きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2005.5.7 | ||||
「榛名まほろば」にて | ||||
2005.5.23(月)
昨日の日曜日は、日本ペンクラブ電子文藝館にアップする作品の電子化をやっていました。懇意にしていただいている作家・詩人が、電子文藝館に投稿したいけど電子化ができない、ついてはお前がやれ、というもので、長いお付き合いですからね、一肌脱がせていただきました。その方は日本文藝家協会の会員でもあって、会員は協会主管の「文学者の墓」に入る資格を持っています。墓碑銘には代表作1作を刻むことになっていますが、それに刻む作品を載せたいとのことでした。ご本人がそう云うだけあって、読み応えのある短編でした。電子化するときは、あまり内容に入り込まず、淡々と文字を追うのが良いんですけど、ついつい堪能してしまいました。その短編が収められている小説集もいただいてしまったし、こういうのを役得と言うんでしょうね(^^;
○詩誌『山形詩人』49号 | ||||
2005.5.20 | ||||
山形県上山市 | ||||
木村迪夫氏 発行 | ||||
500円 | ||||
<目次>
詩●えたいのしれない季節のうた/木村迪夫 2
詩●木/平塚志信 5
詩●P.Cクリック/近江正人 8
詩●天の川/菊地隆三 10
詩●村/阿部宗一郎 13
評論●超出論あるいは世界内存在と内省
――吉野弘詩集『陽を浴びて』論/万里小路譲 17
詩●我が胸にたたまれる銀の辞書が/佐野カオリ 25
詩●関の山/高橋英司 35
詩●その宵はいつまでも/大場義宏 38
詩●古城/山田よう 40
詩●すたあと/島村圭一 44
詩●贈る言葉/高啓 46
論考●承前 風土性について
ヽ
――黒田喜夫に観る風土/大場義宏 57
後記 65
すたあと 島村圭一
散ること は 咲くこと の
剥がれることは 貼ること の
消えること は 燃えることの
沈むこと は 昇ること の
縮むこと は 膨らむことの
別れること は 会うこと の
閉じること は 開くこと の
吐くこと は 吸うこと の
乾くこと は 潤うこと の
遠ざかることは 近づくことの
怒(いか)ることは 安らぐことの
奪われることは 与えることの
疑うこと は 信じることの
濁ること は 澄むこと の
だから
産まれることは
死に逝くことの
すたあとです
なかなか面白いのですが、例えば「散ること は 咲くこと の」ではなく咲くことは散ることの≠ナはないか、と思いました。「産まれることは/死に逝くことの」が結論ですから、それに照らせば、咲いて散ることは産まれて死ぬことと順番が合っています。
しかし、そう単純なものではないなと気付きました。散ることは咲くことの前触れなんですね。輪廻と言ってみ良いかもしれません。散ることによって「すたあと」が切れる、そういう読み方も必要なのだと教わった思いです。
○個人誌『ノア』6号 | ||||
2005.5.31 | ||||
千葉県山武郡大網白里町 | ||||
伊藤ふみ氏 発行 | ||||
500円 | ||||
<目次>
詩 しづかなり…………筧槇二 4
剪定と鋏と風鈴と………大河原巌 5
ヘイヘイブギ………右近稜 6
記憶の底………伊藤ふみ 7
俳句 春の淵………魚住陽子 8
エッセイ 六十年の歳月を振り返る………内山益江 9
エッセイ 美容界に進出したコレット………遊佐礼子10
ご案内 ………13
俳句 板橋東芳寿会作品………14
エッセイ アート・ノート………望月和吉15
エッセイ 太平洋戦争のころ………今井三好16
童話 ネコのピーター………伊藤ふみ18
新刊案内 トラちゃんの旅立ち………遊佐礼子 20
闇と光………上田周二 20
愛しき女への詩………飯島研一 21
詩画 だんご坂………右近稜・伊藤ふみ 21
編集後記 ………22
記憶の底 伊藤ふみ
――一本橋――
ドンドン商店街をぬけ
お三(さん)の宮(みや)にいく途中一本(いっほん)橋がある
その橋をわたしたちはよく渡った
酔って機嫌のいい父と一緒に
一六(いちろく)地蔵さんの縁日にいく
兄も妹も弟も
ぞろりと浴衣を着て連なった
先頭の父はうれしそうだった
父は酔った勢いで気前よく小遣いをくれた
ふだん寡黙で偏屈だったが
祭りが好きな生粋の浜っ子
父は本当はにぎやかがすきだったのだ
七五三はみんな伊勢皇大神宮にいった
それがどこにあるのか知らなかった
桜に誘われ 野毛で偶然見つけた
七才のぽっくりのあやうさにのって
薄れた記憶をたぐり
そこに父と母を置いてみたが
花吹雪きが消していった
一本橋から大岡川に
七夕の笹飾りを流した
お盆のお供え物も流した
死んだニワトリも流した
わたしの子ども時代
川はゴミ箱のような役をやらされていた
大岡川はいつも暗い貌をして
Y校の裏では
川でゴミを浚って暮らしている人がいた
横浜はそんな時代をもっていたことがある
きれいに化粧をすませ
他人の貌をした横浜にであうと
嘘つき といって
つなげない手を振り払う
一本橋を渡ると
お三の宮商店街で
そのむこうは伊勢佐木町商店街で
勉強堂や有隣堂で本を買うと
歩き疲れて 帰りは
日の出町か黄金町で電車に乗った
京浜急行南太田
それがわたしたちの駅だった
一本橋のずっとむこうに
港や山下公園や元町や中華街が
お正月の顔していた時代のことだ
私の生れは北海道で、育ちは福島県いわき市、静岡県と田舎ばっかりでしたから、横浜のような大都市での記憶はありませんけど、「川はゴミ箱のような役をやらされていた」のは何処でも同じでしたね。人間が今より2割も3割も少なかった時代ですから、川も何とか持ちこたえていたのかもしれません。そういうキタナイ時代だったのです。それが今ではどんな田舎に行っても「きれいに化粧をすませ/他人の貌」になっています。それを「嘘つき といって/つなげない手を振り払う」作者の気持はよく判ります。都市と田舎という違いはあっても、同じ時代を生きてきたのだなと感じた作品です。
○個人詩誌『伏流水通信』15号 | ||||
2005.5.20 | ||||
横浜市磯子区 | ||||
うめだけんさく氏 発行 | ||||
非売品 | ||||
<目次>
詩
別 離………………………長島 三芳2
球 体…………………うめだけんさく4
悪 夢………………… 〃 5
不機嫌な春…………… 〃 5
*
フリー・スペース(14)
病む人………………………弓田 弓子1
*
<エッセイ>……………うめだけんさく6
ラテン・アメリカの作品を読んで
後 記……………………………………9
深謝受贈詩誌・詩集等…………………9
悪夢 うめだけんさく
久し振りに
空を飛んでいた
困ったことに空が暗いのだ
夢の中で何かが起こっているらしい
見えにくい空中を懸命に泳ぐ
悪夢か
彼方に浮遊しているものが見える
意識の向こう側で
足掻いているのが感じられた
救命具につなごうとして
暗い宙を飛んで行った
遠目に母を感じた
古い町の家並みが見え
懐かしさをこみ上げながら瓦屋根の上を飛び
近づこうとしても
時間の壁に阻まれているようだった
ぼくは疲れ果てて地上に降りたくなるのをこらえ
タイムスリットを試みるが
その人はますます遠ざかる
時間の壁に撥ね返され
糸瓜たわしの網の目に迷いこんだような
朝を迎えた
「瓦屋根の上を飛び」越えるほどの高さで「空を飛」ぶ夢は誰でも見るのですね。私は電信柱の中ほどですから、ちょっと志が低いのかもしれません(^^;
それも小学生の頃に見ただけですが、今でもはっきりと覚えています。不思議なものです。
最終連の「時間の壁に撥ね返され/糸瓜たわしの網の目に迷いこんだような/朝を迎えた」というフレーズは視覚的で、しかも「悪夢」と巧く重なっていると云えましょう。懐かしい思いのする作品です。
○詩誌『衣』4号 | ||||
2005.5.20 | ||||
栃木県下都賀郡壬生町 | ||||
森田海径子氏方「衣」の会・山本十四尾氏 発行 | ||||
700円 | ||||
<目次>
挨拶 仙波 枕 二
声 四宮 弘子 三
うみねこU 葛原りよう 四
カサ 鶴田加奈美 五
打ち上げ花火 岩下 夏、 六
かぎりなく 金屋敷文代 七
帯締め 相場 栄子 八
行き先 豊福みどり 九
おでん 小森 利子 一〇
乳房を母に預けて 上原 キイ 一一
光景 田村 あい 一二
ひまわり 尹 ビョル 一三
天の花びら おしだとしこ一四
国境の春 大原 勝人 一五
飽和 山田 篤朗 一六
変容 岡山 晴彦 一七
柄 森田海径子 一八
紙魚 山本十四尾 一九
後記 二〇
同人近況 二一・二二
同人詩集紹介 二二
同人住所録 二三
行き先 豊福みどり
交差点で
方向指示器を上げると
車は左へ曲がらなければいけない
行く先が定まらないまま
私は左へ行くはずだ
方向指示器は
ピカピカピカと点滅し
今度は私を指示する
左へ曲がるように
指示通りに
左の
そして 次は
左へ折れたとたん
はるか前方は夕焼けで
ゆるやかな稜線の向こうは
たくさんのひなげしを束ねたような
大きな太陽が
あたり一面を
なつかしい色に染め上げていく
車ごとすっぽりと
赤くなった私
そうだ
今日は あの太陽が沈む方向へ
帰ろうと思う
クルマを自分の思い通りに動かしていたはずなのに「方向指示器を上げ」た途端、クルマが「今度は私を指示する」ことになる。世俗的には法律論になる話なのでしょうが、そこを詩としてまとめているのは見事だと思います。結局はクルマの指示≠キる方向に曲がって正解だったというオチですけど、そんな偶然で幸福は訪れてくるのかもしれません。おもしろい視点の作品だと思いました。
○詩集『ひとの未来』 | ||||
「詩集 ひとの未来」編集委員会編 | ||||
2005.3.5 | ||||
神戸市中央区 | ||||
阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター 発行 | ||||
200円 | ||||
<目次>
足どり………………‥……………………竹中 郁 9
さくらの はなびら…………………まど・みちお 10
今日はきのうの続きだけれど……みつはしちかこ 12
花がふってくると思う……………………八木重吉 15
人間に与える詩……………………………山村暮鳥 16
泣けばいい………………………………谷川俊太郎 18
食事…………………………………………島田陽子 20
祝婚歌………………………………………吉野 弘 22
おかあさん…………………………つかごししんや 25
いつも何度でも…………………………覚 和歌子 26
レモン……………………‥…………はたちよしこ 30
ペんぎんの子が生まれた…………………川崎 洋 32
カマキリ…………………………はたなかけいいち 34
わたしと小鳥とすずと…………………金子みすゞ 36
名づけられた葉……………………………新川和江 38
われは草なり………………………………高見 順 40
千の風になって…………作者不詳 訳・新井 満 44
私の子どもたちへ…………………………笠木 透 48
ゆずりは=…………………………………河井酔茗 50
世界は一冊の本……………………………長田 弘 54
しあわせ運べるように……………………臼井 真 58
あいたくて…………………………………工藤直子 60
風のうた……………………………………安水稔和 62
前へ…………………………………………大木 実 64
あとがき 67/作者紹介 71/初出一覧 75
この本の発行元が「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」であることに注視する必要があると思います。序の部分では次のように述べられていました。
ことばは ひとが持つ かけがえのない宝もの。
たった一篇の詩に心が洗われることがあります。希望が湧いてく
ることがあります。私たちにとって大切な何かを探そうという時、
そんな「詩」の力に想いを託すことができるかもしれません。
この冊子に収められた24篇の詩は、阪袖・淡路大震災記念 人と
防災未来センタースタッフ有志による編集委員会が、「ひとがひと
の未来を考える時、その手助けとなるような詩を…」との想いを
込めて選んだものです。
そういう思いが込められた詩集です。ここでは、今年度から日本詩人クラブの理事としてご一緒させていただく島田陽子さんの作品を紹介してみましょう。
食事 島田陽子
いただきます
もう七万回は言ってきた
その度にわたしの口に入り
わたしの命になったものたち
今夜は
じゅうじゅうと焼いた秋刀魚に
新米のご飯
おいしいねぇ ほめてあげると
もっとおいしくなろうとする
ごちそうさま!
思わず大きな声で言ったら
空の高みにいる方が あわてて
口の端を拭ったようだった
原文では、小学生が読むことも想定しているのか、全ての漢字にルビが振ってありましたが、ここでは割愛しました。
「七万回」というと約60年になります。60年もの間「わたしの口に入り/わたしの命になったものたち」への感謝と、その裏にある生物としての残酷性をも感じます。そんな業を持つ生物を創った「空の高みにいる方」でさえ「あわてて/口の端を拭」う現実=Aここにこの作品の価値があると思います。「食事」という生命維持の基本を見据えて「ひとがひとの未来を考える時、その手助けとなるような詩」としての力を発揮した作品と云えましょう。この作品を選んだ編集委員会の見識の高さに敬服しています。
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