きょうはこんな日でした 【 ごまめのはぎしり 】 |
満天星 2005.1.8 自宅庭にて |
2006.2.18(土)
雑誌『詩と思想』5月号に詩作品を求められていて、締切りは今月末です。いつもなら締切りギリギリまで悩むのですが、今回は書きたいものがあって10日も前の今日、出来上がってしまいました。
会社提案のリストラにまっ先に手を挙げたものの、内心は怒り心頭です。私はやりたいことがあって辞めるのですからいいんですが、アホみたいに単純な50歳以上5000人首切りの中で、泣く泣く辞める人、大幅に定員削減されて生産計画もままならない現場の人たちのことを考えると、自分のことを喜んでばかりではいられません。経営責任を問う組織を立ち上げる必要があるでしょうが、残念ながらその力が私にはありませんし、せっかく自由になる時間をそんなことで浪費したくはありません。いきおい文学表現に頼る、という構図になってしまいました。
出来は悪かろうと自分自身でも思っています。しかし、これは出来の問題ではありません。ここで書いておかないと何のために文学らしきことを30年も40年もやってきたのか、自分自身が許せなくなります。育てのおふくろが死んだときもそうでしたが、一生のうちに何度かは書かざるを得ないという刻があるんですね。今回はそれだろうと思います。発売は4月末でしょう。よろしかったら本屋さんで読んでみてください。
○詩誌『山形詩人』52号 |
2006.2.20 山形県西村山郡河北町 高橋英司氏編集・木村迪夫氏発行 500円 |
<目次>
詩●歌−讃・さようなら、過ぎ去った日々よ=^大場義宏 2
詩●木について/高橋英司 4
詩●奇妙な人たち(2)/平塚志倍 7
詩●母/菊地隆三 13
詩●じゅん子/阿部宗一郎 16
詩●村物語りの夢の雪は・冬の雨/木村迪夫 18
評論●超出論あるいは受容と自然 ――吉野弘詩集『自然渋滞』論/万里小路譲 24
詩●カタキを討たれる/高啓 33
詩●アプリカシオーン/近江正人 37
詩●冬、の旅/佐藤傳 42
詩●ヒメサユリ(1)・墓碑銘 天明三年/島村圭一 44
詩●エレクトロン・こころ/山田よう 46
詩●反「夕鶴」論/佐野カオリ 52 、
論考●承前 風土性について(13) ――黒田喜夫に観る風土/大場義宏 57
後記 67
木について/高橋英司
野原にぽつんと立つ木は
毅然としている
寂しそうに見えるのは
見ている人の心が寂しいからだ
木は誰をも近づけまいとして
立っているのかもしれない
若木だった頃
人が近くを通るたびに
木は身を固くしていた
草刈機がぶんぶん唸るたびに
傷つけられやしないかと
身を固くして震えあがっていた
今では子どもたちが
腕にぶら下がりよじ登ってきても
びくともしない
ピクニックの家族連れが
時々弁当を広げに来るので
木陰を作って待っている
風が体をくすぐる
木は衣服を脱ぐように
少しずつ葉を落とす
裸になった気分もいいものだ
木枯らしの季節は
誰に邪魔されることなく思索に耽る
多くの仲間たちは
林の中で見栄を張りいがみあったり
隣人を信じられぬので
窮屈な日々を送っているらしい
そんな噂を鳥たちが告げに来る
だからいっそう木は孤独を愛するのだ
木はいつでも直立している
どんな時代に生まれようと
木は木
時代と共に存在するのではない
木は木として
寡黙に時を過ごしている
木は私も好きで、よく見惚れるのですが「寂しそうに見えるのは/見ている人の心が寂しいからだ」というフレーズで、自分の心を反映しているのかと気付きました。心を反映するのなら海でも川でも石庭でも良いわけですけど、ここはやはり無機物より有機物の方が感情委託しやすいのかもしれませんね。
「木は木/時代と共に存在するのではない」というフレーズも秀逸だと思います。感情移入の対象として見勝ちですけど、そんな私たちの時代≠ニは無関係に存在する…。だから余計に木に愛着を感じるのでしょう。気持の洗われる思いがした作品です。
○詩と批評『幻竜』3号 |
2006.3.1 埼玉県川口市 幻竜舎・清水正吾氏発行 1000円 |
目次
<作品>
一柳伸治/実存の復襲(15)…2 館内尚子/赤城山…4 草をわけて…6 夢魔…8
いわたにあきら/竜は何故最後の炎(ひ)を吐いたか…10 部屋のかたち…14
弓田弓子/命となって…16 ススム スム…18
<コラム>
清水正吾/G茶房・ゲノムにて V…21 水田喜一朗/失なわれた希望…22
<エッセイ>
舘内尚子/カレワラの国は遠い国…24 一柳伸治/少年航垂兵聞き書きの事…26
<作品>
高村昌憲/残像…30 新宿の夜…31 梅沢 啓/葬式考…32
<イラスト>
梅沢 啓/シリーズ「死のかたち」より……35
<作品>
清水正吾/カサブランカ…36 舌びらめ…38 出獄の日…40
<評論>
高村昌憲/哲学者・アランの思考(3)…42
編集手帳
表紙デザイン・本文レイアウト/ネオクリエーション
葬式考/梅沢 啓
猫の葬式に行った
人間の葬式と全く同じだった
つまらない
鶏も豚も葬式はなかった
あれは戦争のときの捕虜や難民の大量殺人と同じだ
蝉しぐれの林で
子供たちは死んだ油蝉を見つけた
かわいそう と女の子が言った
埋めてあげよう と男の子が言った
土をかぶせて皆で手を合わせた
小さな葬式だった
通夜の儀式には無の心境でいなければならない
死者に対して失礼であってはならない
正座して両手を膝におき
目をつむり 口をむすび
耳を閉じて 坊主の読経を聞いてはならない
目前の料理の香りに無関心でなければならない
そして
死者の心に深く入り込み
死者の世界に共存し
そこに一瞬 目覚めねばならない
死を体現するのだ
だからといって死んだ奴は帰って来ないんだ
それなら
俺の葬式はどうしたらいいんだ
火葬 土葬 風葬 林葬 水葬 などなど
どれもこれも生きた人間のすることだ
つまらない
空葬という面白い葬式がある
やって見るネウチはあるだろう
焼いた骨を粉々にして 火薬にまぜ
ドカーンと真夏の空に打上げるのだ
きれいだろうな
みんな 驚くだろうな
一瞬 生き返った気分にもなるだろうな
どうだ こんな葬式
あんたに出来るかな
出来ないだろうな
実は 俺にも出来ないんだ
だから俺は死ねないのさ
この奇妙な世界で生殺しって訳なのだ
この空想 嘲っちゃうね
考えてみると「葬式」にはいろいろあって、「火葬 土葬 風葬 林葬 水葬」鳥葬、宇宙葬、まだまだあるかもしれません。しかしさすがに「空葬」は聞いたことがありません。たしかに「面白い葬式」ですけど、やっぱり「出来ないだろうな」と思います。「空葬」と「空想」を掛けたところはおもしろいですね。
ところで4月に先輩詩人が生前葬をやります。これもひとつの葬式の形。初めて体験します。どんなことになるやら楽しみ(というのも変ですけど)です。
○会報『中四国詩人会ニューズレター』16号 |
2006.1.31 徳島県阿南市 宮田小夜子氏事務局・中四国詩人会会長扶川茂氏発行 非売品 |
<目次>
会長をお受けして 扶川 茂 1 第5回中四国詩人会徳島大会(記録) 1
第11回中四国詩人会理事会報告 2 受贈詩集等 5
受贈詩誌等 6
今回から会長が御庄博実さんから扶川茂さんに交代したことが載っていました。第三代だそうです。中四国という広大な地域の会長としてご苦労も多いことと思いますが、組織の交代が順調に行われていることが感じられ、その意味では良かったのではないかと部外者のひとりとして感じています。中四国詩人会のますますのご発展を祈念しています。
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