きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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桜(春めき)
2005.3.25
神奈川県南足柄市・春木径にて
 

2005.4.30(土)

 この3連休のうち1日ぐらいは休日出勤するようかな、と思っていましたがそれも無く、終日、書斎に籠ることができました。1日中、いただいた本を読んで過しました。特記事項なし(^^;




狩野敏也氏詩集『犬はつぶやく』
    inu wa tsubuyaku.JPG    
 
 
 
 
2005.4.20
東京都新宿区
里文出版刊
1800円+税
 

  T 犬地図
    犬地図(けんちず)              6
    夕焼けの犬                10
    似非(えせ)植物園             14
    言葉の生まれるとき            17
    警備主事犬                21
    冬への扉                 25
    犬の因果                 29
    受身料理店                33
    犬と皇帝                 37
    犬暦                   41
    犬曲線                  45

  U 犬と勲章
    狗頭羊肉                 52
    ある脱走                 55
    喪家(そうか)の狗(いぬ)          59
    独(ひと)り言(ご)ちる牧鴨犬(ぼくやけん)  63
    第二犬地図                67
    クレタの犬                72
    水中犬                  75
    犬も時、犬もどき             79
    汝(ユア)の卑賤(ロウネス)         84
    犬と星印(アステリスク)――註の多い風景  88
    犬と勲章                 93
    犬・残照                 97

  V わが復讐
    人非人(ひとでなし)と犬非犬(いぬでなし) 102
    わが復讐                105
    釜差アリ――いちばん下が最上等     109
    神も仏も                113
    「御(お)」のある話、ない話        116
   あとがき                 121


    警備主事犬

   犬になって何日目か、きれいに忘れた朝のことだ。
   犬の伯母≠ニいわれるほど相性のよい雪が降ってきたので、ひと
   り散歩に抜け出して               
うそぶ
   犬になった悲しみに今日も小雪が降りかかるなどと、嘯いていたら、
   とんでもないものに出食わした。
   初歩の英文和訳風にいうと、おれは何物かにまさに襲われんとする
   ところの自分を見出したのだった。
ヽヽヽ
   一目散に逃げ帰って縁側の主人に「犬殺しが来た」と報告するのと、
         
ヽヽヽヽ
   近くの食堂の出前持ちが、丼物を担いで庭先に飛び込んで来るのと、
   ほとんど同時だった。
   が、主人は珍しく食物よりもおれの言葉のほうにこだわり、犬殺
   し≠ニは何事かというのだ。
   彼によれば、このような職業名、つまり連用形中止法による動詞の
   体言化は
、すでに時代おくれの差別語(*l)で、犬殺しも今日では野生犬
   捕獲員とかいうそうな。
   「おまえも知っての通り、この種の語は末尾の母音が、すべてい
   段で終るのが特徴で、いかにも調子がよい。いくつか例を挙げてみ
   ……」。
   主人の長広舌が始りそうだったので、あわてて話を引き取り、立板
   に水、電柱に小便とばかり、おれはしゃべりまくった。
   「ええ古いところでは、糸繰り、札差し、樽拾い。笛吹き、駕籠か
   き、車曳き。馬追い、子守に相撲とり。歌よみやら歌うたい。碁打
   
ちに将棋さし。漁(すなど)り、物売り、幇間(たいこもち)。髪結い、炭焼き、出面とり。
   乃木将軍を泣かせたのは辻占売りの少年で、月給とりは鞄持ち。
   いつのまにやら女中はお手伝いさん。お≠つけさん≠ツけ、
   上下、二重におだてても今日このごろはなり手もない」。
   「さて次なるは反社会的職業群。追剥ぎ、巾着切りに空巣狙いや枕
   探し。物取りにもさまざまあるが、そいつを追うのは御用聞きに岡
   
っ引き。物騒なのは辻斬りで、凶状持ちの博突(ばくち)打ち。金棒引きや高
   利貸し、ごろつきに穀潰し。ゆきつく果ては鉦叩きやら物貰い」。
   「いや、もう たくさん」と主人が箸をあげて制した。
   「この丼を持って来た出前持ち≠ェこの種の職業名では恐らく現
   存する最後の例で、人間文化財みたいなものだ」。
   そういえば小学枚の小使いも用務員ではまだ不足で近頃では用務
   主事≠ノ格上げされたとか。
*2
   そんな話を聞いて、はしなくもおれは物欲しそうな表情を洩らして
   しまったらしい。
   「おまえは番犬だから、今日より我が家の警備主事≠ノしてやろ
   う」ともったいぶって主人は言い、そのしるしにカツ丼の一片を惜
   しそうに投げてよこした。
   どうやら彼は待遇を変えずに呼称だけを格上げして済ませる気らし
   い。
   本人は気付かぬらしいが、しかしこの家の主もたしか物書き≠ニ
   かいう高級な人種でそのくせ収入のほうは、かつて一度も出前持ち
   のそれを上回ったことがないという不思議な代物だという話ではな
   いか。
   とはいえ、犬の身にも言ってはならぬことがある。
   貧弱なカツ丼の衣とともに、おれはその悲しい灰色のタブーをゴク
   リと腹の中に呑みこんだ。

    *1 主人の示してくれた新聞記事にいわく「東京銀座のど真中、数寄屋橋交差点で、
      創立百周年をむかえたばかりのG区立T小学枚用務主事、S・Yさん(七三)が
      自転車で通行中トラックにひかれ死亡した。」(一九七八年十月七日読売新聞夕
      刊による)
    *2 たとえば一九七九年十一月二十八日付朝日新聞の記事――「人気タレント、横
      山やすしさん=摂津市一津屋=が一タクシー運転手に『かごかきやないか』な
      どと暴言をあびせた、として四十五万円の慰謝料を請求されていた訴訟の控訴
      審で、大阪高裁民事十部の黒川正昭裁判長は二十七日、『タクシー運転手をいわ
      れなくひぼう、侮辱したもので、相手に精神的苦痛を与えた』として、一審判
      決を取り消し、横山さんに十万円の支払を命じる判決を言い渡した。……」

 過去に出版した詩集の中から「犬を擬人化し、犬の目から見た人間社会の種々相を描いた作品のみを集めて新たに編んだもの(あとがき)」です。ちなみに初出一覧では次のようになっていました。

   T 詩集『夕焼けの犬』より
   U 「狗頭羊肉」より「喪家の狗」まで、詩集『飲食考』より
     「独り言ちる牧鴨犬」以下、詩集『陳麻婆豆腐店』より
   V 「神も仏も」まで、詩集『四百年の鍋』より
     『「御」のある話、ない話』、『二千二宮年の微笑』より

 紹介した作品は1980年刊の『夕焼けの犬』所収ですから、註で判りますように時代は少し古いです。しかし、内容はまったく現在です。「待遇を変えずに呼称だけを格上げして済ませる」ことは看護婦から看護師になったことでも明らかなように、この30年近く変っていません。そこがこの作品の凄いところだと思います。
 「この種の語は末尾の母音が、すべてい£iで終るのが特徴」というのも面白いですね。それに、具体例をよくもこれだけ集めたものだと思います。おそらく著者の頭の中は語彙でいっぱいなんでしょう。その語彙を詩集全部にちりばめて、読者を飽きさせない詩集です。



詩・仲間ZERO11号
    zero 11.JPG    
 
 
 
 
2005.4.30
北海道千歳市
綾部清隆氏方「ZERO」の会 発行
非売品
 

   森 れい 百年先の真実 2
   斉藤征義 ハッタルセ深潭 4
   綾部清隆 ひめくり 6


    ひめくり    綾部清隆

   薄氷をふみながら
   一枚 また いちまいと
   破り捨てる

   毎日を
   破り捨てている

   一日・・・一ケ月
   めくるせわしない手つきは
   日常を留守がちにしてしまう

   いま 私の掌のなかで
   ひめくりは抗いもなく
   破られていく
   (やぶる
   この行為は
   ときに一人歩きする
   しなやかな身のこなしで

   破るという思想の渦に
   まきこまれてしまうと
   抜け出ようとしても
   抜け出せない
   血の逆流がある

   プラスチックのような
   (生きる 抽象を
   引き裂くことのむずかしさは
   耳奥の襞にひびく
   不快な音でわかるのだが

   今朝もいきおい余って
   明日をも破ってしまった
   それも時間と一緒に
   あしたは
   手持ちぶさただ

 「ひめくり」の詩は比較的多く書かれていると思うのですが、記憶にあるそれらの詩群の中でも紹介した作品は秀逸だと云えましょう。「毎日を/破り捨てている」「日常を留守がちにしてしまう」というフレーズは佳いですね。最終連の「あしたは/手持ちぶさただ」という締めも佳いと思います。作者の日頃の真摯な生活態度まで見えてしまう作品です。



沼津の文化を語る会会報『沼声』280号
    syousei 280.JPG    
 
 
 
 
2005.5.1
静岡県沼津市
望月良夫氏 発行
年間購読料2500円
 

   巻頭言 ケチると損する 中部大学教授 角田勝彦 25
   随筆  夏草や…… 加藤恭子 26
       小鳥たちからの贈物 小倉薫子 26
       牡丹とチューリップ 金森トシエ 26
       天皇はどのようにして「国民統合の象徴」になったのか 岡田良之助 27
       鉄道高架事業 千野慎一郎 28
       川のある風景 篠原光秋 30
       建国の時代 齋藤 實 32
       <聲論>  止まり木 土井泰彦 27
       <赤富士> 北海道で会った教え子 宮治 眞 36
            函南の風物誌 久保田美香 36
            柳家小満んをかこむ会 田熊清彦 36
            新緑を楽しむ 西田誠夫 36
            新潟高校入学の春を忘れられない 渡辺好博 36
            もうひとつの「赤トンボ」 岡田良之助 36
   望月良夫執筆「敗戦の原因」読後寸感 28
       内海 滉/大岩孝平/岡田良之助/折戸善衛/河上民雄/栗山定幸
       小西輝明/齋藤 實/相良洋子/品川信良/鈴木忠雄/高田榮一
       高山 智/武田信昭/谷川 俊/角田勝彦/土井泰彦/中井久夫
       中村 清/野村菊衛/長谷川靖/平松守彦/丸山光一/峯島正行
       柳家小満ん/山本輝通/渡辺 武/渡辺弥栄司
   俳句 <沼杏>  黒田杏子 選 37
   世界文化遺産<<45>> 写真と文 浅田孝彦 38
   エッセイ 素粒子の夢 轡田隆史 40
   編集後記 40


 今号から目次を掲載します。頁ナンバーが途中から始まっているのは、前号・前々号に引き続いて、という意味です。
 <聲論>というエッセイ欄にあった土井泰彦氏「止まり木」の最後の部分を紹介してみます。

    企業が規模の大小にかかわらず国
   際化するということは、海外版の談
   合や買収、不正行為と向き合うとい
   うことも意味しているから、企業の
   最前線の人たちは、世界中のしがら
   みをかき分けて生きていかなければ
   ならない。いつか自分の所属する組織
   の防衛論ではなく、自分自身の責任と
   して大きな問題に立ち向かうことも
   出てこよう。そのときに組織に寄りか
   かり安全にみえる自分の「止まり木」
   から離れる決意も時として必要とな
   る。企業の社会的責任は建前であって、
   最終的に責任を負うのはあくまで個
   人なのだ。

 三菱自動車、三菱ふそうトラック・バス、コクド、日航の問題を踏まえての結論部分です。「企業の社会的責任は建前であって、最終的に責任を負うのはあくまで個人なのだ」という言葉は重いですね。私は直接「海外版の談合や買収、不正行為と向き合う」立場ではありませんが、担当する製品は社内での最終責任者という立場ですから、輸出入管理令やココムは常に注意しています。ですから最終的には個人の責任が問われることが理解できます。上司・会社と衝突して「『止まり木』から離れる決意も時として必要となる」場合も想定した仕事にならざるを得ません。そういうことも想定して書いている文章ですから、応援していただいている気にもなりますが、やはり、最後は個人。気持を新にさせられたエッセイです。




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