きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.10.9 栃木県
「ツインリンクルもてぎ」にて
HONDA CB250
 

2005.11.23(水)

 勤労感謝の日で休日。朝9時半にある詩人より電話。先日、その詩人が立ち上げた詩誌が50年を迎え、それについて書いた著作を拙HPで紹介したことへの礼でした。著名な方ですのでまさか電話をいただくなどと思っていませんでしたから、ちょっとびっくり。30分ほど詩界全体の話をしました。さすがに戦後すぐから活動しているだけあって詳しいですね。いろいろ教えてもらって勉強になりました。感謝!

 で、今は本当は2005年12月31日の午後10時半です。あと1時間半ほどで2005年も終ってしまうというのに、このテイタラク。なんとか年内に11月分だけでも終りにしたかったのですが叶いませんでした。10月、11月と体調不良で臥せっていたのが響きました。お礼が遅れてすみません。年始の休みにできるだけ挽回します。




河野俊一氏詩集『陰を繋いで』
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2005.11.23
大分県大分市
みずき書房刊
1905円+税
 

  <目次>
   詩は 8             アカシヤを食う山羊 10
   いつか 14            『つき』 18
   廃校 22             吐息 24
   反復 28             盆地 30
   凧揚げの少年 32         あいまいな日没 34

   その先には 38          打者の孤独 42
   梯子 46             眺望 50
   木陰 54             おうち 56
   病室 60             こどもは 62
   クリスマスの縛り首 64      六月のその庭の朝露を撮るな 70
      
いしじ
   平和の礎――沖縄南部戦跡 74   死を死んで 78
   休日の朝に 80          この村に 82
   午下がり 86           うしろすがた 88
   かくれんぼ 92          終わりをめざして 94
   かき混ぜると 98         つたえる 100

    あとがき 102



     詩は

    こどもがドアを開けるので困ったよ
    と
    造形家の君は言った
    発表するはずの作品は
    ひざあたりの高さに
    ドアノブのついた扉だった
    詩もまた
    同じことじゃないですか
    とも言った
    だがそれは違うのだ
    あけ続けようとする行為の方に
    目くばせをすることだってある
    小さな手から
    ドアノブに移ったわずかな汗が
    本当のことから
    遠ざかろうとする形を
    許しも答めもせずに
    湿らせてくれる
    ノブは
    回されるためにある
    詩は
    読まれるためにある

 目次でもお判りのように詩集タイトルの「陰を繋いで」という作品はありません。あとがきでは詩を書くということは陰に隠れたもの、謎めいたもの、結論が出ないもの、ためらったものに焦点を合わせる行為≠ニ書かれています。この詩集全体が詩という陰を繋いだものと考えてよさそうです。
 紹介した作品は巻頭詩で、そんな詩集の性格がよく出ていると言えるかもしれません。詩は、陰である「あけ続けようとする行為の方に/目くばせをすることだってある」と読み取りました。それにしても「詩は/読まれるためにある」というフレーズは痛快ですね。この詩集の特色を一言で云っていると思います。歯切れの良い詩集です。




季刊文芸同人誌『青娥』117号
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2005.11.25
大分県大分市
河野俊一氏 発行
500円
 

  <目次>
   詩  ひとつの森           多田 祐子 2
    〈競作・地図〉
       川の地図           田口よう子 5
       コンター           河野 俊一 8
       地図にない道         多田 祐子 10
   随想 メメントモリ[死を忘れるな]3 笹原 邦明 13
   連載 ことばはごちそう・第十四回
       ビミョーなニワトリ      河野 俊一 21
   青娥のうごき                   24
   編集後記                     24
    表紙(道庁付近の冬の舗道・北海道札幌市) 写真 河野 俊一



    コンター    河野俊一

   限りなく孤独
   な線 だ
   地図の上にはおびただしいほど引かれているのに
   視線を上げても
   川や くねった道路や 建物や
   田や畑や
   細く煙たなびかせる煙突やかたくなな水門
   のように
   目で捉えることができない
   山の
   裾野から中腹からてっペんあたりまで目を凝らしても
   波打つただのいっぽんさえもが姿を持たないのだ
   地図に戻っても
   よく見れば隣り合う線が 接することはあれど
   交わることが
   ないまま 延びてゆく
   どちら側の隣とも ついぞいちども交わらないまま
   せいぜい
   接するだけの
   細い 線 たよりなく 姿も 見せず
   このまま終わってしまってもいいのか
   誰も恨まず 声も出せず
   これだけの本数があっても
   それぞれが それぞれに立ち尽くす
   等高線よ コンターよ

 〈競作・地図〉の中の一編です。「コンター」とは「等高線」のことのようですね。地図に等高線と付き物、そこを上手く捉えていると思います。「よく見れば隣り合う線が 接することはあれど/交わることが/ないまま 延びてゆく」というのは、考えれば当り前なんですが、そこに眼が行かなかった…。一本やられた!というところです。思考の柔軟さに敬服しています。




詩・エッセイ・随想『天秤宮』23号
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2005.10
鹿児島県日置市
天秤宮社・宮内洋子氏 発行
1000円
 

  <目次>
   ■エッセイ 鴎外との日々 Z−文学に親しむ会……養父克彦 6
   ■詩
   残像……茂山忠茂 18         網代温泉……新井翠翹 22
   星のしずく……岡田恵子 25      眼裔……八瀬生見 27
   春/薬……宇宿一成 29        歳月……西園敏治 33
   男と女……島洋 39          上澄み/おと/感応の扉……池田順子 42
   梅の木の精/屋久島……宮内洋子 55  目に見えない括弧……中村なづな 61
   春の雪……木佐敬久 64
   ■エッセイ特集「風紋」−本
   本とともに……岡田恵子 77     「文化ジャーナル鹿児島」……池田順子 78
   忘れ得ない著書……茂山忠茂 81    漫牛充棟?……八瀬生見 82
   緊張関係……宇宿一成 83       蔵書家……養父克彦 84
   本の思い出……宮内洋子 85      本は容器である……木佐敬久 86
   ■エッセイ
   「小さなヘッドライト」……茂山忠茂 93
   恩師……新井翠翹 101
   「ドストエフスキーに魅せられる」……茂山忠茂 104
   日本……満園正夫 107
   ■表紙絵随想 国芳は象を見たか……木佐敬久 110
    *表紙絵 〜歌川国芳「唐土廿四孝 大舜」(中版)〜 個人蔵
   あとがき……131  ◎執筆者住所……132



    薬    宇宿一成

   疾病が慢性化すると
   薬が切れると症状が悪化するので
   薬、絶やすことができなくなる

   疾患によってはいずれ治癒する
   そこまで薬で症状を抑えることが治療
   疾患によっては治癒は望めない
   怠薬が死へとつながる場合もあれば
   強い副作用に悩まされる場合もある

   楽にする艸
   字形の通り
   古来、薬とはそのようなもの

   病んでいれば
   薬もあろうが
   健康食品などの薬もどきが氾濫する
   時代は
   誰もが「私は病んでいる」と
   思いたい時代なのかも知れない
   健康であることの他に
   希望を探しにくいのかも知れない
   どんなに健康な人でも
   二百才まで生きることはできないのに。

 現代は「誰もが『私は病んでいる』と/思いたい時代なのかも知れ」ませんね。それから一歩進めて「健康であることの他に/希望を探しにくいのかも知れない」とするところは見事です。人間の全ての臓器が何の故障もなく老衰を迎える、これを設計寿命というそうですが、125歳だと思っていたら、最近は130を越えるという説が有力だそうです。それにしても「どんなに健康な人でも/二百才まで生きることはできない」でしょう。そこもちゃんと抑えていて、見識の高い作品だと思いました。




詩と評論『日本未来派』212号
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2005.11.15
東京都練馬区
日本未来派・西岡光秋氏 発行
840円
 

  <目次>
  〈眼〉ニューオーリンズ脱出記                     石原  武
  〈特集〉詩と星(2)
   星と現代詩の出会い    山田  直 26  木星が大きく光る夜   安岐 英夫 30
   真昼の星空を見上げながら 後山 光行 34  天の川ロマン      今村 佳枝 37
   
   伝説ではなく       内山登美子 2  雑踏の街で       金敷 善由 13
   睨む森          川島  完 3  抹香町         斎藤  央 14
   空(くう)         天彦 五男 4  ホームレス       藤田  博 15
   めぐるめぐる       新延  拳 5  けもの道        武田  健 16
   真実を          瀬戸口宣司 6  あなたと夏隣に     若林 克典 17
   あやす          菊地 礼子 7  蟻           平野 秀哉 18
   水牛           南川 隆雄 8  水の形象        後山 光行 19
   平成十六年十二月              クルー渓谷で      山内 宥巌 20
   二十八日の日記より    鈴木 敏幸 9  懐古趣味といえども   植木肖太郎 21
   イル ツイル       伊集院昭子 10  母の死         細野  豊 22
   あの時          井上 敬二 11  共生          山田  直 24
   臍            石井 藤雄 12  ソネット        木津川昭夫 25

  〈海外詩〉アメリカ                        角谷 昌子・訳 62
    サンドラ・シスネロスの詩 女ともだち/結婚しない女たち
    リアム・レクターの詩 時代は動く
  〈坂本明子・福武文化賞記念祝賀会〉詩の中に暮らすひと         壷阪 輝代 65
  〈詩との出会い〉
   詩的世界とのスイッチ   杉野 穎二 66  何となく流れに     五喜田正巳 68
  〈日本未来派の詩人たち〉ふるさと・海・愛・田中恭一郎さん       水野ひかる 70
   
   人差し指         中原 道夫 40  八月の夕暮れから    太田 昌孝 52
   いど の そこ   くらもちさぶろう 41  渦へ          水野ひかる 53
   庭に         まき の のぶ 42  賞味期限        五喜田正巳 54
   未完の地図        肱岡 晢子 43  越光&トは旨味いネ  戸田 正敏 55
   オペラバッグ       小倉 勢以 44  夏の終章        壁  淑子 56
   夏の終わりに       建入 登美 45  蝉の森         角谷 昌子 57
   念仏行          今村 佳技 46  ある種の人間にとっては 島崎 雅夫 58
   ドキドキしていたい    青柳 和技 47  黒い光他一編      浅野 明信 59
   ぼく           高部 勝衛 48  うつしみに       杉野 穎二 60
   胡蝶           柳田 光紀 50  空き家閑吟       坂本 明子 61
  〈旅から生まれた詩〉
   旅の途中         青柳 和枝 72  詩と旅のミステリー   金敷 善由 74
   流離の愁い        柳田 光紀 76
  〈書簡往来〉 漢字は困る                       倉持 三郎 78
  〈私の処女詩集〉
   処女出版の僕       鈴木 敏幸 80  「]線」のころ     高部 勝衛 81
   詩集『躍動』詩友に支えられて 磯貝景美江 82 お伽話気分      岩井美佐子 83
   
   照る日曇る日−ソネットもどきの独白      裸眼でもみえたもの  平方 秀夫 94
                福田陸太郎 84   肩たたき       宮崎八代子 95
   箱            石原  武 85   スイスアルプス    磯貝景美江 96
   構図           綾部 清隆 86   永訣の道       川村 慶子 97
   剥ぐ           井上 嘉明 87   闇          松山 妙子 98
   非在の夜         水島美津江 88   首かしげ       福田 美鈴 100
   祈り           林  柚維 89   剃毛         小山 和郎 102
   あの日から        壷阪 輝代 90   異国を歩くひと    安岐 英夫 99
   サボテンの帽子      青木 洋子 91   神話         岩井美佐子 104
   天の川のほとりで     中村 直子 92   櫛のプレゼント    西岡 光秋 105
   もぐらの禅問答      前川 賢治 93
   
   カナディアンロッキー   新延  拳 106   くらしかた      松山 妙子 111
   短編小説「カワセミ」             「けもの道」の夏   武田  健 112
    ―昔読んだ鮮烈な印象― 内山登美子 106   「にないや」に寄せて 伊集院昭子 113
   二人の詩人の磁場     川島  完 108   昨今         井上 敬二 114
   粟国島幻視行       太田 昌孝 108   書く≠アとのチカラ 中村 直子 115
   ゆかり          林  柚維 109   「赤い鳥」の心を   西岡 光秋 116
   弥生のころ        小倉 勢以 110

   詩集展望                         天彦五男・植木肖太郎 120
   短信往来…117・125 投稿作品 安岐英夫・小倉勢以…122 同人名簿…126 編集後記…128
                               表紙・カット 河原宏治



    
くう
    空    天彦五男

   死んだ子の年を数えるのことわざは
   未練とかめめしいとか
   私の中で侮蔑用語に近い言葉だった
   差別用語でもあり死語でもあるが
   いま私はその諺に溺れかかっている

   逃がした魚は大きいのことわざは
   大海の中のたかが小魚一匹
   三十五歳で死んでしまった一人息子は舎利
   釈迦が悟りを得たのも三十五歳だと聞く

   老後の人生としては過不足はなく
   幸せ印から不幸せになったとは思わないが
   息子が死んだ翌年に私は食道癌になり
   妻はその翌年 胃癌の手術を受けた
   なんの因果でなぞとは決して言わない
   予定がすべて狂ってしまっただけだ

   寝た子を起こすのことわざを胸に
   死んだ子のことは日常の話題にしない
   妻は仏壇に香華を供え手を合せているが
   私はめったに灯明も香も鈴
(りん)も鳴らさない
   高杯
(たかつき)から菓子などを下げたり
   花立ての水を換えたりはするが合掌はしない

   忘れてしまいたい過去が澱んでいる
   心残りを仏具をみがくことでぬぐおう
   来年は息子の七回忌――
   夫婦そろっての供養は最後になるかもしれない
   いずれ無縁墓になる墓は <空> の一字だけ
   地球を形どった円墓丸い石が空と話をして
   水と香と花と合掌を待っているようだ

 「予定がすべて狂ってしまっただけだ」というフレーズに無常を感じています。それが「墓は <空> の一字だけ」に繋がっているのだろうと思います。この作品には下手な解釈や感想は必要ありません。鑑賞あるのみです。




詩誌『烈風圏』第二期7号
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2005.10.30
栃木県下都賀郡藤岡町
烈風圏の会・本郷武夫氏 発行
非売品
 

  <目次>
   金子一癖斎  庭 2         高澤 朝子  相撲 5
   水無月ようこ 食べる 10       小久保吉雄  舞台 12
   山形 照美  水の機(はた) 14    坂本 久子  一呼吸おいて 16
   本郷 武夫  まがい物の街 21    立原エツ子 「ラッキーカラー」出版 24
   立原エツ子  宝 26         瀧  葉子  詩 四編 28
   三本木 昇  チョロQムーバス 32  都留さちこ  十郎が峰 35
   白沢 英子  ひととき 38      柳沢 幸雄  鍵を開ける 44
   深津 朝雄  堰 47         古沢 克元  古澤履物店 七 50
   たのしずえ  そら豆の寝床 52

   誘発する言葉から自己の確認へ 本郷武夫 18
   「蔵の詩まつり」に参加して たのしずえ 41
   蔵の詩まつり「朗読会」 水無月ようこ 42
   蔵の街 古沢克元 43
   編集後記 本郷武夫



    まがい物の街    本郷武夫

   偽者が並ぶ街の真ん中で
   僕は偽者を愛せるように
   僕を着替えさせた
   価値や美の本物を探すのは無意味
   まがい物の街では
   旗が立ち 垂れ幕が下がり
   私をも意味のように
   ぶら下げよう 往還に

   正月の二日
   観光地熱海城の寒い道
   財宝を見ようと
   三人の家族は入場券を買い 門を潜った
   両側に鮮やかな色彩の仏様がいて
   其処に行って拝もうとした
   しかし良くみるとそれは
   コンクリートで作られた物
   信念 祈りも無い

   道路の手摺には錆が浮き出ている
   坂道を歩いて上がってくるのは年老いた家族
   あの中の誰の発案なのか此処を見ようと言い出したのは
   華やかな時代に金ぴかの女と遊んだ昔の若者
   懐古と鮮やかさを増す記憶 の主導

   張りぼて まがい物 安直
   ホテルも 城も仏も
   剥がれて色の粉が落ちている
   足元に
   とぼけた無意味の美
   作り物の時代の
   ふざけた美

   私は往還を歩くだろう
   胸に家宝の紋章をぶら下げて
   一つも二つも
   赤青黄の鮮やかな飾りをつけ 幟を立て
   まがい物の町を歩くだろう
   はしゃがなければ
   寒くて凍えそうな偽ものの熱海
   「寒いね」!

 20年ほど前の会社の忘年会というと熱海ばっかりだったのですが、最近は誰も熱海にしようと言いません。箱根湯本に比べると遠くて高いという印象があります。熱海に行っていた頃は私も20代、30代でしたので芸者と遊ぶのに忙しくて(^^; 気付いていませんでしたが、今にして思うと確かに「張りぼて まがい物 安直」です。40代になって、大阪の今は亡き伴勇さんを熱海の有名な美術館に案内したことがあるのですが「張りぼて まがい物 安直」を見せられたと怒られたことがあります。下見をしないで案内して、生涯の失敗でした。
 作品は第1連と最終連が見事に呼応していますけど、「寒くて凍えそうな偽ものの熱海」はこれからどうなって行くのでしょうかね。有名な観光地という地名に胡坐をかいた結果でしょうが「とぼけた無意味の美/作り物の時代の/ふざけた美」から早く脱却してもらいたいものです。




深津朝雄氏詩集『泥樋』
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烈風圏叢書
2005.11.1
栃木県宇都宮市
下野新聞社刊
2000円+税
 

  <目次>
   猫捨て掘 8        堰 12
   鶏の闇 16         神の鶏 20
   猫の爪 24         泥鱒 28
   アオマツムシ 32      蝸牛 36
   大中寺伝説 油坂 40    大中寺伝説 根なし藤 44
   桃の香り 48        脱衣婆 52
   ババンゴ 56        阿頼耶の辻 62
   赤牛 66          別火太鼓 70
   ゲルニカの牛になる 74   椅子 78
   綿 80           わらじ 84
   鳥葬 88          骨せんべい 92
   泥樋 96

   あとがき 102



    
どろび
    泥樋

                          
はらわた
   ここが正念場 という時 人は腹の底の泥樋を抜いて腸

   を晒すことだ とはソバジの持論であった そのソバジ

   が死んでから 溜他の土上げ場の大杉が落雷で裂け 百

   年秘めていた腸を眩しく晒した 大杉の樹皮だけの生き
                
ヽヽヽヽ
   様に 村人はソバジの言った腸を晒す意味を知った


   村の雑貨の慟哭 大地の咆哮が沈殿している溜池に 泥
                   

   樋は村の来歴すべてを内包している核であった 溜池は

   水面を鎮めて凡庸な雲を遊ばせている 深く澄んでいる

   のは 水盗人の水死の悲しみの青さであった


   生き方が不器用で村人に馴染めない 偏屈者と疎外され

   ている男がいた 田の仕事に 陰険な悪戯 邪魔などを

   され続けた 二日続きの溜池からの水引きが 村人総出

   で行われたが 二反足らずの男の稲田には 一滴の水も

   引けなかった


   旱魃に稲は 吐息も出ぬほどに萎れ 男は湯のような唾

   液を垂らした 稲田を追われれば尚更に 溜池への道を

   阻止されればそれ以上に そこに近づく男だった 夜が

   占めて眠っている潜池に 男は水を盗みに忍んで来た

   上から一番 二番 三番樋までの空いた水口がポッカリ

   と 黒い眼裔となって夜風を吹き上げていた 男は水に

   入った 岸辺の近く傾斜していて おびただしい数の鳥

   や獣の死骸が 溶けているであろうヘドロが 深みへと

   男の足を引きこむのだった 人の胴体ほどの太さの四番

   樋 これが泥樋 抜けば溜池は涸れ上がる 水位は低い

   けれど 溜池の水圧すべてが泥樋一本に 強く集まって
            
ぬめ
   いる 水藻 水垢の滑りに 素手などでは到底抜けな
                          
くく
   い 男は己れの六尺の晒の褌を外し 泥樋の根元け括り

   つけた さらに布を縄状に捩り 一方の端を担くように
           
りき
   して引き抜くべく力み 片方の手の万能の背で 泥樋の

   頭を横から騙し打ちをつづけた しかし 闇がどっぷり

   と溶け沈んだ水の 業なる抵抗に阻まれ 泥樋は緩まな

   かった その時何が起きたか 男に重たく絡んだ水だけ

   の知ることだった

   
ヽヽヽ ヽ ヽヽヽ
   日照りの朝曇りの定説通りに その朝も曇天が低く垂れ
                      
うつぶ
   ていた 溜池の岸の葦の葉に隠れて 男は俯せに浮いて

   いた (女の水死の場合は 仰向に浮き上がる と村に

   は伝承が残っている) ミズスマシが 浮いている遺体

   と 水中の揺らぐ泥樋とに 寄り添い止まり また回り

   続けていた

                
ソバ   ソバ
   ソバジの本名は別にあった 側爺か 蕎麦爺なのか 呼
                         
ソバ
   び名の由来を語る者はなく 皆ソバジと呼んだ 側に居

   るだけで人の心が和む 不思議なパワーを纏っていた

   また旱魃の年 水田に蕎麦を蒔くことをすすめ 飢えが

   免れた記憶は 貴重な体験として伝承されていた ソバ
     
ヽヽヽ
   ジは村おさをながく務め 溜池の守り役も生涯の仕事と

   していた 明治の漆喰を容易に剥がさない頑固が なが

   い歳月くり返されてきた水争いを 治められたと思って

   いた矢先の 水盗人として男の水死は ソバジの泥樋の

   朽ちた時だった 男の肋骨の軋みを背負って 同じ年の

   暮ソバジも逝った


   村人たちは ソバジと男の供養に石仏を建てた 厳しい

   旱魃となったある夏 石仏の頭が落ちた 水争いの愚か

   さの戒めだと悟り 漆喰で首を継いだ 以来継ぎ仏とし

   て信仰を深めていった 継ぎ仏の内に刻みこんだ泥樋

   と 同じものを抱えた村人も 歳月のなかにひとり ま

   たひとり消えていった

 詩集のタイトルポエムです。本作品はルビが多かったので1行アキとしました。ちょっと読み難いかもしれませんがご容赦ください。
 村の伝説とでも呼べるような読み応えのある作品です。私は農業の経験はありませんが、子供の頃は農村に長く住んでいましたから、同級生から「水争い」の話は聞いていました。灌漑が未発達の頃は文字通りの死活問題だったようです。
 最終連の「継ぎ仏の内に刻みこんだ泥樋/と 同じものを抱えた村人も 歳月のなかにひとり ま/たひとり消えていった」というフレーズが印象的で、ここから現在が始まっている、今に繋がっているのだなと思いました。記録としての意味合いも高い作品と云えましょう。




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