きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
     
 
 
 
「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.10.10(日)

 秦野市の紙芝居カフェ「アリキアの街」に行ってきました。ホームページ修正の仕事もあったのですが、朗読家・伊馬匣子(いま・くしげこ)さんの朗読もありましたから、それも楽しみに行ってみた次第です。

  041010.JPG    写真は朗読をする伊馬匣子さん。朗読は幸田文「箪笥の引出し」から白い着物=B休憩をはさんで新作紙芝居があり、牛島芳一氏作・土屋幹男画の「ぼくと金本君」。紙芝居は朝日新聞に投書された文に感激した店主・小坂裕子さんが投書した人を探し出し、絵描きさんも見つけて仕上げたというもの。驚いたことに原作者と画家のお二人も見えていました。お二人とも私と同年代の方でした。原作者は現職の小学校校長のようです。

 内容はあまり詳しく触れませんが、小学校で仲の良かった金本君が北朝鮮に帰って行ったというもので、私たちの世代以上の人は多かれ少なかれ経験しているものです。紙芝居が終ったあとの懇親会では、原作者によって詳細が涙ながらに披露され、近い経験をしたと涙まじりに話す人も現れて、実にいい会でした。文章と絵、そして朗読が三位一体になった芸術性の高いものになったと思います。それにしても好い校長先生で、児童・職員は幸せだろうなと思いました。

 原作者と画家という著作権上の重要な人物がいましたので、紙芝居1頁目を「アリキアの街」のHPに載せる許可をとってしまいました。こうやってひとつひとつ著作権をクリアしてライブラリを増やしていきたいと思っています。




  吉田義昭氏詩集空にコペルニクス
    sora ni copernicus.JPG    
 
 
 
 
2004.10.10
東京都豊島区
書肆山田刊
2400円+税
 

    空には、コペルニクス

   風や光の粒子が見える日があった。
   空さえもやわらかく透き通って見えたあの時代、
   子供の頃は天動説の日々を信じていた。
   日の出から日没までを一日と決め、
   海辺の町で風や光を呼吸しながら遊んだ。
   夜になると満天の星の隙間に月や金星が貼り付き、
   天空は半球状でいつも私がその中心にいたと思う。
   そして私の場所を軸として回っているのを確かめた。

   地球が激しく回転し、ゆったりと移動しているという、
   コペルニクス的な真実を知った時、
   私は地球に失望し、科学好きな子供ではなくなった。
   この場所を「地名」でなく、「ここ」と呼び、
   この時を「時刻」ではなく、「今」と呼んだ。
   地軸の傾き、磁場の乱れが気になりだし、
   重力や引力が弱くなっていくことが不安になった。

   風や光の粒子しか見えない日がある。
   人もその背後の風景も透き通って見えるこんな日、
   空が真上ではなく真下に見える時、私はまた、
   あの空にコペルニクスの影を浮かべていた。
   私から遠離った純粋な天動説の空を愛おしみながら。

 昨年出版した20年ぶりの3冊目の詩集『ガリレオが笑った』で、本年度の第14回日本詩人クラブ新人賞を受賞した著者の、4冊目の詩集です。いわば芥川賞を受けて2作目≠ニいう位置付けになり、作家の世界ではその壁を越えられない人も多いのですが、この詩集にはそんな心配は無用でした。「隕石」「空から降る時間」「炭素系」「水溶性」「純粋な物質」「時間軸」「水とアルコール」「錬金術師たち」「正しい誤差」など、前詩集を上回る内容の深い作品が目白押しです。多少、理科系の知識があった方が読みやすいかもしれませんが、まあ、大きな問題ではありません。

 紹介した詩はタイトルポエムとも呼ぶべき作品で、詩集冒頭に収められています。「風や光の粒子が見える日」があったとしても、結局は「風や光の粒子しか見えない日」が訪れて、ヒトは大人になっていくのだと気付かされます。「私から遠離った純粋な天動説の空を愛おしみながら」、この先何かを掴んでいけるのか、何も掴まないまま果てるのか、そんな思いまで作品から受けています。いい詩集です。刺激されて1979年に買った安野光雅の絵本『天動説の絵本』を引っ張り出してみました。絵本と比べたら失礼になるかもしれませんが、比べようのないほどの作品群だったことを付け加えておきます。



  文屋順氏詩集『八十八夜』
    88ya.JPG    
 
 
 
 
2004.10.10
東京都東村山市
書肆青樹社刊
2400円+税
 

    気象について

   深く沈んでいる空気を
   朝陽の輝きが元気づけ
   何も変わっていない今日が
   生き生きし始める
   追い越せない車線で
   待ち伏せしている気候
   晴れとか曇りとか雨とか
   絶えず動いている地球の動静を
   常時観測している気象台が
   より精度の高い情報を出している
   私は限りない空の方向へ
   毎日視線をやる

   古い布地で造られた半纏を着て
   炬燵に当たり
   一時的に寒さを凌ぐ
   近頃地球温暖化のせいで
   昔の極寒は忘れられようとしている
   スキー場では雪不足が深刻だ
   山間部の雪が溶けだすと
   その正体をひっそり包んでいる
   鮮やかな衣裳だけ残して消えてしまう
   妖しい雪女の伝説がある

   霧のかかったような秘密のベールは
   いつか取り払われるだろう
   その時初めて証される真実
   空に梯子を架けて
   大きな鰯雲を捕まえてみたい
   降り落ちてくる雨は
   雲の駄作のような気がしてくる

 著者7冊目の詩集で、「負けないこと」「ノーサイド」「八十八夜」などが印象に残りました。紹介した詩は優れた詩句が多くて完成度の高い作品だと思います。冒頭の「深く沈んでいる空気を/朝陽の輝きが元気づけ」というフレーズは科学的にもおもしろいと思いますし「追い越せない車線で/待ち伏せしている気候」というのも好い喩と云えましょう。圧巻は最終連の「降り落ちてくる雨は/雲の駄作のような気がしてくる」というフレーズです。これは、例えば雨は雲の駄作≠ニいうような言葉で後世にも遺るような気がします。言葉をギリギリと問い詰めていった詩集だと思いました。




   back(10月の部屋へ戻る)

   
home