きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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「モンガラ カワハギ」
新井克彦画
 
 

2004.12.24(金)

 仕事が終って、今年最後の金曜呑み会に出掛けました。今日は「丹沢山・純米」を呑みました。「丹沢山」は、この地方ではポピュラーな地酒で、値段の割には美味しいので私も好きなんですが、先日、出入りの庭師から「純米」を紹介されました。店にたまたまあったので呑んでみましたけど、今までの「丹沢山」より旨かったですね。純米はコッテリし過ぎていて、実はあまり好きではないんですが、これは違いました。純米にしてはスッキリしていて呑みやすいんです。本当に日本酒って奥が深いと思います。もっと勉強しなきゃあ(^^;



入田一慧氏詩集『花郎 ―Faran
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2004.5.1
東京都東村山市
書肆青樹社刊
2200円+税
 

    バタフライパワー
    巣立つ若者達へ

   一羽の蝶がおだやかに
   あたりを見渡していた
   色彩は強烈な緑色の世界
   そう
   そこはジャングル
   人のけはいはなく
   一羽のその小さな蝶が
   羽ばたくと
   そこに
   とても小さな風が生まれた

   生まれたての小さな風は
   木の葉をするっとなでて
   隣の木の葉まで動かす
   優美な蝶の羽ばたきでさえ
   大気中のエネルギーのスイッチになることが
   あると
   想像してみたら
   くらくらするほど
   蝶がまぶしく思える
   だって大気中のエネルギーの変化で
   水蒸気が
   雨や雪や台風になる
   しかもそれが
   ジャングルの裏側の世界へ
   届くこともある

   バタフライパワー

   彼ら三人は
   この地で四年間学びつつ
   ボランティアの芽を大切に育てていた
   自分達の心の芽と
   後輩のための芽と
   決して派手ではない
   けれど
   一羽の蝶の
   羽ばたきがもたらす可能性を
   巣立つ彼らの瞳の中に見た
   たくさんの人と知り合えたこと
   自分のやりたいことが見つけられたこと
   大きな声で話が出来るようになったこと
   語る彼らから
   すがすがしい風が流れる

 著者の第一詩集です。紹介した詩は詩集の中では異質な部類になると思いますが、感性の細やかさと想像力の豊かさに驚いた作品です。「バタフライパワー」という言葉が一般的かどうかは浅学にして知らないのですが、いい言葉ですね。それが「生まれたての小さな風は/木の葉をするっとなでて/隣の木の葉まで動かす」というフレーズに由来するのだとしたら、何と素晴らしい言葉だろうと思います。「優美な蝶の羽ばたきでさえ/大気中のエネルギーのスイッチになることが/ある」というのは理論的には合っている話で納得できます。その小さなエネルギーの持つ意味を「巣立つ若者達」へと結びつけたのは見事だと思います。
 いい詩集に出会いました。今後のご活躍を期待しています。



詩誌『黒衣』44号 <最終号>
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2004.11.10
栃木県矢板市
鈴木芳子氏方・黒衣の会 発行
非売品
 

    蚯蚓の意志    入田一慧

   そりゃあ
   土が悪いと
   腐葉土を施し
   肥料を足したこともあるだろうけど
   関東ローム層の上にも
   黒土が積もっている

   ぷるんぷるんの蚯蚓の小さな一生
   土を
   食べて
   糞を出して
   蘇芳色の生命が
   かきまわし
   耕し
   黒土は生まれる

   四億年前の蚯蚓の化石もあるというのに
   わずか半年
   私の蚯蚓は
   働きもしないで
   周りに汗の粒を吹き出して
   消えようともがいているのか
   それは
   宿主の
   預かり知らぬところだ

 「蚯蚓」「蚯蚓の意志」の2編が収録されていますが、ここでは後者を紹介しています。最終連の「わずか半年/私の蚯蚓は/働きもしないで」というところが判りづらいのですけど、前者に「女の胸には一匹/蚯蚓がいる」というフレーズがあって、それを受けているのだと思います。しかし独立した作品として読んでも良いのではないかとも思っています。「私の蚯蚓」は前者でも解釈が難しいですけどね。私は感性の喩として捉えてみました。



詩と評論・隔月刊誌『漉林』123号
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2005.2.1
東京都足立区
漉林書房・田川紀久雄氏 発行
800円+税
 

    昔の人    青山博明

   何年ぶりかで
   あなたの声を聞いた
   端正な顔立ちは
   昔とほとんど変わることはない
   携帯電話を気にしながらも
   なごやかに世間話をする
   あなたによって満たされたのは
   すでに昔の話だ

   昔の人は
   私を過去の旅へと誘う
   まだ終わらない旅の途中で
   生きにくい時代の話を語り続ける
   でも旅に出るに私は歳を取りすぎた
   もし明日
   あなたがそばにいて
   同じ暮らしがあるというのなら
   別れればいい
   同じ痛い目に遭いたくないから
   そう
   久しぶりに会えば
   いつだって
   こうしてにこやかに会話はできる

 いい視点の作品だと思います。「あなたによって満たされたのは/すでに昔の話だ」、「久しぶりに会えば/いつだって/こうしてにこやかに会話はできる」というのは誰にでもあることかもしれませんね。そして「同じ痛い目に遭いたくない」と思って昔の轍は踏まない。そうやって人間は「歳を取りすぎ」ていくのでしょう。諦めでもない、希望でもない再開。意外と気づかないところに焦点を当てたさくひんだと思いました。




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