転がり落ちなかった
   そのかわりいつの間にか勝手に帰ってしまった
   こんなことは初めてだ

   家に戻ると母がお雑煮の支度をしている
   Kちゃんのことを憤慨しながら母に告げると
   母は不審そうに私をみる
   Kちゃんは成人式の年の正月に
   初詣に出かけ石段を転がり落ちて
   亡くなったではないか
   あんたと一緒の初詣だよ

   だってと言いかけてはっと気付く
   そうだあの日以来
   私は初詣に出かけた事はなかったんだ

 「毎年初詣には振り柚を着る」「Kちゃん」って、どんな人なんだろうと注意深く読み進めたら「亡くなっ」ていたんですね。ちょっと怖いんですが、おもしろい設定だと思います。怖いけど「あの日以来/私は初詣に出かけた事はなかったんだ」と置くあたり、嫌なことは意識して忘れようとする人間の心理が良く出ていて、深いものがあります。「あんたと一緒の初詣」だからと云って「私」には罪はないのですが、当事者の心境としてはたまらないでしょう。なかなか書かれない視点で、その意味でも秀作だと思いました。




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