きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

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「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科
 

2004.5.22(土)

 気の合った仲間4人で、池袋に集まって呑みました。詩の仲間ですから自然に詩の話にはなりましたけど、同年代ということもあって気楽にカラアケなども楽しみました。店は17時半から20時半までの予約だったようですが、結局1時間も延長してしまい、店からの知らせがなければそのまま朝まで続きそうな勢いでしたね(^^;

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 最近、デジカメの撮り方に不安を覚えています。上の写真もブレがあるのですが他はもっとひどくて見られたものではありません。コンパクトカメラではシャッタースピードを早く出来ないのが根本原因ですけど、一眼レフでは出来るのかな? 会社のカメラで試してみようと思っています。

 さて、この仲間との呑み会は今後も続きそうです。次回は私の地元、小田原・箱根で1泊でやろうということになりました。箱根には私が開拓したいい民宿があったんですけどね、今は利用していません。別の宿で、温泉は当然として旨いお酒がある処を探してみようと思っています。ご覧の皆様でお薦めの宿があったら教えてください。
pfg03405@nifty.ne.jp までご一報いただけると嬉しいですね。採用の方には一献差し上げましょう(^^;



  隔月刊詩誌『石の森』121号
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2004.5.1
大阪府交野市
交野が原ポエムKの会・金堀則夫氏 発行
非売品
 

    お金の旅    夏山直美

   愛はお金では買えないけれど
   お金がなかったら愛は消える

   人の命はお金では買えないけれど
   臓器も卵子も精子も買える
   代理母も買える
   お金のために魂さえ売る

   お金があったら
   家庭内のいざこざは
   ほとんど解決したりする
   人はお金によって
   人生さえ左右され
   お金のために
   生きているのか
   生きているから
   お金が必要なのか
   卵が先か鶏が先かの
   クイズを永遠と
   くり返している

   見えない世界を
   信じ
   見える世界に
   ふりまわされる
   信仰も
   文明社会も
   すべてお金が絡み
   時をお金で買い
   お金を得るために
   時を失う
   塵が降り積もる
   時の中に
   ひとりの人のもとに
   巡って来たお金は
   たくさんの人の手相を
   記憶して
   あてのない旅を続ける

 本当に「お金」「お金」の世の中ですね。「金のために/生きているのか/生きているから/お金が必要なのか」「時をお金で買い/お金を得るために/時を失う」というのは、まったく同感です。
 この作品のおもしろいところは、そんな人間の側を描きながらも主人公は「お金」である、というところだと思います。それは最終連の「あてのない旅を続ける」というフレーズに端的に出ていると云えるでしょう。そうやって巡り巡って手元に来てくれればいいんですけど、すぐに出ていってしまって、どうやら何処かでは貯まっているいるらしい、というのが悔しいところですね。



  吉岡良一氏詩集『藁婚の日』
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2004.5.20
茨城県龍ヶ崎市
ワニ・プロダクション刊
1400円
 

    藁婚の日

   そんなこんなでよく晴れた
   調子者のコジュケイが鳴いて
   遊び金もないが出かけようか
   洗濯と赤ん坊お願いします
   こたろう留守番お願いします
   こいびとみたいに世情をかたり
   みどりのくるまを走らせようか
   ちっとはうまい物も食いたいが
   なんだかその根性もつましいが
   なんといっても藁婚だから
   夫婦ってやつの魔術に敬礼
   カメムシたちに見送られ
   ともあれふらふら北へと向かう
      *
   あるひの猫魔ケ岳ひかる尾根
   ブナのはやしくぐりぬけるとき
   あざやかに吃立する猫石の向う
   目くるめくだけの風あびている
   まったき山上湖にであって
   きみの身体は空に向かうはずだ
   いっそ
   眼にマンダラのもようを映し
   この世のいとなみからとおく
   いまムラサキシジミが
   きみの髪にたわむれるとき
   圧倒的なスギヒラタケ群生
   倒木を濡らす湧水のシタタリ
   深い森という縄文を生きる
   猫魔ケ岳ざわめく風あびて
      *
   ついにたどり着いた
   閉店間際のラーメン屋における
   ちゃーしゅーめんは清貧といえるか
   しかしまあ記念日ですから
   太っ腹のきみは冷やっこも注文し
   はれやかに笑っているではないか
   ビールなんぞ飲みたかないねと
   ひたすら水を飲むおれも笑っている
   先客はやがて姿をけしたから
   ふたりの藁婚式は真っ当にも
   本家大みなと味平にて始まる
   ハエの二匹ばかりが祝福するなか
   ともあれ乾杯 水で乾杯だが
   だだっぴろい土間にすきま風
   うさんくさい彩色コピーはためく
   ちゃーしゅーめんの祝宴であって
   なんとかいきついたなあと言わず
   まあこれからもよろしくと言わず
   実に実に美味しくズルズルズルと
   空腹にまさる御馳走はないなどと
   至福のスープを吸うのであって
   一滴残さず飲み干すのであって
      *
   歓喜天にいたる夜のこと
   世情は語らなかった
   ただおだやかな波が満ちてゆき
   いだきあうことのまぼろしに溺れた
   世の闇といえば闇がひろがる
   眼の裏でひくく歌うイマジンや
   蒼い鳥海山の稜線を思いうかべて
   おれたちは眠った
   いまここで生きてあることの火や
   肉や呼吸や手あしやぐじゃぐじゃ
   つがいの鳥のように眠った
   それから 歓喜天にいたるみちを
   なんどもたどった
      *
   藁婚の日
   きみは笑ってばかりいた
   おれは
   少しだけ無口になった
   それから
   ときどき手をつないだ
   海のみえる道でもういちど
   その手をにぎった

 詩集のタイトルポエムです。金婚は50年、銀婚は25年ですけど、藁婚というのはあるんでしょうか? おそらく著者の造語だろうと思います。でも雰囲気は判りますね。50年、25年に比するものだとすると10年? 5年? 「洗濯と赤ん坊お願いします」ということですから3年ぐらいを想定しているのかもしれません。ちょっと突き放して、ちょっとふざけた作風にしていますけど、最終連ではちゃんと「ときどき手をつないだ/海のみえる道でもういちど/その手をにぎった」と書いています。「藁婚」バンザイ! と祝福したくなる作品です。




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