きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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桜(春めき)
2005.3.25
神奈川県南足柄市・春木径にて
 

2005.4.16(土)

 午前中、裏の畑を耕しました。小さな耕耘機で1時間ほど。60坪ほどですから簡単なんですが、私が慣れてきたせいもあると思います。4、5年前に義母から頼まれて耕したときは、生れて初めてということもあって2時間以上かかっていたのではないかと思います。それが1時間ほどでこなせるようになったんですからね…。でも、4、5年かけてやっと、という見方も出来るわな(^^;




岡 隆夫氏詩集『ぶどう園崩落』
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2005.4.20
東京都東村山市
書肆青樹社刊
2400円+税
 

   第一楽章 ワインにはまる
     1 ワインのつぶやき 12
     2 サンテミリヨン 14
     3 濁り酒と培養酵母 16
     4 シャトー・マルゴー 18
     5 ノアの酒づくり 20
     6 カベルネ・ソーヴィニヨン 22
     7 ゲヴルツトゥラミナー 24
     8 傾ぐ「郵便配達夫」 26
     9 晴れの国おかやま 28
    10 ワイン・パーティー 30

   第二楽章 ぶどうの風土
    11 シェラ・ネバダ―カリフォルニア― 34
    12 シェラ・ネバダ―スペイン― 36
    13 桃太郎 38
    14 峠の小園 40
    15 メルローの剪定 44
    16 ぶどうの根の先 46
    17 ぶどうを干す 48
    18 臙脂のレーズン 50
    19 干しあげる 52
    20 巨峰の末期 54

   第三楽章 ぶどう園崩落
    21 烈風とミズスマシ 58
    22 虎落る 60
    23 棚がたおれ 62
    24 暗雲 64
    25 恐うてかった 66
    26 ノアの洪水 68
    28 農協が倒れ 70
    29 銀行がつぶれ 72
    30 園は森にきえ 74
    31 蜘蛛が巣をかけ 76
    32 黒い血 78
    33 九泉のくらし 80
    34 青ぐろい血 82
    35 血の海 84
    36 地名は 86

   第四楽章 ぶどうを作る
    36 盗む 90
    37 なぞる 92
    38 猿まね 94
    39 敷き写し 96
    40 剽窃 98
    41 スミチオン 100
    42 ブドウ糖 102
    43 馬乳葡萄 104
    44 捨てる神あれば 106
    45 ぶどうの花 108
      あとがき 110


    26 ノアの洪水

   峠をこえた瀬戸内の浜辺では 百歳のおばあさんも
    見たことのない磯振
(いそふり)1が 鬼瓦から雁振(がんぶり)までざんぶり襲い
     浦磯の家また家を その裏手旧道の家また家を
      網も車も乳母車も一切合財水に浸し 壁土を落とし

       カリブ海とフロリダでは ハリケーン・チャーリー・
        フランシス・アイバン・ジーンが襲い 家屋も家財も
         天空たかく撒きちらし グレープフルーツ畑を投げとばし

          キャデラック・柘(つげ)の植え込み・広告塔までとっぷり浸し
         目に見えるものは サイコロ状のビルと椰子のみ―
        ノアの洪水かくの如しと インド洋は巨大ツナミがすべてを流し
2
       中越の山古志村では人も家も黄金の鯉までも土石に埋もれダムに呑まれ

               家内もわたしも腰を折られ
                ぶどう園が遠ざかり
                 ぶどう園が森の方へと去ってゆき

    1 台風十六号。
    2 バンダアチェの繁華街を逆流する長蛇の瓦礫は、バグダッドに注ぎ込まれた果てしない武器弾薬を
      想わせる。

 詩集タイトルの通り、昨年の台風によって「ぶどう園崩落」が起きたことを作品にしたものが中心になっています。「ぶどう園が森の方へと去ってゆき」という最終行に無念が集約されていると思います。しかし、そんな中でも註2で「バグダッドに注ぎ込まれた果てしない武器弾薬」に言及するところはさすがです。詩人としての自らの生き方を問い、その回答として提示した詩集と云えましょう。
 なお、目次「44 捨てる神あれば」でも察せらると思いますが、現在、手助けをしてくれる人が現れて、再建しつつあるようです。



個人誌『愚羊・詩通信』8号
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詩集 無限抱擁
2005.5.5
東京都葛飾区
森 徳治氏 発行
非売品
 

   咀嚼        ・・ 2
   唇         ・・ 6
   蝶を追う      ・・ 8
   頬         ・・10
   串刺し       ・・12
   花瓶        ・・14
   書の手       ・・16
   面会        ・・18
   無限抱擁      ・・20
   眼 あるいは共似牲 ・・22
   指         ・・24
   手         ・・26
   犬         ・・28
   自画像       ・・32
   微笑・裸婦・好日  ・・34
   後記        ・・36


    好日

   空は愛と怨みを吹き払ったように澄み渡り
   小鳥が一羽
   黒い点になって漂っている
   今日は 交通事故ゼロ
   銀行強盗は覆面をはずして恥じ入り
   人々はゆったり街を歩いている
   私は心を満たされ
   街から村へ通じる橋を渉る
   川はおだやかに流れ
   桃色のさざんかの花は
   白色のふちどりもういういしく
   何もかも階調を奏でる中
   私は天に呼びかける
   神さま
   私が私のことを思わなくなり
   我執が消え 私がからっぽになり
   すべてを終えた気持で
   今日という日を終らせたまえ
   神さまはいつものように沈黙していたが
   それでも私は神を感じながら
   ゆったり歩いて村から街へ帰ってきた

 集中、最後に置かれていた作品です。ここの至るまでの詩は、目次からは読取り難いのですが、かなり悲惨な作品が多くありました。「串刺し」はバスの事故で全身骨折を負いながらも生き抜いたフリーダ・カーロというメキシコの女性画家を描き、「眼 あるいは共似牲」は、憎しみ・怯え・悲しみを伝える写真集に想を得ています。「指」は朝鮮戦争の、「手」は某国の内戦を主題にし、「犬」はチェルノブイリ原発事故といった具合です。

 それらの締め括りとして置かれたこの作品に、私は安堵を感じています。「今日は 交通事故ゼロ/銀行強盗は覆面をはずして恥じ入り/人々はゆったり街を歩いている」のは、日本では普通のことでなくなりつつありますけど、やはり普通≠ナありたいと思います。世界の中でそれに最も近いのが日本だと思いたい。そう感じさせる作品です。世界は問題を孕みつつ歴史を作っていますが、最後はこの詩の境地に至りたいものだと感じさせた作品です。



隔月刊誌『鰐組』209号
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2005.4.10
茨城県龍ヶ崎市
ワニ・プロダクション 発行
400円
 

   論考
    高橋 馨 エクリチエールの原点 18
   詩集評
    大家正志 福原恒雄詩集『Fノート』/雑多な関係を疾走する 07
    須永紀子 弓田弓子詩集『雪の下』/観ることは忘れないこと 08
   連載
    村嶋正浩 詩のホスピス/良い身体 良いおっぱい 13
    愛敬浩一 詩のふちで/ふりの構造 17
    山中真知子 マイ・パフューム/言葉の栖 29
   詩篇
    坂多瑩子 一枚の絵のように 02
    村嶋正浩 アジアの純真 06
    福原恒雄 一徹 04
    利岡正人 空調 16
    難波保明 梅 28
    小林尹夫 棲息17 15
    佐藤真里子 春の準備 26
    平田好輝 定年・一日目 14
    服部たく イトーヨーカ堂東久留米店 10
   今号の執筆者/作品募集 30


    一徹    福原恒雄

   歩みを舐める風に/ふるい闇に身ぐるみ剥がれて名まえを失ったも
   のらが匂いたつ。臭いわぁ、きみから聞かされたきみの傾いたまま
   の夢のように。耳に、眠る蚯蚓のぬんめりとした寝息の/乾き。天
   空が掲げた陽の眩しさが騒いでも/失ったものらの行方には届かな
   い。擬音の歯応えも交じった、なつかしい汁のしみた土埃は剥がれ
   て/脂のこびりついたいまだ曳きずる衣食を、老いた影とはいうな。
   歯茎が疼こうと地中の破れた巣から零れるものへなんとしても名ま
   えをつけたい。備忘の頁も尽きた背骨まるめた日録に/無駄よ自堕
   落よの譏り浴びるか、でも/わっ、それ天賦よ

   この小路をぬけて、また狭いがあかるい小路に出る。ゆるい坂の向
   こうは遮断されている。立入り禁止と読める帯が欠伸をころして澄
   ましこんでいる。事故の灯をつけた車のそばで/茶飯事とおなじ歩
   幅で職員の堅い鍔の帽子を被った頭が集中。法規に存在する名まえ
   の選択はそれからのこと。汚染の衣食住でひび割れた動作のせいだ
   と学者のような視野を横切ってきた男が伝えてくれる。名まえは/
   どうでもいいのです、長寿国ですから/挨拶のつもりの礼を述べる
   と、光った、事故の灯よりもきらびやかに、いったんは見えなくす
   る仕儀らしい。うっ/翳す袖口はしばらくは不動

   足跡に疲労を織るくねった通りを、ツカレタだのキズツイタだの流
   行をまねた歯並びに含嗽の水を注いで床に。眠る者は傍人の歩みに
   光にも闇にも何の為にも生きないと告げて/翌朝の火照りに昨日の
   溶けはじめた夢を貼り付ける。復員あがりの担任がおれらの栄養の
   ない痍みずを樹から毟った枹の葉で拭ってくれたのが気に入って、
   何枚かをもぎ取って持ち帰りすくない飯を握って包んだ。ついでに
   野や山やバラックの町にもころがっている懐旧担ぐと/ふっと名を
   つけたくて、野越え山越え川にはまらないように、舌に付箋をつけ
   た独り言の詰まるポケットの喉飴を/んっ、手を突っこみ握る

   チャリ、チャリと急いで子どもが塾へでも行く頃か二台ほどを避け
   ようもない路幅のまんなかに、物語シーンのようにアスファルトを
   割って出た三センチほどの緑がのぞく。やられるかなあと首垂れる
   わきを五台のチャリはまっすぐ過ぎる。緑の爪が伸びる季の吐息洩
   れ。そうか。何の為にも生きないか。生きていることを生きると塾
   の板書の読み。先人に痰唾吐かれても名まえを柔らかに欲している、
   早とちり不整脈同志よ、その肺腑よ心臓よ、失うものばかりだった
   /闇夜でも/いま叫びで壊れそうな空だから、このところは、小声
   でも続けようぜ/な、あわあわの歩みでもかまわない/臭いわなぁ

 今さら説明するまでのことではありませんが、作品中の「/」は改行の意味で、書評などで遣われる記号です。頁数の関係で引用を短くしたいときに遣います。初めから作品中に遣った例は無いと思います。この意図が成功しているかどうかは難しい判断ですが、私はこれで良かったのではないかと思っています。誰もがやっていること、しかし作品としては誰もやらなかったことをやったという意味で。そして、作品があたかも引用されたように客観的に見せるという意味で。この発想自体にまず脱帽です。

 で、作品の中身ですが、これは一筋縄ではいきません。タイトルの「一徹」、全4連が起承転結になっていること、最初と最後に「臭いわなぁ」という詩句が置かれていることがポイントだと思います。時代は敗戦直後から一気に現代。その中を「一徹」に通しているものは何かを考える、感じる必要があるでしょう。個々のフレーズのおもしろさ、例えば「名まえは/どうでもいいのです、長寿国ですから」「舌に付箋をつけた独り言の詰まるポケットの喉飴を」「そうか。何の為にも生きないか。」などに注目しても良いのですが、そこだけで騙されてはいけません。全体の醸し出す雰囲気も大事だと思っています。私には、この60年、筋の通らないことばっかりだった日本へモノ申す作品と映っています。




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