きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
     
 
 
 
「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.12.6(月)

 明日は大腸のポリーブ検査をするというので、夕食をかなり制限されました。お粥しか食べられなかったので、ハラ減ったぁ、と騒ぎましたけど、どうにもなりません。お酒についての注意事項は無かったので、それで我慢しましたけどね(^^;
 2年ほど前にポリーブ検査をやって、小さいものを取ったのですが、その後新たに出ていないか1年後に検査することになっていたそうです。完璧に忘れていました。先日、別の用件で付属病院に行って発覚してしまいました。で、明日になったものです。若い女医さんにはガンになっているかもしれないからね、と脅されましたけど、どうなることやら…。首を洗って臨みます。



杜みち子氏詩集『象の時間』
    zou no jikan.JPG    
 
 
 
 
2004.10.15
東京都豊島区
書肆山田刊
2500円+税
 

    象の時間

   その十二月は晴天の日が続いた
   毎日夕焼けが赫々と燃えたが
   冬至の日は朝から寒かった
   鍋にしようと 白菜 ねぎ 春菊 推茸
   しらたき 大根 お豆腐 鶏がら などを買い求めた
   それと柚子を二つ 一つはお風呂用に

   帰り道 象に出会った
   久しぶりだった
   夕焼け空に小山のようなシルエットで
   強い臭いがしたので顔を見なくてもそれとわかった
    ―お ひ さ し ぶ り
   と象は言い
   握手の代わりに鼻でそっと私の肩に触った
   その臭いにくらくらした
   しばらく入浴していないらしい

   象を風呂に入れると
   家中が洪水のように水浸しになったことを思い出した
   何年も前 彼がこんなに大きくなかった頃
   私は象と暮らしていた

   顔を見上げて驚いた
    ―ずいぶん皺が増えたのね
   けれど 目は同じだった
   深く 強い目
   遠くも近くも同時に見られる
   不思議な目
   古いぶなの樹のような皮膚
   足をすこうし引き摺っている

    ―と お く か ら き た ん だ
   象はいつだって遠くから来るもんだ
   近くに象が住んでいるのを見たことがないもの
    ―お な か が す い た
   彼の大きな胃袋を一杯にするために
   何回も財布の底をはたいたものだった

    ―少し痩せたほうがいいんじゃない?
   大量の野菜を買うのにうんざりして
   私はよく言った
   お金も大変だったけれど
   重くて運んで帰るのも一苦労だった
   私はペイパードライバーなので

    ―あんたを家に入れられないわよ この前あんたを外に出すとき壁をこわさ
     なきゃならなかった あの頃よりまた大きくなったんじゃない?
    ―は い れ る い え を み つ け る の た い へ ん だ
   ぶつぶつと象はぼやいている
   鼻をゆらゆらさせながら…

   気がつくと買い物かごの中の野菜はみんな姿を消していた
   朝食用のパンも
   鶏がらと柚子が一つだけ残っていた
    ―ゆ ず っ て あ ん ま り す き じ ゃ な い
   口を歪めて象は言うのだった

   あの頃もそうだった
   象と一緒に住んでいた頃
   家じゅうの植物はいつのまにか すべて姿を消した
   でも象はまだこんなに大きくなくって
   毎日シャワーを浴びられたので
   臭いも今ほどひどくなかった
   お客さまがいらしたときには
   物置に彼をかくした
   象なんて何処にもいません って顔ができた

   あの頃はどこの家にも
   あるべきものがきちんとあって
   ときどき あるのにないふりをしたり
   ないのにあるふりをするのが楽しかった

   けれど突然 あの日がやって釆た
   育ちすぎた象の鼻が屋根を破った…
   大きすぎる象を家のなかに隠しておけなくなった
   そうして 私は私の象と別れた
   人はいろんなふうに それぞれの象と別れるのだ

   それからもときどき 象はふいにやって釆た
   いつもおなかをすかせていた
   家中のありったけの野菜を並べると
   あっという間にたいらげて姿を消した
   たいてい 夕方とか明け方とか
   空の色が変わるときにやって来た

   振り返ると象の姿が見えない
   あれは雲の影だったのかも知れない
   風が大きな木の枝を揺らしたせいかも知れない

   柚子の香りだけ残っていた

 詩集のタイトルポエムですが、面白い作品だと思います。ちょっと長かったのですが全文を紹介してみました。「象」の喩は難しいのですが「人はいろんなふうに それぞれの象と別れるのだ」「たいてい 夕方とか明け方とか/空の色が変わるときにやって来た」などのフレーズが鍵でしょう。人生のある時期、特に若い時期に訪れて来る「大きすぎ」て「家のなかに隠しておけなくなった」ものを謂っていると云えましょう。スケールの大きな作品だと思いました。



山田春香個人誌HARUKA 181号
    haruka18 1.JPG   詩誌『石の森』別冊
大阪府交野市
交野が原ポエムKの会 発行
非売品
 

    COLOR    山田春香

   この子たちは私と同じ年に生まれた
   みんな母親から産まれた
   父親から産まれた人はきっといない
   それだけがたぶん確かなこと
   みんなが認められること(共通点)

   それから人格形成が始まっていく
   家庭とその環境で
   染まりやすい純な幼子たちは
   なんでも吸収する
   そして成長する

   ここにいる私と同じ年の子どもたちは
   核の周りの細胞の色をほとんどうめていた
   ただ、自分の一色にとどまりきれず
   または触れた全部に染まり
   混ざり合った色の子もいるけれど
   もう、あの頃の無色なんかじゃない
   「あなた何色?」なんていうことは
   プロフィールの内にはきかれないけれど
   きっと、ある(my color)
   ここはナニモナイトコロじゃないんだから

   あのうつむいている隣のコ
   態度のでかい後ろのコ
   眠っている斜めのコ
   みんな同じ年なだけ
   あとは全く違う顔
   違う性格(個性)
   違いが比べる 違いが愛する
   違いがぶつかり、協調する

   色はまだ決まらない
   まだまだ出会う多くの人に
   まだまだ白いキャンバスのなかに
   色づく経験や記憶を描いていく
   色禎せていく思い出のあと
   真新しい色だけがふくらんでゆく

 山田春香さんは来年高校を卒業する18歳で、うちの娘と「同じ年に生まれた」のですね。本年度の「―小・中・高校生の詩賞―『交野が原賞』」受賞者です。
 紹介した作品は「みんな同じ年なだけ」であるという「(共通点)」で教室に集められた「コ」たちの「COLOR」を考察していますが、なかなか佳い視点だと思います。「色はまだ決まらない」けど「真新しい色だけがふくらんでゆく」期待は伝わってきて、読んでいて思わず笑みがこぼれましたね。その感覚を出来るだけ長く持っていてもらいたいものだと思います。



井口幻太郎氏詩集『旧街道の通過する町』
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2004.11.20
神戸市灘区
摩耶出版社刊
1500円+税
 

    お香代

   スナックで飲んでいると
   灯油で焼身自殺を計ったお香代の話になった
   せめてガソリンだと蒸発するので
   助けられたかもしれないと
   消防士が口惜しそうに言う
                   
ひ と
   若い頃 この店にも居たことのある女性で
   僕とは三つしか歳が違わなかった
   嫁に行けるのがうれしくて
   主人は何をしていて
   二人の子持ちだということまで
   素直に教えてくれたのを思い出す

   シーズンオフのぶどう園の駐車場
   どうして あんな場所を選んだのでしょうね
   これから薄気味悪くて 行けなくなるわ
   ママが嫌な顔をする

   主人に愛人がいたことも
   カラオケで知り合った男に
   お香代が貢いでいたことも
   それで借金が嵩んだことも
   皆がそう言うんだから
   そのとおりかもしれない
   でも僕は知っている
   そこは 結婚を諦めていたお香代が
   主人になる人と
   初めて結ばれた場所であったことを
   お香代はあの日
   そんなことまで話してくれたのだ
   うれしくて

 略歴によると著者は兵庫県三木市に生れて現在も家業を営みながらお住まいになっている方で、私より一つ年上のようです。詩集全体を通して同時代を生きているなと感じました。市井の人に徹して「
旧街道の通過する町」に住みながら人々と交歓する姿が、詩情豊かに人間味あふれて表出していました。
 紹介した作品にもそんな著者の姿勢が好く出ていると思います。どこにでもある「
スナック」のどこにでもいる「お香代」という人間を描き切った作品と云えましょう。思わず胸が熱くなった作品です。



詩・小説・エッセー誌『青い花』
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2004.11.20
東京都東村山市
青い花社・丸地 守氏 発行
500円
 

    約束    北川朱実

   道ばたの草が濃くなる方へと歩いていって
   その人と小さな家を建てた

   エンピツ描きのようなうすい屋根に
   釘を打つとき
   ――釘のあたまを残しておいて
     抜くときにラクだから
   とその人は言った

   ほどかなければならない荷物を
   ほどくことも忘れるほどたのしい日々が続くと
   きまって酢の物を作ったけれど
   はげしい酸っぱさにその人が顔をゆがめるたびに
   まあたらしい家はグラグラと揺れるのだった

   一日を山折りにし
   谷折りにして小さくたたむたびに
   窓ガラスは割れ

   その人は
   とれたてのジャガイモを連結させた列車に乗り
   誰も渡ったことのない橋を渡っていなくなった

   その人と暮らした部屋の釘を
   いっぽんいっぽん抜くたびに
   川から大きな鱒がはね上がり

   遠い復讐のように空に美しい虹がかかった

   おとつい その人が死んで
   一艘の丸木舟みたいな柩に釘を打った
   指の先を血で染めながら

   私はやさしいか?
   問いながら
   この世にすこしあたまを残す

 第1連の「道ばたの草が濃くなる方へと歩いていって」というフレーズのように面白い詩句に満ちているのですが、なかなか難しい作品だと思います。「その人は」「誰も渡ったことのない橋を渡っていなくなった」、「おとつい その人が死んで」という解釈が私には難しかったですね。単純な死とは思えず、自己の崩壊のような喩として捉えました。
 「遠い復讐のように空に美しい虹がかかった」は好いフレーズだと思います。後世に遺りそうな詩句です。「――釘のあたまを残しておいて」と「この世にすこしあたまを残す」も見事に呼応していて、秀作だと思った作品です。




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