きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

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小田原・御幸が浜にて
1979年
 
 

2004.4.16(金)

 職場の懇親会幹事だけの呑み会を開きました。幹事は私を含めて4人なんですが、組織変更で一人の幹事が異動となってしまいました。活動したのはこの1月からで、イベントは2回しかやっていませんけど、仲間の異動ですから小じんまりでもいいからやりたいと私が提案したものです。他の幹事からは「あんたが呑みたいからでしょ!」と非難されましたが、その通りです(^^;

 場所は市内では最も気に入っている店「一膳一酒」にしました。金曜日ということもあって30人ほどの席は満員。全員が弊社に勤務する人たちでしたので、店のおばさんも驚いていました。隣の席は以前の職場の3人組で、どっちの席で呑んでいるのか判らない状態になりましたけど、楽しかったです。調子に乗っていつもは3合で止めておくところを4合も呑んでしまって、酩酊しました。帰りは車で来た後輩がうちまで送ってくれることになっていたので、それで安心して呑み続けたんですね。いい夜でした。



  詩誌『燦α』25号
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2004.2.16
埼玉県さいたま市
燦詩文会・二瓶 徹氏 発行
非売品
 

    優しさ    YAKO

   実家の一七歳の猫は
   今まで一緒に暮らして来た母猫と姉妹猫が
   立て続けに亡くなってから
   ずっと鳴き続けている

   朝も昼も夜も
   起きているときはずっと鳴いている

   その鳴き声は哀しい
   淋しさと悲しみと不安が
   ひしひしと伝わってくる哀しい鳴き声だ

   実家に娘を連れて
   長期に滞在したときのこと
   腰を痛めて動けない私は
   実家のベッドに横たわりながら
   哀しい猫の鳴き声を毎日聞いていた

   母は孫の世話で忙しく
   何もしてやれない私はもどかしく毎日を過ごしながらも
   ときに聞こえないフリなどして逃げていた

   ある日
   それまで猫の鳴き声を気にしては
   遠くから見ていた娘が
   鳴き続ける猫を何も言わずギュッと抱き締めた

   鳴き続ける猫の哀しい気持ちを包み込むように
   娘が泣いたときに私がそうするように
   老いた哀しい猫を
   小さな腕でギュッと抱き締めた

   優しさとは
   多分こういうことだろう

 感激的な作品です。「娘」さんの「優しさ」はたぶん「私」ゆずりなんでしょう。そこまで伝わってきます。最終連もいいですね。声高に叫ばない、主張しない。「多分こういうことだろう」とさりげなく置くことで作者の精神性の高さまで伝わってきます。
 作品には何も高等な技術などなく、情景を淡々と書いているだけですが、詩の一番良いところが出ていると思います。読者が求める詩とはこのような作品なのかもしれないと、そんなところまで思いが行きました。



  詩誌『燦α』26号
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2004.4.16
埼玉県さいたま市
燦詩文会・二瓶 徹氏 発行
非売品
 

    桜ふぶき    堀田郁子

   息子の小学校入学
   少し泣き虫だった息子は
   校庭にしゃがんで
   いっしょうけんめい
   電車の絵を描いていた

   娘の幼稚園入園
   娘は園庭のかたすみの
   小さな鉄棒に
   せいいっぱいつかまって
   足かけまわりをした
   とくいそうに 嬉しそうに笑っていた

   息子の中学校入学
   あげをしただぶだぶの詰襟に
   背丈はそんなにないのに
   足ばかり先に大きくなって
   まっしろな運動靴が目立った
   はじめての坊主頭と詰襟に
   とまどったような照れたような表情で
   玄関の前で記念写真を撮った

   桜ふぶきに打たれていると
   あの時のあなたたちが
   今もあの時のままで
   そこに残っているような気がする

   六才のまま
   絵を描いている

   三才のまま
   鉄棒で遊んでいる

   十二才のまま
   白い運動靴でたたずんでいる

   あちこちに
   その時々のあなたたちを置いて
   ひとりだけここに来てしまったような
   なにか とても大切ななにかを
   忘れてきてしまったような・・・

   桜ふぶきに打たれていると

 母親の気持が良く出ている作品だと思います。「ひとりだけここに来てしまったような」というフレーズに共感しています。子が成長するということは、子が親を「置いて」行くことなんだと思うのですが、ここではそれが逆になっていて、それがおもしろいと思います。私は父親として褒められた存在ではないんですけど、それでもこの気持は良く判りますね。「桜ふぶき」というタイトルも日本の4月における出逢いと別れを象徴していて、奏功していると思います。




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