きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
     
 
 
 
「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.11.10(水)

 ISO9001のJQA審査は、私の部は午前中だけが対象でした。特に大きな指摘事項もなく、無事に終了。同僚が心配してくれた、私の担当製品については、話題には上ったものの直接の審査は無し。ちょっと気が抜けた思いがしましたけど、まあ、そんなもんでしょう。事前に準備したところは意外と審査対象にならないものですね(^^;



相馬梅子氏詩集『母への挽歌』
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2004.11.10
東京都千代田区
花神社刊
2300円+税
 

    母への挽歌

   お母さん
   やすらかに眠っている目じりに
   小さな涙のしずく
   目をとじても
   ほんとうは心で起きているのかしら
   わたしとの別れを思っての涙かしら
   この頃言葉少なくなって
   じっとわたしを見ている

   お母さん
   昔の記憶のなかの人や
   眼の前のわたしのこと
   これから先のこと すぎ去った昔のこと
   映画のように

   心の中にうつっているのかしら
   お母さん
   なにかにじっと耳をかたむけて
   旅立って行く次の世界を考えているの
   お母さん
   夕ぐれに灯がうるむベッドのそばで
   わたしはあなたとすごした人生を
   いつも守られていたことを思うの
   お母さん ありがとう
   お母さん

 詩集のタイトルポエムです。他の作品で母上が103歳で天寿を全うなさったことが判ります。紹介した詩はおそらく母上がお亡くなりになる直前の作品ではないかと思います。「この頃言葉少なくなって/じっとわたしを見ている」母上への、作者の気持がよく伝わってくる作品ですね。「わたしはあなたとすごした人生を/いつも守られていたことを思うの」というフレーズは、作者の素直な感情がよく表現されている部分だと思います。母と娘の深い絆を感じさせてくれた作品、詩集です。



新・日本現代詩文庫24『森ちふく詩集』
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2004.10.30
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
1400円+税
 

    時計

   女針が一回転しているのに
   男針は一めもりしか動かない
   女針はいつもいそがしく
   動いているのに
   歴史をかえることができない
   男針の後からくっついて
   しりぬぐいをさせられているのに
   役に立たないと
   いつもどなるひびきは
   戦火をふくんでいる

   どうぞ
   男針だけで 動いて下さい

 1971年の第一詩集『女の戦い』から2001年の第10詩集『命は赤い血の叫び』までの作品を抜粋した詩集です。著者の30年を越える詩作が一望に出来、年譜からその背景を窺うことが出来ます。
 紹介した詩は第一詩集に収められている作品で、著者40歳頃の作品と推察できます。まだまだ世の中は「男針」の時代で、それは現在でも基本的には変っていませんけど、今よりも男女差別が激しかった頃です。「女針が一回転しているのに/男針は一めもりしか動かない」というフレーズに端的に現れていますね。

 そんな男社会への挑戦とも云える詩集『女の戦い』は、21世紀の現在を創った礎と言っても過言ではないでしょう。しかし、すでに作品で指摘しているように「いつもどなるひびきは/戦火をふくんでいる」のは現在でも変っていない、いや、むしろ激しくなっていると云えるでしょう。そんな歴史的な背景までも見えてくる詩集です。



詩とエッセイ誌『樹音』48号
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2004.10.1
奈良県奈良市
樹音詩社・森ちふく氏 発行
400円
 

    めだか    中谷あつ子

   ここにも
   ここにも
   目ばかり存在して

   ひろい
   水槽のなかで

   右往 左往
   ぶつかりあって 驚く ことを
   憶える

   藻のなかの
   すきま すきまを
   かいくぐり
   かいくぐるごとに 大きくなり
   形が見えてくる

   ちいちゃくても さかな
   透明な からだに
   赤色ましてきた
   深さも
   広さも
   ものたりない 窮屈さ

   カップ ラーメンのうつわでは
   もうすこし いい物に
   移し替えよう
   泳ぎ上手に なるだろう

   目ばかりのこの魚
   隣の金魚みつめては
   夢ふくらますばかり

 「めだか」は本当に「目ばかり」の「存在」ですね。「右往 左往/ぶつかりあって 驚く」というフレーズとともに、よく見ているなと思います。それにしても「カップ ラーメンのうつわでは」では可哀そうですね。「もうすこし いい物に/移し替え」てやってほしいものです。
 「隣の金魚みつめて」「夢ふくらま」せても、めだかはめだか。私などはそう割り切ってしまうのですが、作者には優しい眼差しがあるようです。そんな作者に見守られる「めだか」は幸せだなと感じた作品です。




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