きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.8.5 長野
戦没画学生慰霊美術館「無言館」
 

2005.9.30(金)

 今日も出張。午後から都内の関連会社に行ってきました。用務は16時半に終って、通常はそれから懇親会になるんですが、今日は無し。連日の出張でさすがに疲れて早々に引揚げました。



詩誌『木偶』62号
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2005.9.30
東京都小金井市
増田幸太郎氏方・木偶の会 発行
400円
 

  <目次>
   ミシンと茶釜と剣山と       中上哲夫  1
   五歳の東京大空襲         土倉ヒロ子 3
   黒 猫              野澤睦子  5
   火 刑              乾 夏生  7
   暗い夜に             落合成吉  9
   そんな朝             荒船健次  11
   いたい いたい          天内友加里 13
   波の下              山田弘美  15
   ヘルズ・キッチン         田中健太郎 17
   神域の猟人 繰り返される闇の歴史 長野克彦  19
   菜の花              増田幸太郎 23
   随 筆 伯母の心残り       南川隆雄  29



    菜の花    増田幸太郎

   その道は
   何処までも長く続いていた
   珍しく真っ直ぐに
   冬の風がまだそこここに残されて
   空の彼方へ伸びていた
   うら寂しい曖昧さがたむろしていた

   菜の花の群生があった
   あたかも異郷のように
   黄色い風を集めて
   空を染めていた

   菜の花を見る
   南の風をかき寄せて
   この季節にそこだけが
   密かに盗むように背を伸ばし
   野火のようにゆらゆら
   春を誘う旗のように
   菜の花が咲いていた

   ゆっくりと歩幅を確かめて
   黄色い国にたどり着く
   菜の花がある
   その花の放つ力に酔う
   このあたり一面
   異端の色に満ちあふれ
   春の風うつろに荒れて
   彼方に透明に頷く空がある
   今年もこの花を見る

   花はいっ時の命を誇っていた
   彼岸のときを迎えて
   このときを選んで
   眠りを急ぐ人がいた
   その哀れを知らせて来た

   いつの世も
   存命の喜びこそ
   存在を証すものなのに
   命の所在は不明で無明なもの
   所詮、時に追われ
   日を追い続けていた矢先のこと
   その人の往時の面影
   その闊達な声の未だ残るを

   親しく妻女と語る
   人の世に選ばれて春を貰い
   狂火のように夏を生き抜き
   ようやくにして秋を拾いあげる
   ついに冬に至ると
   人は言う
   そのとき
   平原をくまなく覆う
   雪の海原を見るように
   その眩しい程の
   夥しい光の一つに紛れて
   水が流れるように
   きみは光の陰の人

   わたしは
   いのちの行方を探していた
   つくづくと思う
   現世の一切を脱ぎ捨てて
   普遍なものに回帰する
   『成仏』
   空に在って
   仏を宿し
   異なる命を生きる也
   その余韻に浸っている
   それでも
   思わず出る言葉
   寂しからずやと

   長々と生きたきみの
   強健だった体躯
   その後のことは不問
   冬の夜は永々と続く
   その人の有り日の記憶を
   おもむろに
   今、在るかのように綴り合う
   菜の花に重ねて

   かって
   きみと歩いたこの道を
   春の日々を待ちながら
   この道を行く
   野の花
   限りなし
   雄々しく在るを寂しく見つめる
   道を反れて
   すみれを摘んで
   きみの肖像に捧げん

   なの花を切る
   菜の花を摘む
   菜の花を茹でて
   きみと共に酌み交わした
   その風と、にが味に
   いっ時を過ごす

   きみとわたしの
   往時をしみじみと考える
   光陰は毒矢のように蝕む
   又のとき
   きみの声とその魂を迎えて
   ひそひそと語り合おうか
   きみは黄泉の空を数えて
   俗界の年齢を一つ捨てるだろう
   空は透明に
   深い眠りを凍結する
   わたしは
   記憶の皺を一つ掘り起こして
   地球に咲いた花のように
   眺めている

   この虚ろに寒い季節の谷間
   わたし達は記憶を求めて
   菜の花街道を歩ていた
   長い道に
   遼遠のように広がる黄色い陽炎
   一つ一つ孤高を叫ぶように
   震えながら
   全身で咲き誇っていた
   あたかも、仏が舞うように
   鮮やかに
   くっきりと
   遠い遠い空に伸びていた

 ちょっと長かったのですが全行を紹介してみました。増田さんの詩の中では比較的短い作品ですが、書かれている内容は深いと思います。「その人の往時の面影」を偲ぶ背景としての「菜の花」が色彩的にも生きていると云えましょう。光陰矢の如し≠ノ対して「光陰は毒矢のように蝕む」というフレーズも実感ですね。「俗界の年齢を一つ捨てる」という発想にも驚きます。流れるような詩語の中で、読者をフッと立ち止まらせる詩語、増田詩の本来の魅力が表出した作品だと思いました。




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