きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.8.3
馬籠「藤村記念館」にて
 

2005.8.27(土)

 『詩と思想』詩集評の原稿と、ある同人誌の10周年お祝いの原稿に取り掛かりました。お祝いの方は原稿用紙1枚程度ですし、おめでたいことなので苦労はありませんが、詩集評はやはりキツイですね。何を採り上げるかについて、もちろん出版社からの指示はありませんけど、その雑誌の見識を問われかねませんから厳選せざるを得ません。それも私の眼というフィルターがかかった厳選≠ナすから、実はちょっと緊張します。文体もここで書いているような調子では評≠ノなりません。勢い固くなってしまい勝ちです。これはひとつのヤマかなと思います。自然体で、でも節度があって、そんな評が書ければなぁと毎回思います。そういう意味では良い場を与えてもらったと云えるでしょう。土曜美術社出版販売さんに感謝!(ヨイショし過ぎ(^^; )




季刊文芸同人誌『青娥』116号
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2005.8.25
大分県大分市
河野俊一氏 発行
500円
 

  <目次>
   詩  夏草              多田祐子 2
      八月              多田祐子 4
      ごっとんよ           林  舜 6
      白い蝶]            林  舜 9
      ぶらぶら            河野俊一 12
   随想 メメントモリ[死を忘れるな]2 笹原邦明 15
   青蛾のうごき                  24
   編集後記                    24
     表紙(新町橋から・徳島県徳島市)写真 河野俊一



    ごっとんよ    林 舜

   ごっとんと時代の夜が明け
   私の十年戦争が終わり
   石炭の街でマッカリを飲んだ

   メーデーの日だった
   ごっとんと日暮れがきて
   港の暗がりを
   まだラ・マルセイエーズを歌い続けている私へ
   もう一つ影がついてくる
   おまえは何だとふり解いても歩調をあわせてくる

   すると
   やつは突如胸を張り
   おれはごっとんよと怒鳴る
   それきり
   私は黙りこみ
   考えこんだまま数十年経ってしまった

   もうごっとんを知っている者はいないだろう
   ふっと暗闇へ消え
   私へ謎を残して消えたごっとん
   マニラロープを肩にした鳶足袋の小男

   湾の夜空がいつも真っ赤に焦げて
   ノロを映した港の先駆者よ
   酔っぱらっていたのはお前なのか
   それとも私だったのか

   ごっとんよ

 正直に書きますと「ごっとん」の意味を掴みかねています。しかし、妙に気になる作品です。おそらく私(1949年生)より一回り先輩の詩人だと思いますが「石炭の街でマッカリを飲んだ」「ラ・マルセイエーズ」「マニラロープ」という言葉が私の記憶を刺激しています。この語彙で経験のないのが「マッカリ」ですけど、あとは体験していて懐かしさを覚えます。
 「ごっとん」で思い出すのは炭車です。石炭堀りのヤマに入る手押しの炭車。小学生のころ常磐炭田と芦別炭田の近くで暮らしたことがありますから、そこにどうしても結びついてしまいます。読み方としては間違っていると思いますが、そんなイメージで拝読した作品です。




会報かわさき詩人会議通信36号
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2005.9.1
非売品
 

  <目次>
   『プレヴェール詩集』の詩と、表現の簡潔さに学ぶ  河津みのる
   ある運転士の」告白――JR福地山線・脱線事故―― 小杉 知也
   和菓子職人の女房 ―ある夫婦―          岩田 幸枝
   戦後六十年                    寺尾 知紗
   虹の葬送                     山口 洋子
   水たまり                     枕木 一平
   がんばらない                   さがの真紀
   夏至                       丸山 緑子
   エロス――愛すること               斉藤  薫
   更年期 LA VIE               さわこよし
   川原の小屋                    寺尾 知紗
   良書のすすめ『現代詩手帖特集版 石垣りん』      (H)



    夏至    丸山緑子

   美イばあさんは陸橋を渡って
   スーパーまで弁当を買いに出かけた

   郵便局に振り込まれる
   じいさんの残してくれたわずかな年金
   二ケ月に一回の楽しみ

   あらぁヨッちゃん今日はなにしてたね
   歯が痛くて病院さ
   とうとう足から歯まできたかい
   ちがうちがう頭から先さ…
   …こんな時間のどこへ?

   二人のばあさんは並んで歩きはじめる
   スーパーの弁当屋は
   午後六時半を過ぎると三十パーセント引きになる
   七時を過ぎると五十パーセント引きになる

   店にはこの時間を待っていたように行列ができる
   二人もあわてて並んだ

   ヨッちゃんばあさんは「いなり三個とかんぴょう巻」
   美イばあさんの家で一緒に食べることになった
   「お邪魔しますよ」と言いながら
   たっぷりお茶を入れて仏壇に供え
   手を合わせた

   美イばあさんは「天麩羅弁当の並」と
   アルコール六パーセント入りのチューハイ
   百五円

   「じいさんありがとよ いただきまあす」
   仏壇に向かってXサインをして
   大きな声をかける

   箸が転んでもおかしいという年頃のように
   二人のばあさんの笑い声はつづく

   今日は昼の一番ながい日

   酔ってしまったばあさんに
   いつもじいさんの声がする
   「不良美イさん 布団敷いてやろうか」

 「ばあさん」のひとり暮しは淋しかろうと先入観で考えてしまいますが、案外気楽なものなのかもしれませんね。作品の表面から受けるそういう印象の裏の、本当の淋しさを感じ取る必要があるのかもしれませんけど、ここでは表面を見るだけにした方が良いだろうと思います。「箸が転んでもおかしいという年頃のように/二人のばあさんの笑い声はつづく」ことを祝福し、かわいい「不良美イさん」の姿を素直に受け止めようと思った作品です。




大野杏子氏著『夕暮れに』
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2005.7.31
東京都千代田区
龍書房刊
1429円+税
 

  <目次>
   岩ぼたん
    へちま …………………………… 11
    蓑虫 ……………………………… 15
    夜の訪問者 ……………………… 20
    空いている電車 ………………… 25
    女子学生 ………………………… 30
    木洩れ日 ………………………… 33
    塀の蔦 …………………………… 39
    ハプニング ……………………… 44
    私と膠原病 ……………………… 48
    別れのとき ……………………… 52
    岩ぼたん ………………………… 58
    力士の絵 ………………………… 63
    クラスメート …………………… 66
    小さな幸せ ……………………… 72

   猫たち
    野良猫の引越し ………………… 77
    ノラと仔猫 ……………………… 82
    関節炎と猫の「ミミ」 ………… 92
    猫の死 …………………………… 97

   忘れな草
    十三歳の或る日 ………………… 105
    鈴木勝先生を葬送する ………… 107
    荒川先生とお別れ ……………… 110
    潮騒の中に ……………………… 112
    辛口の酒 ………………………… 115
    亡き父の言葉 …………………… 120

   旅
    船旅―イヤリング―― ………… 131
    「新ずし」のにぎりめし ………… 142




    女子学生

    私鉄電車の千葉行きに乗っていた。高校生らしい制服の女子学生が、向かい合わ
   せの席にいた。なにげなく顔を上げると、鞄をぱっと開けて、掌ほどの手鏡を取り
   だした。腕をぐっとのばして、顔を眺めはじめた。そのうち、中くらいのヘアブラ
   シで、長い髪をゆっくりととかした。次には、馴れた手つきで、口紅を引きはじめ
   た。私は思わず目をつぶった。これからどこかで、制服を着替えて、ディスコヘで
   も行くのだろうか。
    三日ほど前に、この私鉄電車に乗ったときのことを私は思いだした。時間も同じ
   三時ごろだった。津田沼駅で乗り換えたとき、酔った男と乗り合わせた。その男は、
   乗る前に、近くにいた女子学生をつかまえて、この電車は、「いなげ」に行くか、
   と念を押して聞いていた。
    黒っぽいジャンパーに、くたびれた黒いズボンをはいていた。灰色になったズッ
   ク靴には、土がついていた。
    乗りこむと男は、空いていた私の向かい側に坐った。小柄な男だった。
    トロンとした目つきで、あたりを眺めるふうにしてから、上半身をふにゃりと横
   にたおした。足は下げたまま、たちまち眠ってしまった。
    その時間のせいか、立っている人もなく、車内は空いていた。いくつかの駅がす
   ぎ、次は「いなげ」とアナウンスがあった。一人おいて隣にいた女子学生が、すっ
   と立ってきたと思うと、その男に声をかけた。
    すらりとした娘さんだった。
   「小父さん、降りるんですよ」
    ときつい声で何度もゆり動かした。
    せっかくの眠りをさまされた男は、
   「なんだとお、うるさい」
    とばかりに、ぶつぶつと悪たれを言って抵抗していた。
    そのうち駅についてしまった。ドアが開いた。女子学生は、くずれそうになる男
   を、すばやく引っぱって行って、なんとか押し出した。
    男は、この「いなげ」の駅が、自分の降りねばならない所だ、ということが、と
   つぜんわかってきたようだ。両手を膝にあて、電車に向かっておじぎをした。まだ
   心配そうに立っている女子学生に、最敬礼をしていた。
    男はゆらゆらしながらも、二度三度、おじぎはくりかえされた。
    はじめは、何事かとよくわからなかった乗客だったが、一様にほっとしたように、
   好意的な眼を、女子学生に向けた。思わず笑いだす者があって、さそわれてなんと
   なく、車内が笑いにつつまれた。
    女子学生は、はにかむ様子もみせず、さり気なく席について、読み物を膝にひろ
   げた。

 これは良い話ですね。「悪たれ」だと思った「小父さん」の意外な素直さ、「はにかむ様子もみせず、さり気なく席につ」く「女子学生」の淡々とした冷静さ。現代の一齣を切り取った作品ですが、人間を見る著者の眼の確かさも感じられます。最初の部分との対比という面でもおもしろいと云えましょう。「さそわれてなんと/なく」こちらも「笑いにつつまれ」てしまいそうな作品です。




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