きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.8.3
馬籠「藤村記念館」にて
 

2005.8.2(火)

 明日から夏休み! 嬉しいです。今日はそれだけ(^^;




詩誌『スポリア』17号
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2005.7.31
愛知県知多郡武豊町
スポリアの会・坂口優子氏 発行
非売品
 

  <目次>
   ぽえむらんど
        ソネット97(シュクスピア作)おおはしいさむ訳 2
   詩  軌跡             長谷賢一      4
      春の雀            星 水       6
      記憶             熊崎輝日古     8
   詩 《「水」を巡る》
      白昼夢            村田しのぶ     10
      あこがれ           星 水       12
   随筆 新美南吉の詩の世界(その二) 坂口優子      14
   詩  小さきもの          村山妃都美     16
      東ヨーロッパからの便り    大橋 勇      18
      父からの手紙         森 美智子     22
      明日のために         坂口優子      24
      今行くあなたに        村田しのぶ     26
   随筆《私のメモリー》
      夕日に思いをよせて      長谷賢一      28
   随筆 ギリシャへの旅(その十六)  坂口優子      29
    編集後記



    父からの手紙    森 美智子

   自分史を書かないかともちかけたのは
   わたしだった
   息子にすべてを譲り
   悠々自適どころか 日常がところどころ
   すぽっと抜け落ちてしまう日々を
   もう何年も過ごしていた父は これに飛びついた
   戸棚から小さな手帳を何冊も出した
   黴の匂いのする菓子箱からはセピア色の
   写真が重なってこぼれ落ちてきた

   二十一歳から二年間
   北支那に輸送兵として配属された父
   夏 暑さよけに背中にかけたアカシヤの葉は
   チリチリに焼けたという
   井戸もなく もう三日間も水を口にしていない
   冬 吐く息も凍るマイナス三十度
   厚い氷を割りその水で飯を炊く
   おひつほどの足の裏をもった駱駝の背に
   砲弾を乗せ 二十日間歩いても山ひとつ
   見えないのだった
   走れと言えば止まり 止まれと言えば走る
   ヤンチャなチャン馬 −
   この裸馬を乗り回す つかの間の休息
     輜重輸卒が兵隊ならば
     蝶々蜻蛉も鳥のうち
   兵隊たちが輸送兵を揶揄して歌ったという

   父の一周忌がすぎた
   自分史は完成しないまま父は逝った
   今年も大陸から黄砂が降る季節になった
   車のフロントガラスに指で父の名を書いてみる
   短い青春を精一杯燃やして
   片目を大陸に置いてきた父からの

   黄砂は毎年の手紙なのかもしれない

 「黄砂は毎年の手紙なのかもしれない」という最終連がタイトルと合っていて、効果的だと思います。淡々と語っていますが「車のフロントガラスに指で父の名を書いてみる」と、父上への愛情が並々ならぬものを感じます。
 「兵隊たちが輸送兵を揶揄して歌ったという」歌は、補給の重要性を軽視・無視した旧軍を象徴するものだと云えましょう。そう揶揄されながらも「短い青春を精一杯燃やして/片目を大陸に置いてきた父」上の人間性が垣間見える作品です。




機関紙『漉林通信』2005年9月1日号
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2005.9.1
川崎市川崎区
漉林編集室 発行
非売品
 

  <目次>
   猫のひとり言 坂井のぶこ 1
   朗読は優れた詩を読み、それを生かすためにある 田川紀久雄 3



 エッセイが2篇載せられていました。「猫のひとり言」は電車の中で朝帰りらしい若者3人に出会った話。「金髪に長髪に短髪」の、乱れた格好の3人組です。嫌だなと思いながら、聞くともなく聞いた3人の話題は、帰って洗濯、風邪ひきのなぐさめ、親に仕送りと意外や意外。工場の三交替勤務の朝帰り≠セったというお話でした。「普通の生活をするという只それだけのことが、とてつもなく重く退屈にのしかかってくる」と結ぶ作者の、やさしい視線が伝わってくるエッセイでした。




田川紀久雄氏詩集『かなしいから』
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2005.9.10
東京都足立区
漉林書房刊
1500円+税
 

  <目次>
   なみだとにじ  6
   かなしいから  8
   ゆうやけぞら  10
   ペンペングサ  12
   ゆれる  14
   おもいきって  16
   なぜいきているの  18
   ちょうちょ  21
   こどもたちのうたごえ  23
   ざくろのみ  25
   いのりのこえ  28
   かみさまとほとけさま  31
   かなしみのこえが  33
   こころのいろ  37
   いつもほとけさまといっしょ  39
   しにたくはない  41
   さびしいこころ  44
   つゆ  47
   かぜとことり  50
   ほっきこう  54
   ゴロちゃん  56
   ぽえじーがうまれる  60
   やみのかなたに  63
   かなしみはともだち  67
   かなしみはみんなのもの  69
   なみだのうみ  72
   ディヴェルティメントK330b  75



    かなしいから

   かなしいから
   あなたのくるしみがわかる
   かなしいから
   あなたのさびしさもわかる
   かなしいから
   あなたのこころのあたたかさがわかる

   かなしいから
   わたしはすなおでいられる
   かなしさは
   わたしのたから

   かなしいから
   せかいのひとたちとともだちになれる
   かなしいから
   あなたのしあわせをいのらずにはいられない
              (二〇〇五年四月十五日)

 「かなしい」なんて中々書けないものですが、哀しさでいっぱいの詩集です。紹介したのはタイトルポエムで、「かなしさは/わたしのたから」と言い切るところが素晴らしいと思います。宝物なんですね。そう考えれば哀しみも耐えられるし、見方によっては喜ぶべきことなのかもしれません。




大野杏子氏詩集『山鳩』
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2005.7.25
東京都豊島区
東京文芸館刊
2000円
 

  <目次>
     T
   合歓の花  8
   山 鳩  10
   「サフラン」  14
   朝の要素  18
   「こしあかつばめ」 22
   このごろ  26
   白い掌に逢う  32

    U
   山 鳩  36
   手術の前  38
   「白内障」の手術  42
   不協和音  48
   渋柿の悲哀  52
   消えた笑窪  56

    V
   山 鳩  60
   どうだんつつじの葉群れ  62
   陶器「祈り」を見た  66
   粘土の感觸  68
   唐草紋の壺  72
   苺刈り  76
   小鳥「かやくぐり」 78
   古代文字  80
   「ヤツガシラ」  82
   にわぜきしょう  86
   霜月の庭で  90
   夜更けのひととき 94

    あとがき 97

     題 字・大野良亮
     表紙絵・大野杏子



    山 鳩

   ほうほうとくぐもって鳴くのは山鳩だ
   声音の寂しさにひきこまれる
   ここに住んで三十年
   住み始めはふくろうかと思った
   こんな町中にふくろうが鳴く訳はないか
   と思ったけれどふくろうの声音を
   知っていたろうかいつ鳴くのかさえ
   実は覚えていないのだ

   いまも山鳩の声音は幼い日への
   思い出に私を連れて行く
   あれは九歳の冬の頃からだったか
   波音の聞こえる海辺に近い町
   姉妹が学校に通うための家に住んでいた

   塀の高いとなりの家は木が繁り
   こんもりと静まりかえった家だった
   山鳩はその木群れに住んでいたのだ
   私が家に帰りたいのを知っているように
   山鳩はよく鳴いて家の裏山を思い出させた

   週末になると一目散に妹の手を引いて
   バスで家へと向かうのだった
   手伝いの者にバス停まで送られ乍ら
   そして日曜日の夕方父母のもとをはなれて
   女学生だった姉に連れられ
   千葉行きのバスに乗って
   波の音の聞こえる家へと出かけて来た
   叱られたりたしなめられたりしていても
   やはり父母に逢いたいと一途に思うのだった
   一週間が待ちどおしかった
   土曜日忽ちに下校してしまう私たちには
   友だちと遊ぶ時間がなかったでもやはり
   上級生になっていくと少し違って
   帰らない日もあったりした

   この頃山鳩が芝生をつついて
   みみずを探しているような姿を
   眺めていることもあるけれど
   今は亡い父母の歳になったこの頃
   幼い日は遠くに逝った
   ひっそり山鳩の声音にききほれ
   なにげなく生命の行方の
   時間を追っているだけになった

 タイトルポエムの「山鳩」という作品は、目次でもお判りのように各章に1編ずつ、計3編載っています。ここではTの「山鳩」を紹介してみました。U、Vの大元になる作品と言っても良いでしょう。
 「九歳」にして「姉妹が学校に通うための家」があったという特異な体験が、「ほうほうとくぐもって鳴く」「山鳩」と不思議な効果を出していて、作品をおもしろくしていると思います。もちろん詩作品ですから実体験があったか無かったかは関係なく、純粋に詩として読まなければいけませんが、最終連の「なにげなく生命の行方の/時間を追っているだけになった」というフレーズは重いですね。その重さと「山鳩」が見事にマッチした作品と云えましょう。




坂本つや子氏詩集『風の大きな耳』
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2005.7.24
東京都文京区
詩学社刊
2000円
 

  <目次>
      闇の仕事……………6
   ケロイドの街で……………12
       出会い……………18
        黄昏……………24
   ちいさな旅立ち……………30
    母と娘の殺意……………36
     広島の眠り……………44
    わたしの部屋……………50
     T君の辞書……………56
     下宿の隣人……………62
       来訪者……………68
    母からの脱出……………74
      自殺未遂……………80
     まぶしい道……………88
       風の声……………96

      あとがき……………102



    母からの脱出

   太陽に向かって歩き続けた二十四年 わたしは 眩しい陽光に背を
   向け 少しずつ濃くなる自分の影を見つめる 月も星も消えた暗黒
   の世界の <立入禁止> の杭を 引っこ抜く 重い

   広島の下宿に戻る前に 道行く人に尋ね 幾つかの薬局らしい店で
   睡眠薬と下剤を買ってゆく 雀のおばさんに楽しい笑顔を見せ 美
   しいキャンディの箱を開け二人で熱いお茶を飲む 掃除好きのおば
   さんの笑顔は頼もしい トントン(おばさんの足音)バリバリ(糊
   のきいた割烹着の擦れる音)も楽しい 呉で あれこれ食べすぎた
   ので夕食は要らないと笑顔で断わる この光景の中から 一人消え
   ても 誰も驚かないだろう 少しはぎこちない日があったとしても
   忘れてゆくだろう お腹をこわしてしまったけれど しばらく書き
   物をするから一日一食にしてもらう 呉から持ってきた食べ物もあ
   るし心配しないでと言うわたしを見おろしているもう一人のわたし
   嘘がうまくなった自分に苦笑している

   自殺への下地作りは難しそうだ わたしの胃は絶望でいっぱい 心
   臓は太鼓の乱れ打ち 楽天家だったわたしの脳は疎外感と べたつ
   く諦念もどきの生煮えだ 遺書は生命を助けてくれた呉の小母さん
   への詫び状になる 広島の雀のおばさんには死後の面倒をかける金
   を入れ 詫びの言葉で埋まる 広島のまだ新しい詩友には預けた日
   記は捨てて欲しい 楽しかった思い出に感謝し忘れて欲しいと書い
   た 辞書を借りた階下の大学生にはシガレットとキャンディを添え
   て返しに行く ノートがなくなったのでと また借りに来るかもし
   れないがと笑いながら頭をさげる  東京の母には一行でよかった
   色々書いても役に立たない 送金があるか 幾ら送ってきたかが問
   題なのだ 遺書には送金終了と大書した 蒲団を敷いて今日は 白
   紙のまま冷たく丸くなる わたしが殺したいのは わたしではなく
   母なのだともう一度言いきかせ カーテンを引いた半端に暗い部屋
   を半透明な手が撫ぜてゆく あった 暗黒へのぎらつく扉を探しあ
   てた 鍵はかかっていなかった

   第1回目の下剤は わたしの腸を素直に回り始める 睡眠薬は江田
   島で闇ブローカーを始めた夜から飲み始めていた 致死量を間違え
   て恥をかかぬよう それには可能なかぎり体を衰弱させておかねば
   失敗するだろう 完全に食べないと疑われる 普通に食べて大至急
   排出してしまうこと おそらく 顔色も 悪くなってゆくだろうから
   頬紅が必要なのだ 死化粧ではなく 死に至るまでの化粧こそ 今
   のわたしには必要なのだ

   隣人のマリ子姐さんがティタイムの用意をして来た時 わたしは危
   うく黄色い胃液を吐くところだった 強烈な彼女の香水だ マリ子
   姐さんに 同じ香水をつけてと わたしは頼んだ 心配気だった彼
   女は大喜びで同じ香水を消防手のように放水した――満洲でニンニ
   ク臭い市場へ入れなかったわたしに皿洗いの龍が生ニンニクを齧っ
   て行くのを教えてくれ 魔法のように平気になったのを思いだした
   のだ――今回も魔法は効いた 紅茶を一口飲むと あわてて廟へ行
   きケーキを一口食べると再び階下へ よろめき降りる 「お腹こわ
   してるの」  音もなく笑うわたしを 疑わし気に のぞきこむ 彼女
   「当分ティタイムはおあずけね」がっかりした目が 頬紅の落ちた
   わたしを見る 「それに書かなくてはならないのが沢山あるの だ
   から しばらく一人にして……」「わかったわ でもお腹の薬は飲
   んでるの?」「ええ 病院でもらったのがあるから」 卑怯者にな
   るのに滑稽なほど努力と名演技が要求されるのを知った 自己破壊
   を一時中止して脱水症状のなか四通の遺書の点検をする わたしが
   人間としての最後の作業は三回に分けなくては無理だった (自殺
   は一種の復讐反応で 一見自分を標的にしているが それは同時に
   他人をも非難しているのだ)と或る本に書いてあった わたしの自
   殺は 他人を母と入れかえればいい

   二週間かけ身辺の整理をし 三週間目に睡眠薬を多量に飲み 蒲団
   にうつ伏せ スケッチブックを広げ 鉛筆を握り終末までの状態を
   書き始める 闇ブローカーで得た金で 一番安い棺を 火葬揚では
   一番安い釜揚で焼き 骨は広島のどこかの寺の無縁墓地に埋めて欲
   しい 出来なければ夜 骨だけを海へ流して

   足の先から冷気が昇ってくる 鉛筆が鉄のように重い 部屋が狭く
   なってゆく ささくれ立つような凄まじい思いはなく両肢が消える
   腰が溶け ひんやりと柔らかいトンネルを上半身だけのわたしが消
   えながら浮かび中空を流れてゆく どうやらトンネルは下方に傾い
   ているらしい 遠くで水が一滴また一滴反響し鈴の音になる 速か
   った鈴の音がふいに轟きわたしの耳を二つ取った 無音の闇がわた
   しの頭上で閉じた (終末だ) 闇の広い袖の中でかすかに光ってい
   るのはわたしの骨だ 洗いたての白さは濡れているようだ 黒衣の
   袖の中で まぜこぜになった(わたし)は何も考えず 何も感じなく
   なっていった

 著者は詩誌『すてむ』の同人で、このシリーズは拝見しています。しかし正直なところ、1編1編で、しかも四ヶ月に一度しか読まないので、あまり頭に入っていませんでした。「わたし」が「闇ブローカー」だったこと、警察に自主したことなどが記憶に残っている程度でした。
 今回、散文詩集として15編を通読して、この作品の凄さを実感した次第です。「わたし」は元男爵夫人の「母」のために敗戦直後の江田島で「闇ブローカー」までやって、「東京の母」に仕送りをしていました。男爵が亡くなって、その直後の親族会議で、12歳の「わたし」は<母と弟はわたしが養います>と言ったばかりに、小学校も終えないまま24歳までさまざまな職業、体験をすることになります。しかし、「母」は「送金があるか 幾ら送ってきたかが問題」としか「わたし」を見ず、ついに「母からの脱出」を試みて「睡眠薬」を飲みます。その飲んだところが紹介した作品です。
 今の時代では考えられないことですが、戦後しばらくそういう状態に置かれていた人が少なからずいたのは事実です。親のために娘が身売りするのは親孝行だと思われた時代があり、それが当然だと考えた親もいたのです。わずか半世紀前の、この日本のことです。平和ボケして、携帯電話料金の支払いのため身売りする娘がいる現在、若い人たちにも読んでほしい詩集です。




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