きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.8.5 長野
戦没画学生慰霊美術館「無言館」
 

2005.9.16(金)

 今日も朝から出張です。午前8時半に品川区に集まって、関連企業と会議。それが終って西麻布の東京本社に帰って、そこで会議。それが終って、また関連会社と会議…。一日中会議と移動で終ってしまいました。会議の内容もかなり深刻ですから、精神的にも疲れ切ってしまいました。これから1ヵ月ほどはこの問題の対応で追われそうです。やれやれ…。




詩誌『布』21号
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2005.9.1
山口県宇部市
先田督裕氏・他 発行
100円
 

  <目次>
   小網恵子   暗い空を  2
   杜 みち子  お天気雨  3
   寺田美由記  理由  5
          限りなく鬱的な朝  6
          支えられていく  7
   先田督裕   一方通行  9
          寝息  10
   阿蘇 豊   セントラルマーケットのブローディガン  11
          青の皿の上の魚の頭  12
   太原千佳子  池  13
   橋口 久   ボタン  15
          ねじ  17
   先田督裕   寺田美由記詩集「かんごかてい」について  18
   阿蘇 豊   杜さんへの手紙  21
   ひとこと   23
   届いた言葉  太原千佳子 27
   「布」連詩  空の顔の巻 29



    支えられていく    寺田美由記

   やっぱり辞めないことにしたよ
   音沙汰のなかった娘からメールが届いた

   娘は勤めて三年目
   飼いならしたうさぎを一羽お供に連れて
   巣立っていった

   それが昨年管理職になって
   夜中までの残業に耐えられないと
   辞職を考えていたところだ

   思いなおした理由はなんと
   子宮癌
   手術をするからお金がいると
   (うさぎの)

   草原を思うこともなく
   狭い都心のアパートで
   ちぢこまってカリカリとラビットフードを齧っている
   一生産むことのなかったうさぎと
   コンピューターに向かって老いていく
   娘の姿が重なって一瞬クラクラとした

   そんなことより仕事と家庭
   産み落としてしまったものに支配されて
   押しつぶされそうになりながらあえいでいる
   自分自身の暮らしにも

   あんたの身体とうさぎの子宮
   どっちが大事よと言いかけてやめた

   なんでも換算してしまう癖をやめよう
   娘の答えはわかっている
   そのようにして支えてきた
   支えられてきた

   好きにしていいよ
   そのかわり辛くなったら
   帰っておいで

   そのようにして支えていく
   支えられていく

 「なんでも換算してしまう癖をやめよう」というのは、その通りですね。ここでは「あんたの身体とうさぎの子宮」との比較で換算を言っていますが、「どっちが大事」かは一概に決められないのかもしれません。「うさぎの子宮」を守るという目標があることによって「あんたの身体」が維持される、守られることも考えなければいけないでしょうか。単純な「換算」では済まないことをここでは言っているように思います。それが「支えていく/支えられていく」という趣旨と考えました。それにしても「コンピューターに向かって老いていく」というフレーズは、ドキリとさせられますね。




図子英雄氏詩集『静臥の枕』
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2005.9.25
愛媛県松山市
青葉図書刊
2000円+税
 

  <目次>
   T 未生蝉
   石鎚山初秋 6          伐られた楠 8
   末生蝉 11            藤の鞘 14
   龍舌蘭 16            冬の鴉 20
   轢かれた蛇 23          ハブとマングース 26
   エイ 28             四万十川のアカメ 31
   疎水哀歌 34           山鳴り 37
   進水式 40            カワセミの挽歌 43

   U 義眼の譜
   鳥の歌 48            大賀ハス 51
   シャボン玉の中に入った少女 53  しまんとトロッコ列車 55
   台風のなかの木 58        化粧 60
   兄の声 63            抱擁 65
   古びた電気剃刀 68        漢字喪失症 70
   虹を釣る 73           静臥の枕 76
   義眼の譜 84

    あとがき 95
    カバー絵−小高澄江・扉絵−伊東晴江



    静臥の枕

     1
   手術を終えてストレッチャーで個室に運ばれたとき、特製の硬い枕がベッ
   ドで待ち受けていた。
   「これから三週間は絶対安静で、顔はもちろん、上体も動かしちゃいけ
   ない。動くと眼底出血をおこして、再手術するはめになる。面倒なんだ
   よ、これが」と担当医
(かかりい)は言った。

     手術前 テレビに向き合うと
     一台のテレビがいびつに増幅して 二台に視え
     本物のテレビは真っ黒にゆがんだ光線を幅射して
     目を瞠いていられない

   丘の中腹に建つ阪大石橋分院で
   手遅れになった参血性
(しんけつせい)網膜炎の右目を
   教授が執刀した
   昭和三十六年の春浅い夕刻
   白衣の群れにコの字型にかこまれた手術台で
   右手に木のバトンを握り
   鶏卵大の穴がひとつ穿たれた
   分厚い蔽布
(えんぶ)をかぶせられた
   闇が来た
   不意に 火の粉の痛みが上瞼をつらぬいて
   眼球に突き刺さり キリリッと横にひき裂く
   奥歯でこらえる
   麻酔注射は 三たび眼球をえぐった
   しわぶきさえない闇
   誰かが吐息をつけば
   たちまち空気がひび割れる静寂のなかで
   電気溶接に似た烈しい音の連鎖がはじけ
   目を炒られた
   過熱した炎の鑿が目の底をえぐって
   はしっている
   歯をくいしばっても 呻きが洩れる
   すこしも効いてないのか 麻酔は?
   意識が捩じ切れそうな激痛のしたで
   無力な怨みにあえいだ
   握りしめたバトンが震える
   祈る余裕はない
   疼
(いた)みの火に ただ耐えること
   耐え抜くことしかない
   灼熱した鑿の切っ先は眼底から脊髄をつらぬき
   私の体をふるわせた

     2
   大阪・中之島の本院眼科の暗室で初診のとき、教授は「手術して電気で
   焼くしかない」と言ったが、焼くとはこのことだったのか。「目の癌」
   とよばれた難病、右目の網膜の血管にはびこって血を参み出させる腫瘍
   を焼き切る、当時唯一の先端手術であった。

   激痛が意識をこまぎれにし 失神寸前
   電気の音がやんだ
   ……痛みは遠のいた
   そうっと試すように目をあける
   コールタールの深潭の闇がぎっしりとかぶさっていた

   正常な左目は蔽布のしたで同時に瞠かれているが、無影灯の光は遮蔽さ
   れて兎
(う)の毛ほどの微光も透さない。私の病んだ目は眼球をくり抜かれて、
   電気焼却に曝されていたのだ。
   拷問の刻
(とき)は去り、瞼が縫いあわされて、右手のバトンも抜き取られた。
   右目はカッペとよぶ椀型の眼帯をはめ、左にも通常の眼帯をかけて、眼
   帯ごと頭を繃帯でぐるぐる巻きにされた。仰臥した私をのせたストレッ
   チャーは、しずかに手術室をすべり出た。

     3
   両眼を封印されて身じろぎも許されぬ静臥は、出口のないトンネルの中
   でうずくまっているよりも耐えがたい。失明寸前のあわただしい上阪は
   準備がととのわず、妻が電気器具店から借りた中古ラジオでしのいだ。
   日に一度、担当医が現われて目薬を挿
(さ)す。そのとき、左目に天井がちらっ
   と映るだけだ。

   闇はくろぐろと凝
(こご)る磐石(ばんじゃく)の桎梏であった
   病室から宇宙の果てまで圧しつぶし
   体のすみずみに闇を浸蝕させて
   喉や骨髄 毛細血管の末端まで黒く変色させているのだろう
   いま 自分がどの方向に横たわっているのか
   時間やラジオのありかさえわからない
   夢ともうつつともつかぬ意識のはざま
   朽ちはてた棒杙の私が
   渺茫とけむる暗い海のうねりに
   極微の粒子となって 溶けしずんでゆく

   自分でたぐり寄せられぬ時間の、もどかしい遅滞。仰臥は時どき、排尿
   に通せんぼした。羞恥で体が縮まり、黒焦げの毛虫となって、看護婦さ
   んに採尿管をつないでもらった。
   思い出にとり縋り、闇を飼い馴らそうとこころみる。母の笑顔や、ひと
   夏に二度は皮膚がむけた少年時代の水浴。野鳥を捕えた森や葦の川べり。
   だが思い出はたちまち底なしの闇に呑み干されて、種切れになってしま
   う。
   闇がふっと握力をやわらげるのは、妻が分院の付添婦たちから仕入れた
   噂話や、食事どきであった。「ハイ」という合図の声に、巣の雛鳥となっ
   て反射的に口をあける。幼児返りのひとこまの構図。目に見えぬ味はま
   ずく、闇のかけらを咀嚼する感じだったが、病気に馴致
(じゅんち)された自分の反
   応がおかしくて、ククッと喉を鳴らしたりした。

     4
   寝相は芳しくない。けれど手術後は、塑像を横たえたような静臥が保た
   れた。「眼底出血をおこしたら、痛い再手術だよ」戒める医師の言葉の
   呪力に金縛りになっていたのだ。寝姿を乱すたぐいの夢も訪問を控えて
   くれた。
   背中にびっしり苔が生え、闇の蓋で窒息してしまうと思えたとき、絶対
   安静のくびきがほどかれた。静臥の満期が笑みをふくんで、枕もとに立っ
   ていた。

   抜糸が瞼から凝
(こご)った闇を払い ベッドに身を起こすと
   目まいがぐらっと 最初の挨拶をした
   吐き気まじりの蕩揺を手摺りにゆだねて
   右日のカッペをはずし
   左目を掌で覆った
   室内はどぶ鼠色にぼやけた岩肌のつらなりで
   物のかたちは見えない
   腫瘍の跳梁をかろうじて食い止めたものの
   失明は免れなかったのだ
   これから四カ月
   深部レントゲン照射を浴びねばならない

   胸の奥に昏
(くら)い落石の音を聴きながら
   病んだ目にカッペをはめなおし
   かたわらの枕を見た
   術後 二十一日間
   闇が静臥を押しつけた枕は
   青銅のかたまりを鋳込んだように
   えぐれていた

 ちょっと長かったのですが、タイトルポエムの全行を紹介してみました。「静臥の枕」という意味がようやく判りました。実話と思われますが、それにしても凄まじい内容で驚いています。「特製の硬い枕」の材質は判りませんけど、仮に木製だとしても「青銅のかたまりを鋳込んだように/えぐれていた」というのですから、そこまで安静にしていた著者の意志の勁さに驚愕しています。
 本詩集には自然破壊を静かに告発する作品も多く、特に「カワセミの挽歌」は秀作と思いますが、ここで紹介する余裕はありません。それを含めて機会があれば本詩集をぜひ読んでみてください。静かな中にも人間の良心が感じられる詩集です。




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