きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり
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2005.12.23 群馬県安中市
新島襄旧宅
 
 

2005.12.17(土)

 土曜休日、特記事項なし。終日いただいた本を読んで過ごしました。




水島美津江氏詩集『冬の七夕』
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21世紀詩人叢書・第U期13
2005.11.30
東京都新宿区
土曜美術社出版販売刊
2000円+税
 

  <目次>
   雪子の十露盤 6      ほっとサイト 10
   ダーティ・ウーマン 14   前線の蟻 18
   真 夜 中 22       最後のお座敷 26
   揚羽の蝶 30        家 族 34
   岸辺の風景 38       シングル 42
   冬の七夕 46        美 薬 50
   代 弁 54         それぞれの部屋 58
   外 へ 62         知らなかった…… 66
   × 印 70         道草(ICU室にて)  74
   踵のない靴 78       ランニング マシーン 82
   通行を止めた男 88     えらぶ(多胎手術)  92
   開かれていた本が 94    時 100

    あとがき 104



    雪子の十露盤

   銃口は
   その男の顳にあてられている

   奥まった座敷は静まりかえり 狩りから戻っ
   て来た男の(許しを貰えないものなら引き金
   をひく)ひと言に
   手を翳す瓜実顔の女 理解できぬ幼い連れ子
   は額を畳に摩り付け手足を縮め震えている

    放蕩の果てか 寡黙な父が課す
    (三味を持つ手を変えよ)差し出された
   朽ち葉色の十露盤と分厚い得意先帳

   窘められた銃先が鈍い音を放ち 庭の薮椿の
   首が八方に散って  白いけむりのなかから
   華やかで淋しげな鳥が羽揮いていった
   古い柱時計がうつ薄紫色の時

   花の闇を歩んで来た女に宛てがわれた
   十露盤は端唄や新内流よりも難しかった
    曇
(どん)色した十露盤を弾く
    必死にはじく
    弾く指と指の間に
    ひりひりと 参んでくるもの……

   商家に奉公へ出した秘密の幼な子の行末
    芸者はお座敷に立てても帳場には座れまい
    ……冷笑や嘲笑は延延と つづき

   身勝手な男の狂舞は止まず (芸者だった身
   上に)心なき身を誘う豪農たちの影に脅えな
   がら
   凍てつく帳場の隅っこで 十露盤を払う

    払っても
    いくど払えども御破算にならない義父の愛
    虚しく 爪弾く三味線の
    いや十露盤に 霞む爪の
    そのまたさきの 寄るべもない夜の底


   現代
(いま) 企業という枠のなかで観葉植物に
   彩られたオフィスの中央に座った茶髪の
   女はコンピューターの「エクセル」を
   たちあげ軽やかに残高表を操りながら
   後ろめたいこころで家に
    独り残してきた痛ましい老婆の
        十露盤に想いを巡らしている

 巻頭作品です。前後から判断しましたが正確に読めなかった字が二つ。顳は「こめかみ」です。標準の文字コードでは表現できませんでしたので画像で貼り付けました。見苦しくてすみません。もう一つが「十露盤」。これは「そろばん」でした。算盤と同じですが、この方が時代背景に合っているように思います。

 詩作品ですから実生活と切り離して読むべきですけど、ここでの「芸者」は母上と考えてよいでしょう。母の物語でありながら時代の証言であり、歴史の検証です。最終連に「エクセル」が出てきて、見事に時代が繋がりました。「コンピューター」という単語もこういう遣われ方をしたいものです。
 佳い詩集です。母上、女の仕事、と、日常生活を素材にしながら、それを突き抜けた日本人の歴史を感じさせます。個人を語ることで人間を語る、歴史を語る、その見本のような詩集と云えましょう。2005年、日本の詩界が収穫した一冊です。




後藤 順氏詩集のぶながさん
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2006.1.1
名古屋市昭和区
ブイツーソリューション刊
1800円+税
 

  <目次>
   T
   食卓     … 6   帰郷     … 10
   予感     … 14   涙      … 20
   ひつぎ    … 24   ものたち   … 28
   繭玉     … 34   伝言     … 38
   遺跡     … 42   浮遊草    … 46
   茶碗     … 50   洗濯     … 54
   遠吠え    … 58   ぬけ道    … 62
   写真帳    … 66   アリあ    … 70
   チチ     … 76   夜明け前   … 80
   雨がさ    … 84

   U
   川湊     … 90   ちょうちん  … 94
   こま犬    … 98   和がさ    … 102
   鵜      … 108   柳ケ瀬    … 112
   のぶながさん … 118   河渡     … 122
   駅      … 126   渡し     … 130

   あとがき   … 136



    のぶながさん

   (のぼろうよ)
   (稲葉山にのぼろうよ)
   あけぼの学園から帰ったきたおまえが
   この町で一番空に近い
   場所を知っているのは
   青色がほしいからだ

   空いっぱいに広がる
   青色をかき集めては
   からだ中に塗りつけては
   ご機嫌な顔で帰る
   灰色でも白色でもいけない
   お風呂が青空になる

   雨の日は黒い空
   野良犬が車にひかれた
   道路に流れる赤い色に
   おまえは犬のようにもがき
   空に届く鋭い悲鳴に
   ぼくの家は坤き声が充満した
   おまえは今日もお風呂は入らない

   稲葉山に城を作った男がいた
   青空を掴みたかったのではない
   眼下にあるすべてを
   空の風呂敷で包みたかったのだ
   大量の赤い色が流れた時代
   男は夕陽のお風呂に入っては
   鼻歌でも謳ったのだろうか

   (のぼろうよ)
   富士山を知ったおまえがせがむ
   稲葉山より空が近くに
   空の上の空がどこまで続くか
   黒い色が果てしなく続く世界
   あの男が作ろうとした世界
   ぼくはおまえに伝えない

   (のぶながさん)
   (のぶながさん)
   おまえの名を妻が今朝も呼ぶ
   白い養護のバスが待つ
   顔に青い空を少し着け
   (のぼろうよ)
   (のぼろうよ)
   おまえは大きく手をふった

 タイトルポエムを紹介してみました。「のぶながさん」とは「あけぼの学園」という「養護」学校に通う「おまえの名」なんですね。本名かニックネームかは判りませんが岐阜市に在住する著者の地域性がよく出ている名だと思います。
 その「のぶながさん」は「一番空に近い/場所」が好きで「青色」が好き。「灰色でも白色でもいけな」くて、「野良犬が車にひかれた」のを目撃すると「空に届く鋭い悲鳴」をあげる。我が子という設定ですから当然かもしれませんが、よく描けていると云えましょう。現実には大変な思いをして育てているのでしょうが、決して暗くなってはいないように読み取れます。しかし明るいわけでもない。そのトーンがよく伝わってきます。考えさせられた詩集です。




鈴木敏幸氏詩集『青息吐息の僕の詩集』
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2005.12.1
埼玉県和光市
わこう出版社刊
非売品
 

  <目次>
   東武東上線和光市駅北口叙景詩………………4   『大菩薩峠』机龍之助と淺野晃の巻…………6
   たこ焼き屋さん…………………………………9   傘屋 其の一……………………………………11
   傘屋 其の二……………………………………14   夜汽車……………………………………………16
   ドクター・中松氏そして桜散る頃……………21   僕達のタマちゃん………………………………23
   新宿西口寿司屋]店にて………………………25   天子様……………………………………………28
   漱石試論『こころ』の不思議について………29   短歌的抒情詩……………………………………33
   慶應義塾大学病院「百跳」そして欠伸………36   H大学病院 青息吐息の巻……………………42
   公園のベンチにて………………………………45   美女論――我が女房を例として――…………47
   鰯と眠れる人のお話……………………………51   頓珍漢なお話そしてその後の戸田組の巻……53

   あとがき…………………………………………57   装幀 増田朱躬



    H大学病院 青息吐息の巻

   私はH大学病院に七度入院を繰り返した
   七というこの数字の良さ
   ラッキーセブンである
   それにしても医者の何と検査のお好きな事
   検査・検査、徹底的に検査で、脳味噌から歩き方までをも検査
   聞く事がなくなれば最後は
   「あなたの自宅の電話番号を言って下さい」だって
   癪にさわったから私は中国語で答えてやった

   検査は検査でも
   肺炎の検査は胃カメラを呑むどころの話ではなかった

   ところが
   今度の検査は
   決して苦しくないとの仏のような医者の説得
   (あいにく私は無信教で神や仏を信じない)
   「息を吸って…」「そのままの状態で」だって
   まではよかったのだが
   「息を吐いて」「楽にして」とも何とも言わない
   それ以後私は息を吸ったまま
   我慢に我慢ただ目玉を白黒させるばかり

   死んだ爺様から言われたことがある
   「男はいかなる時もがたがた騒ぐものではない」とか
   それでも我慢しきれなかった時は、どうするか
   「そこから先は自分で考えろ」というような顔をして
   さっさと爺さんは死んでしまった…
   私はこの際どう対処すべきか
   じっと息を吸い込んだまま耐えに耐えていたのだが
   馬鹿馬鹿しくもなって
   我慢にもはどほど
   思わず青息吐息を出してしまった
   医者は素知らぬ顔の半兵衛であった

 詩集のタイトルポエムというわけではありませんが「青息吐息」が出てくる作品ですし、詩集全体の雰囲気を判ってもらうにはちょうど良い作品かなと思って紹介してみました。ご本人から聞いた記憶がありますから「癪にさわったから私は中国語で答えてやった」は実話のようです。多くの病気を抱えているはずなんですが、そういうことをヒョイとやる、飄々とやる、そういう詩人です。その感じがよく出ている作品と云えましょう。それにしても「『息を吐いて』『楽にして』とも何とも言わない」というのはあり得ますね。そんな告発≠意図した作品ではありませんけど、「素知らぬ顔の半兵衛」には読者の方が憤慨してしまうかもしれません。




葛原りょう氏詩集『朝のワーク』
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2005.11.30
東京都東村山市
書肆青樹社刊
1800円+税
 

  <目次>
   T チョコレイトの夜
   識 8          遺棄 12
   レッスン 16       蛇口 18
   岸辺 20         私の狐 
my fox 24
   ボクサー 28       海猫 30
   チョコレイトの夜 34   ケチャップ 40
   深夜業務 44       黎明 48
   水底の空 54

   U 九尾
   朝のワーク 58      巻きあげられる 62
   カルマ 66        なきうさぎ 70
   遠雷 74         九尾 76
   一行の夜 82       冷たい緑 84
   煮込み系 88       切符 92
   星結び 94

    あとがき 96



    朝のワーク

   たとえば
   蟲よりも早く目覚めた農婦の
   重たい目玉の行き処を 知ってる?

     
おうな
   この 媼は
   むっくり起きあがると
   葉のうらに隠れている蟲を 潰しにゆくんだ
   指さきを 黄色く染めて
   カボチャ畑の敷藁のうえを
   掻きわけ、掻きわけ、まだ 眠っている蟲を
   一匹、一匹、丹念に 潰 して ゆく

     ああ、ボクは、肩に重たい瘴気を負い
     早朝の杜をくぐり、あのカボチャ畑への道を
     新宿でも、池袋でも、思い出します
     と、言うより
     (まさにココが悪夢のような畑です)

   ゴミ袋を掻きわけ、汚い路地をゆけば
   ふいに、大きな国道にぶつかる
   なんて 静かな 畑 だろう
   あっとう的な畑の中
   ボクは、まだ 指さきの記憶に残る
   蟲の、黄色い匂いを シャツにこすりつけている
   収穫は、泥酔の ハロウィン
   ボクだって 間違いながら、酔っぱらう
   未明の駅頭なんて
   見るもんじゃない

   街は、悪夢の続きを 強制する
   ボクは、小さなものを殺しに出かける
   朝陽の前の、ぎらぎらした足取りで
   あの 媼 のように
   アナタまで潰すかもしれない

 詩集のタイトルポエムです。「朝のワーク」とは何かと思ったら「葉のうらに隠れている蟲を 潰しにゆく」ことでした。それが「カボチャ畑の敷藁のうえ」の「媼」のことだけかと読んでいくと、いつの間にか「新宿」「池袋」の「ボク」のことになっていきます。その展開がおもしろい作品と云えましょう。最終連の「アナタまで潰すかもしれない」というフレーズの「アナタ」は、言葉通りに捉えると「ボク」ではない「アナタ」ということになりますが、私には「ボク」自身に思えてなりません。自虐というのではありませんけど、詩集全体を読むと「アナタ」≒「ボク」という印象が強いのです。第一詩集のようですがおもしろい感覚を持った詩人が登場したなと感じた作品・詩集です。




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