きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
2005.10.9 栃木県 | ||||
道の駅「もてぎ」にて | ||||
2005.10.25(火)
化学の試験法で加速試験≠ニいうのがあります。物質を通常の温湿度で放置しても劣化が判明するのは10年先、100年先なんてことはよくありますね。本当に劣化するかどうか待ちきれません。そこで温度や湿度を上げて10年を1週間で見よう、100年を1ヵ月で見よう、という手法が開発されています。もちろん理論的なものですから100年先の実証なんて誰もやったことがありません。でも、この考え方はおもしろいなと思っています。
そんな試験の検体が今日、出てきました。理屈の上では10年後の状態です。しげしげと見てしまいましたね。これが10年後の姿か! 見た目ではまったく判りません。顕微鏡レベルで観察して微小な劣化があるかどうか…。おそらく10年経っても劣化のほとんど無い製品が出来上がったはずです。明日から時間を見て観察に入ります。楽しみです。
○井口幻太郎氏詩集『アルカディアの食事』 |
2005.10.21 | ||||
神戸市灘区 | ||||
摩耶出版社刊 | ||||
1500円+税 | ||||
<目次>
光るもの その他
光るもの 8 野菊の墓 10
入道 12 堤 14
すきま風 16 仕草 18
五年二組の担任 20 内緒 23
空蝉 26 傷 29
叫び 32
鬼舞い その他
鬼舞い 36 汚れ者 38
鬼面 41 餠搗き 44
舞台の下から 46 嘘つき 49
胡蝶花 52 冬の空家 54
緑内障 56 首のない鳥 59
年賀状 62 DNA 65
岐路 68
裏山の神様 その他
裏山の神様 72 お梶さん 75
神棚 78 南天 81
かやの火祭り 83 煤払い 86
北向き観音 89 忘れ物 92
順番 95 除夜 98
ムカデ 100
アルカディアの食事 その他
アルカディアの食事 104 逆縁 106
木槿の花 108 瞳 111
奇病 114 夭逝 117
花粉 119 水溜り 112
転職 123 いつもの道 125
あとがき
128 表紙 石田安夫
野菊の墓
野菊の如き君なりきという
古い映画を観ていると
何か言いながらはいって来て
妻はそのままテレビの前にすわってしまった
何となく嫌な予感がした
ぽろぽろと泣き出し
こんな悲しい映画をよく平気で観ているのね
と 僕を見返り
涙をふきふき出ていった
今も初恋の傷みを胸に秘めている妻は
僕の顔がのんきに見え
同じ心で胸をつまらせていることを知らない
裏口で 子供を呼んでいる
粗相をしでかしたのを
追い掛けている
そういえば伊藤左千夫の「野菊の墓」が映画化されていましたね。その「古い映画を観ている」「妻」と「僕」の「初恋の傷み」や「同じ心」が素直に表現されていて、好感の持てる作品です。特に最終連が佳い。「初恋の傷み」は「初恋の傷み」として、現実を生きる逞しい庶民が表出していると思います。夫婦の深い絆も感じられる佳品だと思いました。
○桜庭英子氏詩集『ミドリホテル幻想』 |
2005.10.20 | ||||
東京都豊島区 | ||||
国文社刊 | ||||
2500円+税 | ||||
<目次>
1 砂の時間
七夕のパラソル 12 うさぎ 16
まなつの挽歌 20 砂の時間 24
雪の町 28 欠けてゆく月 32
覆われた川 36 セザンヌの林檎 40
孤食 44 船出 48
涼しい魚 52
2 夢の橇
てのひら 58 夏草 62
アルバムの風 66 靴の舟 70
浜木綿(はまゆう) 72 カンナの花族 74
スイトピー 78 からたち 82
さくら吹雪 86 夢の橇 90
交差点 94 船が着くまで 98
3 風のスカーフ
遠い約束 104
さざなみのうた 108
風鈴 112
ミドリホテル 114
風のスカーフ 118
両国橋 122
借りたもの 126
冬の午後 130
セクシーな朝 134
北の庭 138
あとがきに代えて 140
アルバムの風
そして
そこにはもう だあれもいない
古ぼけた我家の黒板塀をバックに
母や姉たちは
精一杯のお洒落をして並んでいる
花柄の着物に白いサロンエプロンつけたお澄まし顔は
末っ子の三才のわたし
学生服の兄たちは高下駄履いて
バンカラ風に気取っていた
軍服の父はゲートル巻いて軍靴を履き
日本刀を杖にして直立不動だ
いなせな着流しの遊び人風は叔父
飛び入りで駆けつけた風情の国民服の伯父
一族郎党のたった一枚の色褪せたこの写真こそ
明治 大正 昭和と
それぞれの時代を映した一世一代の揃い踏みだ
一人欠け
二人欠け
三人、四人と欠けていった
いま 歳を重ねた私だけが取り残されて
古い印画紙の荒野を
行きつ戻りつ
べそをかきながら
うろうろと歩き回っている
いずれ私も消え去るだろう
そして そこにはもう
ほんとうに誰もいなくなり
それでもアルバムの中には
あの日の風が
さやさやと吹いているに違いない
誰もが雨上がりのような顔をして
さっぱりと佇っていた時代の上を
最終連がとても佳い作品です。私は戦後生まれですから「明治 大正」は体験していませんし「昭和」も「学生服の兄たちは高下駄履いて」いたり「軍服の父はゲートル巻いて軍靴を履」いていた姿も直接見てはいないのですが、なぜか当時の写真を見ると「風が/さやさやと吹いている」のを感じることがあります。それは「いなせな着流しの遊び人風」の人もいたという先入観なのかもしれません。「誰もが雨上がりのような顔をして/さっぱりと佇っていた時代」というのが判るような気がします。
第1連の「そして/そこにはもう だあれもいない」というフレーズと、最後から2連目の「そして そこにはもう/ほんとうに誰もいなくなり」というフレーズも見事に対応していると思います。「アルバムの風」というタイトルも生きている作品だと思いました。
○上野菊江氏詩集『ロボットを食べる』 |
2005.11.1 | ||||
東京都文京区 | ||||
近代文芸社刊 | ||||
1600円+税 | ||||
<目次>
T ロボットを食べる――――――――――――――――――――――5
君の名は 6 ロボットと詩空間 7
*不可欠ロボ 9 *アシモ 11
*チェス 12 *レンタル・ロボ ヌーボー 15
*ジンルイは イマセン 17 出稼ぎ家族 ――スイート・ホーム 20
春だから 23 アイコ ――ホーム・ユース ロボ 25
U
微笑の街――――――――――――――――――――――――――27
微笑の街 28 生贄の泉 32
リキシャ 35 歩く ――罪と罰 37
乳と蜜の ――ベツレヘム 41 待つ 44
奇木・バオバブ 47 エクスプレス・コロマンデル 49
カエサリオン 53 セレナーデ 56
V 風の学校――――――――――――――――――――――――――59
風の学校 60 *掲示板 60
*Aクラス 62 *Bクラス 66
オリオン 71 ひとはいかにして 王となるか 81
◎王の道 81 ◎ナンバー・ワン 85
◎王を探せ!87 ◎眠る小島から 90
あとがき 92 装画・畑野賢一
ロボットと詩空間
ボヘミヤの劇作家カレル・チャペ
ックの風刺劇「ロッサムの万能ロ
ボット」という戯曲で、はじめて
人造労働者のロボットが登場した
といわれる。つまり作家の描いた
空想上の人造人間の名称であった。
爾来八十年、いまは現実の電脳装
置として社会に共存し、軍事用、
産業用、医療用、ゲーム用、家庭
生活用、介護福祉用等あらゆる場
面で活動する。
人の顔や声、動作、またまわりの
環境まで識別して対応行動がとれ
る自律二足歩行ロボットとか、情
緒が内蔵され限りなく生体に近い
文化ロボットの出現。電池が切れ
そうになれば、充電器まで歩いて
行って自分で充電するという。近
年その進化はすさまじい。
そこでの詩空間はどんな風に展開
することになるのだろう。
この詩集の特徴を端的に現しているのは帯かもしれません。「未来から過去から現代の意味を探る」と書かれています。過去から現代を探るというのは一般的ですが、未来からという発想はなかなか湧いてこないでしょう。それをこの詩集はやっていると言ってよいと思います。その宣言として書かれた作品が紹介した「ロボットと詩空間」と捉えました。現実に「電池が切れ/そうになれば、充電器まで歩いて/行って自分で充電する」ロボットまで出現しそうな現在、「そこでの詩空間」を考えるのも詩人の仕事と言われているように思います。
○詩誌『』20号 | ||||
2005.10.26 | ||||
埼玉県所沢市 | ||||
書肆芳芬舎・中原道夫氏 発行 | ||||
700円 | ||||
<目次> 表紙カット 申 錫 弼
目次カット 繁 田 博
題 字 中 原 道 夫
詩作品 T
蘇る …………………………………………………… 筧 槇 二 4
夕立 …………………………………………………… 菊 田 守 6
告別 …………………………………………………… 菊 地 貞 三 8
この世あの世の別れうた …………………………… 西 岡 光 秋 10
異国・洗濯 …………………………………………… 王 秀 英 12
エッセイ T
詩誌「」の詩精神 ………………………………… 相 馬 大 14
中原広場の人間模様 ………………………………… 中 村 不二夫 16
詩作品 U
音 ……………………………………………………… 小 島 禄 琅 18
春の影 ………………………………………………… 浅 井 たけの 20
赤い背中 ……………………………………………… 中 原 道 夫 22
尾花 …………………………………………………… 青 野 三 男 24
鶺鴒の宿 ……………………………………………… 忍 城 春 宣 26
蝉・風俗・変な生きもの・霧の中 ………………… 門 林 岩 雄 28
眠りの道 ……………………………………………… 肌 勢 とみ子 30
一度だけの人生・僕は足が悪いので ……………… 北 野 明 治 32
根 … ………………………………………………… 江 口 あけみ 34
鳩 …… ……………………………………………… 二 瓶 徹 36
エッセイ U
川のある風景 ………………………………………… 香 野 広 一 38
女ともだち …………………………………………… 北 村 朱 美 39
第二次大戦後六十年 ………………………………… 小 島 禄 琅 40
庭先にて ……………………………………………… 肌 勢 とみ子 41
野菊の勲章 …………………………………………… 竹 下 義 雄 42
花物語り ……………………………………………… 吉 見 み ち 43
美しい言葉を作る …………………………………… 小 野 正 和 44
自己満足物書きのエクスタシー …………………… 月 谷 小夜子 45
母について …………………………………………… 斎 藤 幸 雄 46
記憶の遠景 …………………………………………… 浅 野 浩 47
詩作品 V
喫茶店 ………………………………………………… 竹 下 義 雄 48
往復書簡 ……………………………………………… 吉 見 み ち 50
小さな花 ……………………………………………… 小 野 正 和 52
小さな炎の輪 ………………………………………… 八津川 眞 弓 54
ねがい・告白 ………………………………………… 平 野 秀 哉 56
降り落ちる …………………………………………… 月 谷 小夜子 58
永訣 ………………………………………………… 斎 藤 幸 雄 60
二十三時の老女 ……………………………………… み せ け い 62
一瞬の朝 ……………………………………………… 浅 野 浩 64
予感の秋 ……………………………………………… 北 村 朱 美 66
森 ……………………………………………………… 香 野 広 一 68
エッセイ V
観音まつりにて………………………………………… 平 野 秀 哉 70
雑感 …………………………………………………… 北 野 明 治 71
詩のこれから ………………………………………… 門 林 岩 雄 71
老いを控えて 生きる意味 ………………………… 二 瓶 徹 72
坂を上れば我家 ……………………………………… 浅 井 たけの 73
青空と薔薇の思い出 ………………………………… 江 口 あけみ 74
世界の九条 …………………………………………… み せ け い 75
マダム・ドラキュラ ………………………………… 八津川 眞 弓 76
「」二十号に寄せて ……………………………… 中 原 道 夫 77
追悼・四人の詩人 …………………………………… 中 原 道 夫 78
胸底に潜んでいる言葉の集積(詩誌評)…………… 香 野 広 一 82
の本棚(書評)……………………………………… 平 野 秀 哉 84
「」20号へ、詩界からのメッセージ ………………………………… 86
岡 崎 葉 松 山 妙 子 山 本 みち子
中 井 ひさ子 黒 羽 英 二 野 澤 俊 雄
田 川 紀久雄 卜 部 昭 二 天 彦 五 男
町 田 多加次 村 山 精 二 周 田 幹 雄
清 水 恵 子 甲 田 四 郎 菊 池 敏 子
久 宗 睦 子 鈴 切 幸 子 島 田 陽 子
船 木 倶 子 北 岡 淳 子 高 田 太 郎
小 山 和 郎 千 葉 龍 長 津 功三良
「」バックナンバー総目次 …………………………………………… 94
「」の窓 ………………………………………………………………… 104
赤い背中
――それは八月九日、長崎の―― 中原道夫
<スペースシャトル・ディスカバリー無事帰還>
一瞬、TVの画面を走る白い字幕
そのとき、ぼくは見ていたのだ
原子の世界に踏み込んで
魔性と化した残酷な科学を
それはただ一人奇跡的に生き残った少年の
爆風によって組織を壊された「赤い背中」
いまもって裂けつづける傷口
医学で解明不能のへドロのような塊の隆起
拭っても消えさることのない悪魔の膿
苦しさに何度となく
「殺してくれ!」と叫んだ少年の
背負ってきた「赤い背中」の六十年
その被爆地の祈りを打ち消すかのように
<スペースシャトル・ディスカバリー無事帰還>
の白い字幕が、いま
ぼくの眼の前を幾度となく通り過ぎる
まるであの日の閃光のように
喜ぶべきか怯えるべきか
留まることを知らない非情な科学を
神をも恐れぬ人類の驕りを
「スペースシャトル無事帰還」の歓声で
薄められていく「赤い背中」
「科学の朗報」のうねりで
忘れられていく「科学の非情さ」
ぼくはグラスに焼酎を注ぎ込む
そして八月九日の虚無を呷るように一気に呑む
「赤い背中」という番組を観ていたときに「<スペースシャトル・ディスカバリー無事帰還>」のテロップが流れたという作品ですが、そこから「薄められていく『赤い背中』/『科学の朗報』のうねりで/忘れられていく『科学の非情さ』」へ繋げるのはさすがです。同じ科学でも二つの側面を持っていることを改めて感じさせられます。テロップが「まるであの日の閃光のように」と捉える感性も見事です。科学の徒の端くれとしては、何のための科学なのかをもう一度考えさせられた作品です。
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