きょうはこんな日でした ごまめのはぎしり

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「クモガクレ」
Calumia godeffroyi
カワアナゴ科
 

2004.6.17(木)

 茨城県の関連会社に出張してきました。朝、ちょっと会社に寄りましたけど、いつもより早めに出たのでゆっくりと行くことができました。東京駅で東北新幹線を待つ時間が40分ほどとれて、本もゆっくり読めて、こんな出張だったら毎日でもいいな(^^;
 でも、帰りは案の定懇親会に誘われて、帰宅は22時を過ぎていましたね。これが毎日だとちょっとキツイです。栃木県小山市のいつもの店で呑んだのですが、茨城の地酒だという「来福」を呑まされました。これが意外とイケました。私好みのサッパリ・スッキリ系で、仕事で呑む場面でなければもうちょっと呑んでいたなぁ。呑むのは好きですけど、仕事上の酒は気を遣いますね。



  東山かつこ氏詩集『ノック ノック』
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2004.5.30
東京都東村山市
書肆青樹社刊
2300円+税
 

    ノック ノック

   夏の挨拶のように報じられる
   海ガメの産卵
   卵が腹部を重々しくノック ノックすると
   海から上がり
   砂に蹲って涙する母ガメ
   私にも想い起す涙とあいさつがある

   静かな沈黙のあと
   腹壁を大きくノック ノックする
   五カ月目の
   あなたからのはじめてのあいさつ
   ひとの億年の道をトレースし
   土踏まずも持たない足でキックする
   月満ちて
   あげる産声は
   母になる私にわけもなく涙を流させた
   長い道のりをやって来たあなたの陰に
   独りで立ち上がって
   独りで歩かなければならない二本の足の孤独を
   真新しい赤ちゃんがやってきた
   にぎやかな喜びのさなか
   どうして気づけるでしょう
   とめどなく流れる涙のわけを

   あいさつが一つの決断だと知ったのは
   あなたが
   ひとりぼっちのさみしさを連れて
   私のいたわりの部屋から
   襖を蹴破るようにして
   飛び出すことだと気づいた時だった
   それからだ
   街行く人の背に
   孤独の翳りが見えるようになったのは

 著者の第一詩集です。ご出版おめでとうございます。
 紹介した作品はタイトルポエムですが、視点の新鮮さを感じます。「独りで立ち上がって/独りで歩かなければならない二本の足の孤独」というのは言われてみればその通りですが、私たちはどうしても「にぎやかな喜び」に浸ってしまいます。「母になる私」ももちろん「あなたからのはじめてのあいさつ」を喜びをもって迎えるのですが、そこだけに留まっていないところに作者の非凡さを感じます。

 最終連の「それからだ/街行く人の背に/孤独の翳りが見えるようになったのは」というフレーズはさすがです。人間の本質を見ていると思います。これがあるから「真新しい赤ちゃん」への思いも読者は納得できるのだと云えましょう。人間のみならず、生命凝視の素晴らしい詩集だと思いました。



  季刊・詩の雑誌『鮫』98号
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2004.6.10
東京都千代田区
<鮫の会>芳賀章内氏 発行
500円
 

    父という名の天使    岸本マチ子

   知らなかった
   パウル・クレーがナチから
   「頽廃芸術家」として
   美術学校を解雇されたことを
   知らなかった
   クレーがその後進行性の皮膚硬化症に侵され
   全身麻痺のため手の動きも
   不自由になっていったことを
   知らなかった
   クレーは死に到る迄のこの悲惨な数年
   麻痺の手を懸命に動かし
   太い線で澤山の天使を創り出した事を
   知らなかった
   クレーのあの一筆描きのような単純な線の
   天使が忘れっぽかったり
   瞑想したり
   涙をこぼしたりすることを
   それをわたしは有田忠郎さんから
   教えていただいた
   だからわたしはもっともっとクレーが
   好きになって頭の中が
   クレーの天使で一杯になってしまったのだ

   でも
   わたしは知ってる
   自分がどんなに親不孝で馬鹿な娘だったかを
   二度の脳梗塞で全身麻痺と言語障害のため
   生ける死かばねの様になってしまった父にわたしは
   驚きのあまり掛ける言葉を持たなかった
   そこだけが生きて必死に何かを語りかけている
   二つの穴ではない眼
   それはいまだ親である事を忘れていない
   意志を持った優しい眼だった
   深ぶかとしかし鋭くその眼は
   わたしの心に食い込んで来た
   だから思わず言ってしまったのだ
   いやそれは心の叫びだったのかも知れない
   「こんなお父さん見たくない!!」
   そしてあろうことか部屋の障子を
   ぴしゃっと閉めてしまったのだ
   ぴしゃっと!

   父はその後食事も薬も一切受け付けず
   天使のように静かに
   覚悟の死を迎えた
   と
   少くとも親不孝な娘には
   思えてならなかった

           ○
二つの穴――野田寿子さんの「眼」より

 「パウル・クレー」について「知らなかった」ことと、「自分がどんなに親不孝で馬鹿な娘だったかを」「知ってる」こととが見事な対になっている作品ですが、「知ってる」ことの中身が判って感動を覚えました。娘時代に「あろうことか部屋の障子を/ぴしゃっと閉めてしまった」ことが、いまだに悔やんでいることが手に取るように判って、この詩人の大事な側面を見た思いです。
 最終連は感動的ですね。「父」の思いも「わたし」の思いも人間的で、性(さが)のようなものを感じます。「父という名の天使」というタイトルも作品をうまく表現していると思いました。




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