きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
     
 
 
 
「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.11.22(月)

 仮に今日、休暇がとれたとすると4日連休になったのですが、まあ、無理ですね。数十名の課員の中でもそんな幸運に恵まれたのは3人ほど。職場によっても違いがありますけど、私たちのような三交替の製造現場のスタッフ部門では無理なことです。日々生産される商品の出荷保証は日々やらないと間に合いません。それに、こんな日に限って会議が入るものです。
 グチを言えるというのは、ある意味では幸せなのかもしれません。減産の職場は落ち込んでいるだろうし、定年退職したら毎日が休日ですからね。私も定年までは5年弱になりました。4日連休といわず365日連休が実現するまでがんばりましょう。



佐川亜紀氏詩集『返信』
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21世紀詩人叢書・第U期2
2004.11.30
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
2000円+税
 

    千の種

   風船に花の種を付けて
   千人の子供たちが
   いっせいに空に放った
   テレビの一こま
   空の果てしない川に
   夢の鮭の産みたての卵があふれ
   命の鼓動が透けている
   気流に押されながら
   雲のパレットに
   光る色たちが飛び散り未来を点描する
   千の魂が解かれて遊ぶ

   風船の爆弾 蝶の地雷
   地球を幾度も破壊する原水爆
   原水爆の計算のため進化したコンピューター
   コンピューターは希望にアクセスできる?
   光の通信が驚くほど速くても
   闇のつぶやきが聞き取れない

   ひからびた地球の片隅にも
   憎しみがこびりついた地にも
   花の香りを届けたい千の願いの種
   かすれがちな命の源の願いが
   繰り返し芽吹くように 高く 高く 放たれて

 あとがきによると11年ぶりの詩集だそうです。紹介した作品は巻頭詩ですが、さすがに巧いと思いましたね。放たれた風船が「空の果てしない川」になって「夢の鮭の産みたての卵があふれ」ている、「雲のパレットに/光る色たちが飛び散」っているという美しいイメージはなかなか書けるものではありません。
 第2連では一転して「風船の爆弾 蝶の地雷」になり「コンピューター」の話になり、「光」と「闇」の対比も見事だと思います。そして最終連では再び「千の願いの種」に戻り「かすれがちな命の源の願い」をうたう。構成も技巧も、人間の歴史を見つめる眼も鮮やかな秀作だと思いました。

 他に、長編「鶴見」、朝鮮語に題材を採った「馬」・「りんご人」、地に埋もれている側の虹を描いた「黒い虹」、詩の本質を問う「家電」、タイトルポエムの「返信」など佐川詩の魅力に満ちた詩集です。神奈川の若手を代表する詩人の作品集、ご一読をお薦めします。



島田陽子氏詩集『帯に恨みは』
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2004.11.25
大阪市北区
編集工房ノア刊
2000円+税
 

    帯に恨みは……
           
やり ごんざかさねかたびら
      ――文楽「鑓の権三重唯子」

   切子燈籠に灯がともり
   鐘 太鼓 三味線
   囃しに浮かれ 囃しのままに
   踊り子たちが町を流してゆく
   伏見京橋 盆の夜
    京ヘナ、京へ上らば島原祇園、
     唄へさはげや、さはげや唄へ  

     あとのナ、あとの払ひが辛ろござる

   嫉妬深いおさゐにかてあとの責めは辛かろう
   自らの想いを伏せ
   娘の婿と見こんだ権三
   いい交わした女がいると知って
   からだじゅうをかけめぐる黒い血
   まがまがしい焔にあぶられ
   身を焼く脂したたって
   権三の帯に手をかける

   一廻り年下の権三も不運
    <油壷から出すやうな   

     しんとろとろりと見とれる男>
   浮気上手のはずが
   好いてもいない女の帯に巻きこまれ
   妻敵
(めがたき)と狙われるやなんて

   河原は血に染まっても
   橋には踊り子の姿が戻る
   わが身無事なら事もなし
   囃しに浮かれ 囃しのままに
   踊りあかす人の影

   なんでこんなことに……
   無念の声 無常の風
   <煩悩即菩提>とは思えぬものを

      
*浄瑠璃より

 あとがきによると著者は古典芸能を観るようになって13年、薪能のプログラムに書いた作品などを集めたのが本詩集だそうです。紹介した作品はタイトルポエムですが、浅学にして「鑓の権三」の名は知っているものの観たことはありません。この次の頁に「帯」と題する作品が収録されていて、同じ「鑓の権三重唯子」について書かれていますから、そこでようやく全体像が判るというていたらく。日本人として恥かしい次第です。

 それはそれとして「あとのナ、あとの払ひが辛ろござる」は笑えますね。身に覚えがあります(^^; 「わが身無事なら事もなし」というフレーズも人間の本質を言い当てているなと思います。観劇は無理としても、手始めにTVの古典芸能ぐらいは観ないといけないなと感じさせられた詩集です。



月刊詩誌『柵』216号
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2004.11.20
大阪府豊能郡能勢町
詩画工房・志賀英夫氏 発行
600円
 

    白椿    中原道夫

   それは郊外の
   小さな街の小さな駅で

   行き先を告げると
   タクシーは目的地のわが家へ
   まっしぐらに走った

   昔はこの辺り
   すべて茶畑と桑畑だったが
   ずいぶんと人も風景も変わったものだ

   左に曲がってすぐ
   それからすぐ右へ曲がって

   即座に動く応答とハンドル捌き
   なんと気分のいいドライバーなのだろう

   ――これ、家に咲いたものですが

   目的地の玄関先で
   ドライバーの差し出す一輪の白椿

   梯子酒が効いてはいるが
   それをふき消すような白い花

   砂挨の立つ土地なのに
   なぜか夜風がすがすがしい

   ――そうだ、家にも自椿を植えよう

   ドアーを開けると
   どうしたことか
   酔っぱらいのぼくに
   妻が白椿のように微笑んだ

 微笑ましくなる作品ですね。「梯子酒が効いて」「左に曲がってすぐ/それからすぐ右へ曲がって」とタクシードライバーに言いながら帰宅することも多く、確かに「なんと気分のいいドライバーなのだろう」と思うこともありますけど、「ドライバーの差し出す一輪の白椿」なんて経験はありません。いい土地柄なんでしょうね。
 最終連が見事で、うらやましい限りです。これも「白椿」のお陰でしょうか。こころ温まる作品を拝読しました。



文芸同人誌『青灯』54号
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2004.11.1
名古屋市千種区
亀沢深雪氏方・青灯の会 発行
600円
 

    天国秋天    尾関忠雄

   男の背中に彫られた刺青
   イラダチ
   イカリ
   イキドオリ
   激しい感情の表現

   女の胸に彫られた刺青
   ヒレン
   ヒジョウ
   ヒウン
   歪んだ心の襞の裏側

   刺青の男と女の情交
   ひっそりと静まった
   油紙の部屋
   スルスルと天井から降りてきた
   毒蜘蛛
   まるで《ここ》は天国のようだ

   庭から吊した渋柿 ふたつ
   ある種の錯覚
   柿の木から吊りさげられた
   老婆の乳房にちがいない

   十一月の秋天を迎えた頃
   刺青の男と女
   烈しく絡みながら油紙を裸躯に巻きつづけ
   《あの》天国へ飛び立とうと
   あがく

     天国からの秋天は男と女の愛憎の
     『終点』を見事に描き切ったにち
     がいない

 「秋天」を『終点』に掛けた作品ですが「刺青の男と女の情交」という凄まじさに圧倒されます。久しぶりに情念の世界を見た思いです。それが「まるで《ここ》は天国のようだ」とするのですから、作者の洞察の深さを感じます。

 今号から阿部堅磐氏が同人となった由。小説「昭
(あきら)の進学」が掲載されていました。早くに両親に死に別れ、大学進学を控えた相田昭に寄せる周囲の好意がモチーフとなっています。おそらく阿部さんの自叙伝に近いものではないかと愚考しました。多くの人に好かれる阿部堅磐という詩人の出発点を見た思いのする作品です。




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