きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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「唐辛子」
2004.11.13
自宅裏畑にて
 

2005.1.30(日)

 昨日は午後から小田原に行って、アオキ画廊でやっている西さがみ文芸愛好会の文芸展を見てきました。私も初めて出品させてもらいましたから、まるっきり顔をださないというわけにはいかないだろうと思って、池袋に行く前に寄ってみたのです。会場が狭いですから、10人もお客さんがいればいっぱいになってしまうところに、4〜5人。まあ、マイナーな割には盛況というところですかね。昨日の神奈川新聞に紹介されていましたから、そのせいがあるのかもしれません。

 夜は詩誌『波』の新年会が池袋であり、したたかに呑みました。『波』は水島美津江さんの個人詩誌ですが、いろいろな人に書く場所として提供していますから、こういうイベントをやるとすぐに人が集まってくれます。「パセラ」というカラオケ屋でやりましたけど、当初予定の16名に、飛入りが2名加わって、辛うじて座れるという盛況でした。詩の朗読をやったりカラオケをしたりで、楽しませてもらいました。詩誌『地球』の例会司会をしていたというささきひろしさんは遅れて参加。その手にはしっかりと「國稀」の一升瓶。先週に引き続いて北海道・増毛の地酒を堪能させてもらいました。

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 写真は水島さんを囲む中堅詩人たち、というところですね。21時の終了予定でしたが盛り上がってしまい、30分延長しました。私は近くの「スタープラザ池袋」という処を確保していましたから、余裕で呑み続けました。ホテルはシングルでしたがセミダブルのベッド、角部屋で良かったです。7350円も安い。インターネットも繋ぎ放題ですが、さすがにパソコンは持って行きませんでした。

 そんなわけで帰る心配が無かったので、葵生川さんを誘って、池袋小劇場近くの「島唄」という店で呑み続けました。泡盛1本はさすがに空けられませんでしたけど0時近くまで呑んでいたかなぁ。したたかに酔って、ホテルに戻って服を脱いだところまでは覚えていましたが、あとは爆睡。葵生川さん、ご迷惑をお掛けしたかもしれませんね、ごめんなさい。でも、楽しい池袋の夜でしたよ。



柳田光紀氏エッセイ集『大連好日』
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日本未来派叢書Y
2004.12.20
東京都練馬区
日本未来派刊
1600円
 

    古城風韻

   太陽の沈む砂漠のオアシスで
   ひとりの姑娘
(クーニャン)に出逢う
   なんというお伽噺のような出逢いだろう
   お互いの微笑
(ほほえ)みが分かり合えるとは
   ぼくたちは砂漠の街を歩き
   清冽な泉のほとりで語り合った
   高貴な香水瓶から立ち昇ることばで
   純粋な微笑の意味を

   こんな遠い地の果てで
   ギリシャ彫刻のヴィナスのような
   姑娘は
   うっとりと
   碧玉のような瞳で
   日本の国を夢見ている
   そうして
   日本の古い都
   明日香の風に吹かれて立つ采女
(うねめ)のように
   紺青の空の下
   高昌古城の廃墟に立って
   滅びた時代の
   匂いをまといながら
   昔物語を話してくれた
   古城の礎石に立っていると
   八月の光と風の中の廃墟は
   千古の空気が
   かわいていた

 1983年から2年間、大連の外国語大学に日本語講師として派遣されていたときを主としたエッセイ集です。中国政府の招聘ですからVIP並みの待遇を受けていたようですが、時は文革が終って間もない頃。今のようにパック・ツアーが出来る時代ではなく、中国国内の旅行も大変だったようです。紹介した作品は日本から奥様を呼び寄せて、シルクロードを二人だけで旅したときのものです。「姑娘」はそのときのガイド嬢で、「お伽噺のような出逢い」を佳く描いていると思います。最後の「千古の空気が/かわいていた」というフレーズもシルクロードの歴史と気候を端的に表現していると思います。中国ばやりの昨今ですが、1980年代という一味違った中国を知る好著と云えましょう。



詩誌『サライ』3号
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2005.1.30
栃木県宇都宮市
金敷善由氏方・サライ Poem & Speech 発行
非売品
 

    産着    菊地礼子

   生れたての赤ん妨のために
   祖母がとりよせた二枚重ねの産着は
   母によって七五三の祝着に仕立てられて
   半世紀余の年月を静かに越えて今再び女のもとにもどっ
   てきた

   部屋の中にうち広げると
   そこには 女の子の誕生を祝いたいと
   あらん限りの美しい色と形が描かれている
   赤い糸で綴られた檜扇
   花をのせた舞扇
   なぜか扇はどれもいっぱいに開かれて 
みす
   美しい姫を乗せているであろう御所車の御簾の下からは
   あざやかな衣の端がこぼれている
   丸い大きな手毯の上にも
   桃色と黄色のむらくもの上にも
   ところせましと咲き競ういろとりどりの花花
   それらをつないでいるぬけるような空の青

   けれども布地の図柄は 何かの意味をなそうとはしてい
   ない          
みどりご
   ただあふれる希望と愛で 嬰児を包もうとしている
   とりわけきわだつ空色は 無心にねむる嬰児の頭上に高
   く広がる無限の宇宙へと続いている

   陽光を遮って 祖母や母が顔をのぞかせる
   まあ かわいらしいおめめだこと
   あらあら 小さなもみじのようなおててね
   ほら うぶ毛がこんなにもやわらかい
   祖母たちのことば そして笑い声が
   あたりにこだまして 金粉のようにきらきらと漂ってい
   る

   布を染め 布を仕立てた人たち
   もうこの世に居ない人々の
   たくさんのことば たくさんのまなざしが
   ものごころつくまでの無意識の海の中へ
   絶え間なく注がれて
   赤ん坊は育ちつづける

   それがなくて どうして人が成長することなどできよう
   か

   花園に降りたったかのような産着を抱きしめて 女は泣
   いた
   果てしない海の波のうねりのなかで
   ひたすらにゆすられながら

 「それがなくて どうして人が成長することなどできよう/か」という連が強烈な印象で迫ってくる作品です。女たちから女たちへと引継がれる「産着」の持つ意味が、現代では無くなってしまったのではないか、とも考えさせられました。「もうこの世に居ない人々の/たくさんのことば たくさんのまなざしが/ものごころつくまでの無意識の海の中へ/絶え間なく注がれて/赤ん坊は育ちつづける」ものなのに、断絶した家族のいかに多いことか…。自戒も含めて考えしまいました。






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