きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
     
 
 
 
「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.11.11(木)

 JQAによるISO9001の審査も今日が最終日。結局、私の担当品種への調査は無く、準備したものは無駄になりましたけど、まあ、良かったなというのが正直な気持です。
 そんなことがあったせいか、久しぶりに胃潰瘍で苦しみました。朝、出掛けに胸が痛くなり10分ほどソファで横になって、会社に行けないかと思いましたけどね、なんとか頑張りました。こういう時に頑張らないで休むのがマニュアルなんでしょうが、今日は敵前逃亡になるなぁ(^^; しばらく身体を労わりながら働きます。



季刊詩誌『新怪魚』93号
    shikaigyo 93.JPG    
 
 
 
 
2004.10.1
和歌山県和歌山市
くりすたきじ氏方・新怪魚の会 発行
500円
 

    ヘルメットを置く日    水間敦隆

   旋盤工として最後の日 終業五分前のベルが鳴り渡る
   機械 油圧 コンベアー 換気扇のスイッチを切る モ
   ーターがベルトの音を引きずり か細く消えてゆく バ
   イト
※1使い馴染んだ工具と測定器を台に揃えて 足回り
   を丁寧に掃くと ヘルメットと手袋を脱いだ

   曾てそこは鉄骨にスレート張りの黔ずんだ工場だった
   一台ずつ大小の旋盤に 八十人程の職人が油煙と金属音
   の交錯する中 手送りや自動送りを自在に操り黙々と努
   めていた そこが私の配属された職場だった 高度成長
   期に生産に追われ 昼夜二交替で週六日の八時間勤務に
   残業 鋼鉄の塊を削り 造る喜びをグラフに笑顔の渦が
   あった やがて とてつもない力で工場も拡張され 最
   新のNC旋盤
※2が入り 一人で五台を受け持つラインがひ
   かれた 生産が軌道に乗ると多くの職人が持ち場を失い
   
 配転が始まった 懊悩を刻み去る者 残る者と岨路(そばじ)
   歩き 仲間の減った現場で勤め上げた長い年月

   送る会の行われる通路には 区の十八人が円陣の形に集
   まっていた 高い天井の梁から2、8トンの走行クレー
   ン二台がフックを静止させている 私は花束を抱え挨拶
   を促された 一瞬胸が熱く起立し 想念が意識の中で混
   濁してきた 思いのたけを言葉少なく述べると 缶ジュ
   ースを手にした乾杯に ねぎらいの声があがる 語らい
   を終え 別れの時がきた 顔と声と手を 鉄の匂いを鼻
   孔に 旋盤の立ち並ぶ現場に目を走らせ 浴びる拍手に
   頭を下げながら踵を反した

   帰路は工場の正門から屋根の避雷針を目の端に 棟が遠
   切れるまでアクセルを柔らかく踏んだ 秋の日暮に遠く
   尾根は赤紫に残照をひき 川沿いの何時もの走り去る風
   景に 出会った仲間との記憶が細切れに浮かび ハンド
   ルを握る手元に 胸をしぼりあげるような震えがジンジ
   ン伝わってきた

            
※1 旋盤で用いられる切削用の刃物
            
※2 動きを数値で制御された自動旋盤

 定年退職の日を描いた作品ですが、作者の感情がよく伝わってきます。私もあと5年ほどで定年になりますから、より伝わってくるのかもしれません。
 旋盤は工作室にある小さなものを何度か使った経験しかありませんが、確かに「鋼鉄の塊を削り 造る喜び」はありますね。他社の「鉄骨にスレート張りの黔ずんだ工場」には検収で行き来していましたから「最新のNC旋盤」が導入されたときの驚きは今でも覚えています。日本の「高度成長期」を支えた「旋盤工」にして詩人の、貴重な証言だと思います。



柏木勇一氏詩集『擬態』
    gitai.JPG    
 
 
 
 
2004.10.31
東京都新宿区
思潮社刊
2200円+税
 

    夏日

   胸の奥深く
   幾重にも折りたたまれた白地図を抱いて
   わたしたちは生まれた
   限りある一枚また一枚
   いのちの皮膚をはぎ
   喜びと鳴咽を繰り返す

   比喩ではなく
   海底に沈む一枚の変色した地図が
   黒い衣装を着て現れる日がある
   例えばきのうの夏日

   昭和六年九月作製
   満州事変拡大経路地図
   関東軍司令部の大きな旗印を散りばめ
   旅順、奉天、
   そして開原、海龍、長春、吉林、ハルビン、海林、
   遠く北西の満州里まで太く矢印は続くが
   通化はない
   「陸軍一等兵柏木嘉兵衛
   昭和二十年十二月二日
   通化野戦病院にて死す」
   一通の書状を
   祖母が読み
   母は捨てた
   その通化がない

   一等兵に問う
   自分の場所をあなたは知ろうとしたのか
   眠りについたその場所を
   息子の名、人々の名のように
   その土地の名を

   赤茶けて折り目から破れはじめたその地図をたたみ
   抽斗の奥に鎮める
   あの炎天
   あの極寒から遠ざけるために
   その幻の場所を幻として

 詩集は四部構成になっていて、紹介した詩は戦争をモチーフとした「T」の中に収められている作品です。「陸軍一等兵柏木嘉兵衛」は著者の父上と見てよいでしょう。「通化野戦病院にて」亡くなったにもかかわらず「その通化がない」怒りが静かに語られています。
 遺族の哀しみは最終連によく現されていると云えるでしょう。特に「その幻の場所を幻として」というフレーズには感銘を受けました。日本の庶民が負ってきた犠牲を静かに告発している作品だと思いました。




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